第28話 彼岸花失踪事件について
「
……この人は、本当に神出鬼没だ。
「黄帝様……貴方がここにいらっしゃるとは思いませんでしたよ。随分といいタイミングで来てくれましたね」
「あはは、お前の驚いた顔を見るのは大好きだからなぁ」
「
鋼陽は急かして
「慌てるなって……現在、各国で行方不明者が何万人も出ている。行方不明になった人間のいたと思われる足元に彼岸花が落ちていることから、彼岸花失踪事件と呼ばれているってわけだ」
「……以前にも見た覚えがないわけじゃないですが、でもニュースではそう取り上げられていなかったように思いますが」
「攫われ方が神隠しのように見ていたはずの自分の目の前から消えるんだぞ? それは、ライングリム側で対処しなくちゃいけない事件だろうが」
……神隠し、はライングリム側の人間からすれば確かに自衛隊や警察に任せられない案件なのは間違いない。
「記者たちには行方不明事件としてだけ報道しろと日本の総理大臣にも伝えてある……下手にアヒナ・ビーガンたち率いる謎の組織を挑発しないためにも、な」
……確かに、それはそうか。
マスゴミなどと罵られることもある記者たちが、下手にその辺りをしないのは行方不明になる可能性を彼らに下げさせるためと言う処置、ということか。
そんなに大量の人間が行方不明になっているのに、個人の人間一人だけで行えるはずもない。謎の組織が関わっていると思考して当然だ。
「ということは、アヒナ・ビーガンたちがその件に絡んでいる、ということで考えていいんですか?」
「可能性がないわけじゃない、と睨んではいるがね……まだ、情報も少ない彼女が子供や大人をどこかに連れていくのは目撃されているのはわかっているよ」
「俺たちが出会ったロボットや、空間の罅の件に関しては目撃されていないんですか?」
「それはないね。今回君たちが教えてくれたのが初なくらいだよ。少なくとも監視カメラにもその映像は写されていない……彼女たちの仲間におそらくハッカーもいると見ている」
「……それなら、なおのこと小さい組織とは到底思えません」
各国で大勢の人間が行方不明になっていて、しかも一般の監視カメラすらハッキングしてわからないようにしているとするのなら、相当彼らは厳重に人々をさらっているということになる。
だが人を攫うなら、目的はなんだ?
「彼らの犯行声明のようなものは?」
「それもないね、秘密裏にそして粛々に人々を攫い続けている……攫った人間を仲間にしているのか、人体実験に利用しているのか……アヒナ・ビーガンが殺している人物の職業や性別もバラバラだからね。彼女自身が快楽殺人鬼だと言う者も少なくないよ」
「他に、彼らのことでわかっていることはありますか?」
「現状私たちが分かっているのは、アヒナ・ビーガンと名乗る女性が
「………それだけ、ですか」
「ああ……どうして鮮宮一美がアヒナ・ビーガンと名乗っているのかも掴めていないし、肝心の尻尾を洗い出したくても巧妙に隠しきっている。裏で相当な悪い奴らが関わっているのは容易に想像できるね」
捧火宮局長は、苦悶の笑みを浮かべる。
その表情から察するに現状はお手上げだと受け取るべき、か。
……ライングリムがそこまで追い詰められているとは。よほど、アヒナ・ビーガンたちの組織は手練れということか。
「だからこそ、正直なことを言えば君にも彼岸花失踪事件の解決のため、協力をしてくれないかな? 鋼陽君」
「……それは、俺が今すぐ処刑人になれ、という脅しですか?」
「君が大学生活でできた友人が失う可能性を減らしたいのなら、協力してほしいのが本音だってだけだよ」
……それは、協力しなくては助けられないぞ、と言っているような物じゃないか。
俺は額に手をやり、重い溜息を吐く。
「……俺が処刑人になるととしても前線に必ず出る、とは言っていませんよ」
「君は身近な人間を守りたいんじゃなかったのかい?」
「揚げ足を取らないでください……はっきりしている点として、アヒナ・ビーガンの狙いが分かっていないでしょう」
「だが、君が狙われていると君の友人と祓波候補生からの証言があったけど?」
「っ、それは……」
……二人とも、余計なことをっ。
捧火宮局長は両手の甲を顎に乗せ、尋ねてくる。
「剣道部に入っていたのは君の履歴書で分かっている、多少の武術の心得はあるだろう?」
「……レムレス相手の戦闘になるわけじゃないんでしょう?」
「ライングリムは、基本的に軍人と言う立ち位置でもある。我々ライングリムは確かにレムレスの討伐を基本としモットーにもしているよ?」
「なら、」
「けれど半敵対組織と戦うことも、ライングリムの仕事の一つなんだよ……力ある物が弱き者を守れないのは道理が通らないだろう?」
「……だとしても!」
彼の言いたい理屈は確かにわかる。だが、それでもっ。
俺は、人殺しがしたくて処刑人になろうとしているわけではないのに。
「鋼陽、俺からも頼む。民を、これ以上搾取されるのは見ていられないんだ」
「……
「……鋼陽、私からも頼む」
……ライングリムは、軍人にも近い立場の存在。
なら、時に人殺しも容認される、という認識で問題はないとわかっている。
だが、だがしかしだ。人殺しなど、容認されていいはずが、
――俺たちに呪いをかけたあの男は、殺すのにか?
「……っ!!」
「鋼陽? ……大丈夫か?」
頭に過った言葉に、泥の憎悪が胸に込み上げる。
わかっている、アイツが転生したとわかったら真っ先に殺そうと、聆月と出会える前の時間に、この憎悪の念に支配されかかった。
……アヒナ・ビーガンは聆月を殺さないという保証もない。
ましてや、俺が大学にいることで呼猫たちに被害が出ない可能性もないわけじゃない。ならば彼女たちも含め守ることも踏まえて、俺がするべき選択肢は確定した。
「……わかりました、引き受けます」
「君なら、そう言ってくれると信じていたよ。君を我々ライングリムの処刑人として歓迎するよ。鋼陽君」
「……ですが、一つ条件が」
「条件?」
「――それは、」
鋼陽の言った言葉に、捧火宮は、ぽかんとした顔をしたがすぐに笑顔になる。
「それくらい、構わないよ。大事なことだろうからね」
「……ありがとうございます。では、一旦家に帰っても構わないでしょうか」
「ああ、もちろん。大事な一時を過ごしなさい」
「はい、聆月」
「わかった」
頭を下げた鋼陽は聆月と共にその場を去った。
二人が去った後を王はじっと見据えた後、捧火宮のほうをじろっと見る。
「……マサオ、お前もしも鋼陽に何かあったらただじゃおかないからな?」
「彼が処刑人になるなら、私の力も使えるさ。何も問題はないだろう? 心配性だねぇ」
「鋼陽は、俺の息子だ。大事に決まっているだろうが」
「……君との約束だ。ちゃんと守るよ」
「ならいい、俺は帰らせてもらう」
「ああ、ありがとうございます。黄帝様」
パタン、と閉じられた扉に背もたれにもたれる捧火宮はお腹を抑える。
「あー……緊張したぁ。でも子供の将来を考えたら、誰だって心配だよねえ。爺になってわかることもあるもんだ」
捧火宮はぽそっと扉の向こうに行ってしまった彼を幻視する。
「統烏院鋼陽君、君が私の期待に応えてくれるのを期待するよ」
一人静まり返った執務室で、彼はそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます