第30話 害威対策組織ライングリムへ
鋼陽はメモを確認しながら、再度日本支部ライングリム本部に訪れていた。
本部の会議室に向ってくれと書かれてあるメモをぎゅっと握り玄関を通ると、男の怒声が耳に響く。
「統烏院鋼陽!! なぜ貴様がここにいる!?」
「……誰だ?」
苛ついた足取りで、ずんずんと男は俺の元へとやってくる。やたら声がでかくて鼓膜が破れそうだ……合唱部の人間のアカペラ並みにデカい声だ。
黒い短髪の男は、少々強面の分類に入る精悍な顔つきだ。特徴的なのが顔面に額から両頬にかけて大きなバツ印を連想させる傷。
狼を思わせる鋭い金色の瞳は、俺に殺意の視線を向ける。
「俺を忘れたのか貴様ぁ!! 小中高と同じ剣道部だったろう!?」
服装から見るにライングリムの処刑人なんだろうが、少し違うのは基本的な制服で首元を緩く着崩している点程度だ……処刑人によっては人にはよるが自分好みにカスタマイズするのが通例とも聞いたことがある。
こいつはどうやら真面目な気質らしい。特別知り合いがいたような記憶がないが……いきなりなんだというのだこの男は。
「……まて、もう少し情報を寄越せ。お前の名前はなんだ?」
「
「剣城斬志朗……?」
ぼんやりと頭を思考させるが、小中高で剣城斬志朗と言う男がどんな人間なのか、記憶を辿る。蘇ってくるのはただ、やたら今目の前にいる男と同じような声で、「勝負だ! 統烏院鋼陽!!」と吠えている男の顔がぼんやりと頭に過る。
……もしかして、アイツがそうか?
いつも負けてばかりで特別、印象に抱いたことは特にないが声は一致する。
「……ああ」
「思い出したか!?」
「本当にお前は剣城斬志朗か? 顔の傷に関しては違ったと思うが」
「いいだろう、ならば俺の剣技で思い出させてやる!!」
剣城は包帯を巻いて手から、腰に差していた刀を俺に向ける。
『……真剣だな』
『ああ』
ライングリムの玄関近くで、決闘を申し込んでくるとはよほどの常識知らずのようだ。
「先手必勝!! ――面!!」
「ッチ」
鋼陽は、横に避け距離を取る。
……いいや、単純に俺が完全に思い出せてないから、激高しているだけか。
だとしても、まだ所属するばかりの人間にいきなり武器を向けるか。
今の一撃は、剣道の構えそのままだった。
処刑人の人間が一般人に襲い掛かるなんぞ言語道断だろうに。
「逃げるな!! 統烏院鋼陽!!」
「攻撃を避けない馬鹿はいないだろうがっ」
「――胴!!」
剣筋がわかりやすく、戦場などでの戦闘慣れしている攻撃というより部活動での剣筋そのままだ。
しかし、記憶にわずかにある彼の瞬発力より今の方が高いと見て取れる。
避けていくが、最期の一撃に腹の横を掠めた。
『鋼陽!』
「……大丈夫だ」
血が出ているが、浅い。まだ動くことはできる。
他の受付の人間があわあわと慌てながら、どこかに連絡を取っているのが見える。
はやく、なんとか切り抜けなくてはこのままでは会議室に向かうこともできん。
どうしたものか。
「こーら! 剣城君!! 新人の子に何してるの!?」
「っぐ!! ……
ちりんと、涼やかな音色と共に可憐な声で現れた少女は剣城に怒る。
音の正体は、彼女の首元に鈴がついたチョーカーをしていたからと気づく。だが、同時になぜか彼女は宙に浮いており、上の階から降りて来てたのだろうと、推測する……だが猫本、知らない名前だ。
小柄な身長に、髪先をぱっつんとさせた黒髪ツインテールの髪形をなぞれば同じ人間の耳とは違う動物の耳が、ぴくんと跳ねた。
「猫耳……?」
『おそらく本物だぞ。鋼陽』
『……本当か?』
