第29話 料理部のみんなと別れ

 奉座樹鏡は、こほんと咳払いして手を上げる。


「えー! うちの料理部に所属していた統烏院鋼陽君のお別れ会を、お叶いたいと思いまーすっ! みんなー? 今日は全力で楽しむぞー!」

「「「「「おー!」」」」」


 ……なんだか、料理部だと言うのに体育会系の雰囲気がするんだが。

 これいかに。捧火宮局長にお願いしたのは、大学をやめるまえに料理部のみんなと別れてから、とそう告げた。

 たった一か月しか経っていないが、それでも俺にとって居心地がいい場所だったのも事実。刀匠となるために大学まで来たというのに、まさか中退をすることになるとは一か月前の俺には想像もしていなかったことだな。


「……鋼陽君、本当にやめるんだよね。大学」

「ああ、色々と事情が重なったしな」

「……そっか」


 呼猫は笑いながらも、その笑みには苦々しさがあった。

 最期としては盛大に祝われているが、どうも彼が辛気臭い態度は気に喰わなかった。俺は思い立ち、呼猫に声かける。


「呼猫」

「え? 何……むにゃーっ!」

「……意外と頬が伸びるな」


 びにょーん、なんて効果音が付きそうなくらい呼猫のほっぺは柔らかい。

 ふむ、友人の頬を摘まむという行為は初だが、悪くない。

 猫の体をモフる時と同じ感覚になるな……嫌ではないな。


鋼陽君ほうひょうふん何するのはひふるの!? 痛いよぉふぃらいよぉっ」

「当然だ。俺のお別れ会のはずなのになんでお前が神妙な顔してる」

鋼陽君ほうひょうふん!! わざとでしょはらふぉれふょ!? わざとでしょ《はらふぉれふょ》!?」

「なんのことだかわからないな」


 呼猫がだんだん涙目になってきているので、すっと手を離した。

 両頬を摩りながら、呼猫はぐずりながら文句を言ってくる。


「だ、だってぇ……鋼陽君とは、もっと部活楽しみたかったのにぃっ……こんなに、はやくなるとは思わなかったんだもんっ」

「……呼猫」

「鋼陽君は、僕が料理部に誘ったこと、後悔してる?」

「するわけないだろう? 料理のレパートリーが広がったんだ。感謝してる」

「なんで鋼陽君が堂々としてるの!? もぉ!!」

「泣くほどのことじゃないからな」

「僕は泣くほどのことだもんっ!! ……もっと、お話とか鋼陽君と遊びたかったのにっ」


 ……ぷくぅ、と頬を膨らませる呼猫はいつもより自分の感情を表に出している気がする。俺に対してそれくらいの好感は持ってくれていたと受け取るべきか。

 そこまで俺は、呼猫に尽くした記憶もないと言うのに……だが、悪くはないな。

 鋼陽は呼猫の頬を突く。


「っ! ……もう、鋼陽君からかってる!?」

「友の拗ねた顔を見るのはこんなに愉快だとは知らなかったな」

「むー! ひどいよぉつ……友達だから、寂しいって思うんでしょ!?」

「……そういうものか」

「そうだよ!!」


 ……本来なら、俺が呼猫のような反応が正しいのかもしれないが、それは俺の性格と合致しない。逆に気色悪くなるだけという物だ。

 なら、呼猫が俺の代わりに怒ったり泣いてくれるのは、いい友を持てたと思えば、悪くはないのかもしれない。

 たった一か月程度の縁とはいえ馬鹿にならない物だな。


「これが、ココロ……? ロボットが感情に目覚めたー! 的な反応ですなぁ? 子猫ちゃん殿全力クライ中ですぞー?」


 ひょっこりと現れた田中恵極門が茶化すように声をかけてくる。

 鋼陽は田中に合わせてわざとボケる。


「ああ、芸人中二病魂か」

「拙者の名前改名しすぎ!! 悪意を感じますぞ!? ひどいではございませぬかぁ!! 俺様超人殿はこれだから!!」

「俺は自分を俺様と評したことも超人と評したこともないが?」

「あー! モッテモッテキングは、チョーダイキング!! ワライノネタもチョーダイキング! おっいぇー! 空気嫁ですぞー!!」

「勢いで誤魔化そうとしてるだろ、田中」

「え? せ、拙者の名前……あの統烏院鋼陽殿が!? ぴぎゃぁああああ!?」

「勘違いするな。気に喰わない名前の奴は忘れることにしているだけだ」

「ツンデレですかな?」

「よくわからん用語を言うな、次から呼ばないでやってもいいんだぞ」

「……な、なんと! ……ふむ!? まさにチョーダイキングなのですなぁ!? この俺様超人はぁ!!」

「言ってろ芸人」


 ……コイツとも少し会話した程度だが、嫌な奴ではなかったな。

 他のメンバーの人物が、声をかけてくる。

 二人の女性の先輩たちがくすっと笑う。


「鋼陽って、意外といい奴だよねー? 田中のジョークいつも乗ってあげるしさぁ」

「うんうんそれは、言えてる。意外と部活も真面目にやってたよね」

「……からかわないでください二人とも。そういうの慣れていないので」

「うっわー! かっこつけちゃって! 可愛いな―このぉ!」


 バンバンと、活発な先輩に背中を叩かれる。

 痛い、この人いつも照れてる時、背中叩いてきたよな。

 隣に苦笑を浮かべている先輩は、やりすぎだって、と突っ込みを入れてくる。


「鋼陽君、ちょっとの期間だったけどさ。仲間って思ってるから。たまに顔出しに来てよ。みんないつでも待ってるから」

「……はい、そうします」


 ……アヒナ・ビーガンたちのことが解決すれば、だが。

 嘘は言っていないから、いいよな。


「ねねえみんなー! 最後に写真撮影しようよー!」

「あ、いいですねっ」

「おーおー! いいですなぁ!」


 奉座樹先輩がカメラを持って来て、ホワイトボードをバックに全員で写真を撮ることになった。俺が中央で、それぞれみんなが好きな位置で場所を選ぶ。

 俺以外のみんなが、揃ってポーズする。


「「「「「はい、チーズ!」」」」」


 パシャ、とシャッタ音が響いた。

 ……たったの一か月だっただけだというのに、こんなにも居心地がいい場所と別れなくてはいけないのは寂しい、と感じても許されるだろうか。

 呼猫がそういったように、素直に口にするのは俺には難しいが心の中で思うことを許してくれる空気感に感謝をする。

 今後、合間を見つけられたらここに来るようになれたらいいと思う。

 みんながワイワイする空気感が、嫌ではないと思えた貴重な時間を大切に感じながら、その日の部活動を楽しむ鋼陽だった。

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