第26話 甘いクレープと通達と

 数日後、俺は普段通り大学に来ていた。

 聆月には基本的に姿を消してもらって会話をするなら念話で、ということになった。普通の人間に見えていないなら問題ないという話だったが聆月の立場上的の都合上、下手に姿を一般人たちの前に晒すことをするというのは色々と問題がある。

 というお達しも含め嘶堂さんから後日忠告されたのもあり、今の状態である。

 俺は一旦、部活動に出ることにした。

 調理室の扉を開ければ、呼猫があ、っと言って声を上げる。


「鋼陽君っ! 大丈夫だった?」

「ああ、平気だ」

「そっか、ならよかったぁ」

「部員達には話したのか?」

「ううん、処刑人の人たちにはあの女の人の話はしちゃだめだって、注意されたから誰にも話してないよ」

「……そうか」


 小声で耳打ちしてくる呼猫の対応も正しいだろう。

 下手に、面倒ごとに巻き込ませるわけにもいかないからな。


「ちなみに、今日の料理は何をするんだ?」

「あ、それはね! 今日はなんと、クレープです!」

「……クレープ?」

「うん、知らない?」

「フードコートでなら見たことがあるが、あれを作るなら平の面が大きい物がないと作れないだろう」

「ふっふっふ……なんと、ホットプレートで焼いちゃいます! 鋼陽君は、どんなの作る?」

「……どんなの、か」


 なら、どうせなら聆月にも食べさせたいな。

 念話で聆月に聞くことにしよう。


『聆月、お前はなんのクレープが食べたい?』

『くれーぷ? とは、なんだ?』

『薄く焼いた生地に好きな具材を入れる料理名のことだ。一般的に果実や菓子などの物が入ったのもあるが、食事系と言う肉や野菜などを入れたものもある……何が食べたい?』

『果物がいいな、酸味がある物がいい』


 ふむ……なら、聆月には苺クレープを作ってやるか。

 俺は甘い物が特別得意でもないから、ハムチーズクレープでいいか。


「苺クレープとハムチーズがいい」

「わかった! 材料は用意してあるから、やってみようっ」

「ああ」


 今回は、本人がいるから腕によりをかけて作ろうじゃないか。

 ふふふ、と聆月に食べさせるためにやる気になる鋼陽に、楽しそうだなぁと思う聆月だった。



 ◇ ◇ ◇



「できたー!」

「……こんなものか」


 呼猫の協力の元、完成したクレープを食べることとなった。

 聆月のクレープが失敗しないよう、練習をしていて大分時間をくった分、俺の分は微妙だが聆月のクレープは完璧に上手くできた。


「……あ、そろそろ遅くなるから、帰ってから食べた方がいいと思うよっ」

「いいのか?」

「基本的にはすぐ食べるスタイルだけど、必ずしも調理した物をみんなで食べるってわけじゃなくて帰ってから食べる―って部員もいないわけじゃないから、大丈夫だよっ!」


 呼猫は、おそらく俺が聆月にあげるクレープのことを気にしてくれているのだろう……彼の優しさには素直に感謝するべきだ。


「……なら、そうする」

「うん、感想はいつでもいいから!」

「わかった、ありがとう呼猫」


 呼猫に感謝の礼を言って、帰る準備をして調理室に出た。

 俺は大学から近い公園の椅子に座った。


『……本当によかったのか? 鋼陽、みんなと食べた方がよかったんじゃ』

『料理部に入った理由は、別に馴れ合うために入ったわけじゃないぞ』

『? じゃあ、どうして』

「聆月、ここなら姿を出しても問題ないはずだ」

『……わかった』


 聆月は、すぅっと姿を顕現させ、俺の隣に座る。


「……聆月、食べてくれるか?」

「くれーぷ、という奴をか? 構わないが……お前が食べたくて作ったんじゃ」

「お前と一緒に食べたいと思って作ったんだ。そら、喰え」


 聆月に苺のクレープを差し出すと、少し驚いた顔をしてクレープと俺を交互に見る。


「本当に、いいのか?」

「ああ、お前のために作ったんだから、お前が食べないと意味がない」

「……わかった、頂こう」


 聆月はクレープを持って、一口ぱくりと食べる。

 ふわ、っと聆月が嬉しそうに笑う。


「! 美味しいっ」

「そうか」

「はむ、んんっ! ……鋼陽! ほらっ!」


 聆月は、渡した苺クレープを俺に差し出す。

 ……? なんだ?