『ああ、彼女はおそらく混者だ。半分だけ、私と似た気配を感じる』
聆月が言うのなら、間違いはないのだろう。
猫、ということはおそらく日本の猫又の類か……そういうことなら、彼女に猫の特徴的な部位が出ていてもおかしくはない。
剣城ともまた違うデザインの処刑人制服を彼女は着ている。確か、祓波が言っていた萌え袖と呼べるくらい袖が長い。その袖の上である両肩は晒され、魔法使いのローブを現代風の処刑人風の制服に収めた秀逸な制服だ。
白い鎖骨に紐がクロスさせた黒のインナーと上着の一部が同化しているかのようにも見えたが、中のインナーと上着のデザインが一つとなるように考え抜かれたデザインは、どちらかと言えば制服と言うよりも祓波が遊んでいるソシャゲ、だのと言う類のゲームに出てきそうな格好だ。
上着の左右に深いスリットが入っているようだが、黒いミニスカートか、ホットパンツを履いていて黒のニーハイにヒールの入ったロングブーツがよく似合う。
彼女は空中から床に降りてブーツをコツ、と鳴らしたかと思えば琥珀色の瞳を鋭くさせ思いっきり剣城の顔面を蹴飛ばした。
「がはっ!!」
「猫本先輩、でしょ? ねぇー……お返事は? 剣城斬志朗君?」
「し、しかし、コイツは!!」
床に転がった剣城の元へやってきて、しゃがみながら説教をする黒本さんは俺の側から見えないが相当怒った顔をしているに違いない。
「先に切りかかったのは君の方だよね? まずごめんなさいしなきゃでしょ? いいね? 君は社会人なんだよ? 大人のマナー守れない子はここではいらないんだよ」
「ですが!!」
「い・い・ね?」
「……っ、はい」
二人のやり取りを見ながら、ぼそっと念話で聆月に言ってしまう。
『……美人を怒らせると本当に怖いよな』
『? どういう意味だ鋼陽』
『……なんでもない』
剣城は鼻血が垂れたまま、俺の方へとやってくる。
俺の前へと止まり、すごく不愉快そうに剣城は言う。
「……悪かった」
「ザンシローくーん?」
「……ごめんなさい」
「俺も悪かった。鼻血、これで拭け」
俺はポケットに入れておいたポケットティッシュを手渡す。
「気合で止めるからいい、お前の施しは受けないっ!」
「床を汚す方が、お前の後ろにいる先輩が怒りそうだが」
「っ!!」
バッと勢いよく剣城は振り返ると、満面の笑みの圧をかけてきている猫本を見て慌てて剣城は俺のティッシュを奪い取り鼻にティッシュで押さえ始める。
「……特別に、感謝してやる」
「別にいい」
「つ、次は絶対にお前を負かすからな! 覚悟しろ!!」
人差し指を向けながら、無駄に剣城は吠える。
……覚悟する理由がいるか? 普通。
「こんにゃーちはっ! ようこそ、我らが断頭台の劇場へ! 統烏院鋼陽君っ」
「……こんにちは」
「捧火宮局長から、君の案内を頼まれたんだけどぉ、とりあえず一緒に来てくれる?」
「わかりました」
「ここじゃなんだからまず、会議室へ行こっか!」
「はい」
黒猫のような彼女に、メールで指定された場所まで案内された。
◇ ◇ ◇
赤い絨毯が続く中、俺たちは一つの一室に案内され中へと招かれ会議室に入る。
白で清潔感のある会議室にはテレビの番組などでも見たことのあるような部屋だ。
「……ところで、貴方は?」
「アタシ猫本ルナっ、よろしくにゃーん!」
「……にゃーん?」
猫の手のようにくねらせた両腕で、可愛らしく媚びてくる。
なんだ、あまりにも猫を被った返しは……さっきまでの彼女自身の普通の少女らしさと明らかに違う態度にぞわぞわと鳥肌が立つ。演技? いや、わざとなのか?
それともここではさっきのような行為が日常茶飯事なのか?
