第27話 ライングリム日本支部本部

 コツ、と靴を鳴らし俺たちは目の前の建物を眺めた。 


「……ここが、ライングリム日本支部本部か」

『鋼陽は見たことがあるんじゃないのか?』

『……テレビのニュース以外にも、学生なら職場体験くらいある』

『……そういうものか』


 東京都練馬区にある立派な白と赤で出来上がった建造物のライングリム日本支部本部は、レンガの温かみも柔らかさもない冷たい近代的かつ現代的な建物だ。

 建物のロゴには太陽と周囲に包む日差しを思わせる冠のような模様が全体的に描かれ、太陽の中に描かれた黒い鎌を持ったグリム・リーパー……死神の模様は処刑人たちのシンボルと言える模様がある。

 どの国も同じ模様を使っているが各国ともに統一されており、基本的に黒と赤を基調としたデザインの制服が特徴的だ。ニュースに出てくる処刑人たちの個性に合わせてそれぞれデザイナーが仕立てているという噂があるが、真偽のほどはわからん。

 ただ、俺が見ただけでも基本的な方はないわけじゃない、という印象だが……刀匠を目指していたから、そこまで興味はなかったな。

 近くの受付の女性に、メールを見せることにした。


「すみません、このメールの指定されている場所はどこでしょう?」

「はい、失礼します……統烏院鋼陽様、でよろしいですか? 学生証の提示をお願いします」

「はい」

「……統烏院鋼陽様、ご本人ですね。提示ありがとうございます」


 俺は学生証を見せると、受付の女性はカウンター扉から出てきて「案内しますのでこちらへどうぞ」と手で制され、彼女の後に続くこととなった。

 エレベーターに乗り、長い廊下を歩く中、聆月が話しかける。


『……随分と簡単に通されるんだな』

『私のことがあるからだろう、少なくとも戦番の契約で本契約した神者は基本的にその人物の傍にいることが義務付けられているからな』

『……中国に戻っていたんじゃないのか?』

『私は黄帝の直属の部下だぞ、あの方の黄帝特権を使わなければ、お前と離れることなんて一度たりともない』


 つまり、ワン様の力のおかげで俺から一時的に離れることができただけ、ということか。


「……ッチ」

「ど、どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないです」


 鋼陽は苛つきを抑えられず舌打ちした。

 受付の女性に振り向かれるも、満面の笑顔で返す鋼陽に彼女は内心、「何!? この人こわっ」怯えるが笑顔で隠しきる。

 ああ、ダメだな。嫉妬心が抑えきれなかった。


『……目が笑ってないぞ』

『知ってる、どこぞの義父に苛つきを覚えただけだ』

『……お前がどういうタイミングで苛つくのか、たまにわからない時があるよ』

『至極、わかりやすいだろ』


 聆月が頭を抱える姿に理解ができん。長年、恋慕の情を向けているというのに気づかない想い人の鈍感さには拍手を送りたい。

 普通なら数日前の接吻も含め、そういう意図だと嫌でも理解できるだろうに。

 戦番の契りを交わしただけだから? なんて理由で通ってたまるか。


『……? なんか、寒気が』

『気のせいじゃないか?』

『……なんだ、その顔は』

『教えてやらん』


 きゅっとまた口を噛んでいると聆月は愉快そうに笑う。


『ぷっふふ、あはははははっ、お前、また、』

『……何が可笑しい』

『だ、だって……っ』


 腹を抱えている聆月にさらに不満が溜まる。現状的に、もし短命転生の呪いが解けたら真っ先に抱き潰してやる。

 ……何年たっても、短命転生の呪いが解けないのが気がかりだが、あの男を探すことにも都合がいいと処刑人になると祓波の前で地味に思っていたことだからな。


「お待たせしました、こちらが局長の執務室になります」

「ありがとうございます」


 受付の人が頭を下げ去って行く姿を見て、ここから先は俺だけで進まなくてはいけない、ということなのだろう。

 だが、執務室……とはな。いきなり局長の部屋か。

 ライングリム日本支部局長……とは、一体どんな人物なのか。

 強面の大男か、それとも見目麗しい美女か。

 想像してしまいがちなのはそのどちらか、にはならないわけじゃないと思うが、どうなのだろう。

 まあ、聆月ほどの美人など早々いないがな。


『鋼陽、何を考えてる?』

『なんのことだ』

『……とにかく、中に入るべきだろう?』

『そうだな』


 コンコンコン、っと三回ほどノックする。


「統烏院鋼陽です」

「入りたまえ」


 ……老年の男性の声だ。しかも中々に渋い。

 豪胆というよりは知的、がふさわしい声色に俺は答えるため、声をかけてから中に入ることにした。


「失礼します」


 ガチャ、と扉を開ければそこは緊張感という空気が支配された室内に俺たちは乱入することになる。

 白髪頭のオールバックの高年そうな男性がにこやかに俺たちに笑いかける。

 笑顔を浮かべているだけだというのに、なんだ? この威圧感は。

 ……局長の威厳、という奴なのだろうか。


「……こんにちは、統烏院鋼陽君。私は、捧火宮ささびみや正雄まさおという。今日はよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 すっと軽く頭を下げる。

 アンティーク感も漂う執務机に両肘を着きながら捧火宮の顔は、覚えがある。ニュースでも他国支部の局長たちは一部は出ているが、捧火宮局長に関してはあまり印象がない。


「どうかしたかな?」

「……いえ」


 というより、どこからどう見ても普通のお爺さんだ。

 ……永嗣さんと似たニオイがする人だな。

 ある意味ライングリムという組織自体、軍人にも近い立ち位置だからとはいえ、こういうタイプの人間がいるのも、ライングリムだからこそだと受け取れる。一部では、あまりにも聆月たち神者を認識できない人間もいないわけじゃなく、他の一般人から税金泥棒と言われていないのはレムレスを倒せるから他ならない。

 平成や令和くらいの時代の漫画のようなことが現実に起こるなんぞ、当時の人間からは想像もできないだろうしな。

 レムレスを倒す組織という印象だけで今のご時世にも自衛隊はいないわけじゃないし、とある映画などの怪獣などや怪物などの対応が全てライングリムに移行され現在に至っている。そんな、ライングリムの局長が俺に候補生からの何かしらのことをするよりも先に面会、というのはやはり引っかかる。


「もしかして、緊張しているのかな?」

「……少し」

「あはは、大丈夫だよ。ちょっとお話しするだけなんだし」


 こういうのほほんとした、タイプの人間は……苦手な方かもしれない。

 捧火宮局長はすっと目だけは笑わず口角を上げたまま、俺に質問する。


「聆月様は、君の隣にいるんだろうけど……本当に、戦番となったのかい?」

「はい」

「なら、お姿を拝見してもいいかな?」

「わかりました……聆月様」

『……わかった』


 聆月は裾を揺らしながら姿を晒すと捧火宮局長はおおっと歓喜の声を上げる。


「おおっ、本当に聆月様だぁ……お久しぶり、かな? 元気にしてたかい?」

「……久しぶりだな、正雄。そこそこと言ったところだ」


 気安い友人のようなやりとりで、二人は笑い合うのに違和感を覚える。


「知り合いなのか?」

「日本支部の局長だぞ? 縁がないわけじゃない」

「あははっ……やれやれ、黄帝様のしたかったことはこういうことかぁ。あはははは、お腹が痛いねぇ。腹痛でしばらく悩まされそうだよぉ」

「……捧火宮さん、話はそれだけですか?」


 腹を抑えてうぅんと眉をハの字に顰める姿は、ご老体に鞭を打たせるようで罪悪感を持つが、ここは聞かなくてはいけない所だ。

 聆月の顔が見たいから、で呼んだわけじゃないだろうに。

 捧火宮局長は、至極冷静に言う。


「いいや? 君を呼んだのは他でもない、我が部下が君の戦番が中国支部の方の聆月様だとわかったのでね。本来なら緊急で当日に連絡したかったのだが、少し事情があって遅くなってしまったわけなんだ……ごめんねぇ?」

「いえ、そんなことは……」

「けどね? 君、一度聆月様を君の独断で中国に帰還させただろう。司令塔の嘶堂君と候補生の祓波君がいる中で、だ」

「……すみません、日本支部と中国支部の問題ごとになりかねないと勝手に個人的に判断してしまいました。その点に置いて猛省しております」


 ……その点には、気づかれていたか。応龍の聆月は中国では黄帝の部下なのだ。

 天国にいるはず、と最初は思っていたが彼女が不老不死の呪いを受けた以上、突然姿を消したとあれば問題ごとになっていたのも確実。

 必要な処置だった、と俺は思っている。


「あはは、そこまでかしこまらなくていいさ。どのような手段を使ったかまでは、憶測では物をいうつもりはないしさ。しかし、だ」

「……しかし、とは」

「確かにプライベート、ということでこちら側も向こう側も処理することにしたからいいという話で落ち着いているよ。君なりの気遣いには感謝している」

「……そうですか」

「だがだとしても、今回の件はかなりの大ごとだ。なんせ、爍切秀蔵さんが亡くなったのは、我々処刑人として中々の痛手でねぇ……君が刀匠をしながらライングリムの処刑人になると祓波君や嘶堂君にも話したそうだね?」

「はい、いけなかったでしょうか」

「いいやぁ? 大助かりではあるよ。でも、だとすると相当大変になるわけだけど……君はそれでいいんだね?」

「……はい」


 刀匠を目指すのは、昔からの夢だった。

 だが、聆月と戦番の契りを交わしたからこそ、また話も変わってくる。

 聆月の傍にいたいという傲慢な願望と同時に、今まで積み重ねてきた刀匠への研鑽を無駄にしないようと考えた結果がこれというだけだ。


「それを聞けたならいいとしよう。大学の方はどうする?」

「処刑人になれるなら、すぐにでも中退しようと思っています」

「せっかくの大学生活を途中でやめるのかい?」

「……処刑人になれる人間は、限られているでしょう。それに、家族が死なず身を守れる力があるなら何もしないのは貴方方は容認しないでしょう……こうなることを予見していたのでは?」

「あはは、ノーコメントとさせてもらおうか」


 笑い飛ばす捧火宮局長は、柔和な人なのだとは言葉の端端で分かると同時に、至極生真面目な人間性が垣間見える。

 ……局長というだけのことのある人物、ということか。


「……アヒナ・ビーガン。彼女が何者なのかもわかっていません。下手に大学にいては他の一般人が危険だと俺は思います」

「嘶堂君から話は聞いているよ。彼女はおそらく彼岸花失踪事件の関係者だからね」

「!! 彼岸花失踪事件……!?」

「……聆月? どうした?」


 彼岸花失踪事件とは、一体なんだ?

 ニュースで行方不明の人間が増えていると祓波と以前、食事をした時に見ないわけじゃなかったと思うが、だとしてもなぜそれが今関係が?


「それは、俺が話させてもらっていいかな?」

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