「あー、あんま突っ込まなくていいよー? ルナちゃんは配信活動してるから、キャラ付けだから安心しなよ。人の多いとこだと余計猫被るんだぁ」
「にゃにー!? 世界一トップキュートな猫本ルナ様に何言うのぉ国木田ぁ!! 意地悪反対! 意地悪はんたぁい!!」
会議室の椅子に座っている一人の男性が、スマホを弄っている。
何か、ゲーム音と思われる音声が聞こえる中、焦げ茶色の短髪に不思議なゴーグルを彼はつけている。おそらく祓波が持っていたゲームなどに使うヘッドマウントディスプレイらしきものを着けて、飄飄とした雰囲気が言葉の端々にある。
軽量そうなフォルムに全体的に黒く赤いラインが横に入ったスマートなデザインだが……俺はゲームに疎いから詳しくは知らない。
裾と袖がが少々短い学ランっぽくも見えなくない制服は動きやすそうだ。
それ以外はスマートな印象を受ける洒落た制服は、若人らしいという印象だ。
猫本先輩は怒って袖を上下に振って自分の怒りを表現している。
「はいはーい、猫被りはお腹いっぱいでーす。お、やっりーアイテムゲットぉ」
「わざとさせたくせに生意気!! 後で対戦ゲームでぼっこぼこにしてやるからぁ!!」
「はっはっはぁ。覚悟してますよ、子猫嬢ー」
「むー!!」
……仲いいんだな。
少なくとも、にゃーと猫語のような言い回しをする時は、猫を被っているが基本的に少女らしく喋っている時が、彼女の素と見た。
胃もたれを起こしそうな仕事場でないと願いたい。
「……貴方は?」
「ん? ああ、俺は
「……子猫嬢?」
「彼女のあだ名。俺のことは気軽にタクって呼べばいいさ。よろしくねぇ後輩くーん」
スマホを弄ったまま、片手を挙げる。
……気ままな人だな。彼の方が猫っぽい気がするが。
だが、先輩に対しては先輩として呼ばなくては、礼儀作法としては失礼だ。
「……国木田先輩、俺は一体何をすれば?」
「生真面目だなぁ、君はこれから上司に当たる人が来て長ったらしい説明を受けた後、今日から君が住むマンションとかライングリム本部の施設の説明とか色々込みでされるって感じ……わかりやすくまとめたらそんな感じ」
「……そうですか、ありがとうございます」
「ははは、固いなぁ。さっきのやりとりは見させてもらってたけど、意外と表情に出すの、恥ずかしいタイプ?」
「……なんのことかわかりません。どうやって見ていたんですか?」
「俺の眼、特殊なの。すごいでしょ?」
とんとん、と指で目元に付けたディスプレイを突く。
……神者の力か、混者としての己自身の力か。
「……今、聞いても?」
「あはは、仕事の時にでもいくらでも話すさ。安心してよ……年下の後輩には、優しくはするからさ」
今は話すつもりはない、と裏が取れるんだが……まぁ、こう言う類の人間に下手に裏があると見ていたら疲れるのはこちら側の方だろう。
国木田先輩はフランクで人当たりは悪くなさそうな人だ。
……同時に俺の苦手なタイプな人間なのは確定した。
「そうですか」
「っはは、君って――」
「おー、お前らぁ新人来たかー?」
白衣を着た無精ひげの男性が、俺が来た扉の方からやってくる。
灰色の短髪に丸眼鏡をかけた不健康そうな体躯の彼は、ぼりぼりと頭を掻く。
「
「任務じゃないからいーの、俺は効率厨だから問題なーいの! ナンセーンス!」
「意味たぶん違うと思いますニャー!」
「いいのぉ、んで? そこにいる私服の坊主が、今回来た新人?」
「……統烏院鋼陽です」
首に手を当てながら、こちらを見てくる論手司令官に答えた。
「君さ、周りが言ってる俺様キャラっていうより、末っ子気質ってタイプじゃない? 俺の長年の感が囁くのよ」
「……養子ですが、長男です」
「あっそう、そりゃわるうござんした」
「あはは、論手司令官バツ悪そう」
「悪かったなあ。そういうつもりじゃなかっただけなのバラすなアホぉ!」
「はーいにゃっ」
「……で、ライングリムの説明したいから、座ってもらってもいい? はやくしたいんだわ。こっちも徹夜続きで眠てぇーし」
ふぁあ、とあくびをする司令官の第一印象は、コイツ態度悪いだけだった。
憶測だが、彼岸花失踪事件で司令官たちは忙しい、とも考えられるが単純にこういう男の場合、別の理由かもしれないと思うと下手に突っ込めない。
「論手司令官、それ流石にノンデリだってばー!!」
「いいのぉ! 嘘つく奴よりは好感持てんでしょー!? んじゃ……統烏院、座ってー」
「……はい」
俺は会議室で適当な椅子に座ることにした。
論手司令官は教鞭を持って、説明を開始した。
「んじゃ説明すんぞー。ちゃんと聞いとけよ若人諸君」
「「はーい」」
「……はい」
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