「こんなに美味な料理を、お前も食べないのはもったいないだろう? お前も食べろ」

「……いいのか?」


 聆月のまさかの提案に驚きつつ、聆月は、ああ! と頷いた。

 渋々、俺は聆月が食べたところを一口食べる。

 たっぷり甘くしたので、口内に砂糖の甘さが残る……甘ったるい。


「……甘い」

「ふふっ、お前は本当に甘い物が苦手だな」

「……お前が食べれる特権が減るだろう」


 顔を顰める俺に吹き出す聆月の笑顔は、嫌ではない。

 前世の時、甘い物が大好きなくせに俺に分けて与えていたのは彼女の方だ。逆に太りかけた時もあったし、あれから現世でも苦手になっていったわけだが……聆月は流石に関節キス、という物には動揺しないか。

 まだ、彼女の中では俺は子供なんだな。

 ……彼女の笑顔を見てしまったら、怒るにも怒れない。


「……もしかして、鋼陽が菓子をいつも食べるのを渋ったのは、」


 聆月は、俺の言葉の意図を察したようだ。

 俺は口直しに自分のクレープに噛り付く。


「単純に太りたくなかっただけだ。他意はない」

「では私を太らせたかったのか?」

「肉付きが良ければ抱き心地はいいと聞くな」

「……なら、次からは食べないっ」


 むっとした顔をする聆月に俺はくすっと思わず笑ってしまった。


「冗談だ、単純にお前の食べているところを見るのが好きだっただけだ」

「……ふふふ、」

「なんだ?」

「私も、お前がおいしそうに料理を食べるところは、好きだよ」

「……そうか」


 照れを誤魔化すために、聆月から視線を合わせない。

 ……こういう時、俺の表情筋の硬さを褒めたい。


「なぁ、鋼陽」

「……なんだ」

「……平和だな」

「そうだな」


 聆月の言葉に再度ハムチーズクレープを口にして、秋の空を眺めた。

 彼女と、こうやって公園で食事をする機会が、来世で巡ってくることなど考えもしなかったが……悪くない一時だ。

 現代風ならば、デート、という奴になるのだろうか。

 ……いい物だ。レムレスがどこに現れるか、その不安感が消えているわけじゃない。だが、前世の俺たちよりも、現代であればあるほど、戦争と呼ばれる類がほとんど減った。人々が、レムレスと言う敵を巡り合ったから、とも言えよう。

 ぱくり、と自分のクレープを食べ終えるとピロン、とポケットからスマホが鳴る。

 ……いい時に、邪魔が入るな。


「……出た方がいいんじゃないか?」

「ああ」


 スマホをタップして、何の連絡か確認すると知らない誰かからのメールが来ていた……この流れで、嘶堂教授か、司令塔の嘶堂の方か。

 再度タップして、メールの詳細を確認する。

 文面はこうだった。


『統烏院鋼陽様、嘶堂玄矢様の推薦により、ライングリムの所属が決定しましたのでが後日、ライングリム本部東京支部へといらしてください』

「……これは、また」


 ……随分と早いお達しだな。

 聆月は苺クレープを食事しながら顔を覗いてくる。


「なんだ?」

「どうやら、はやめに処刑人になれるらしい」


 彼女が頬に生クリームをつけていたので、親指で取って舐める。

 ……生クリームも、甘くし過ぎたか。


「そうか、大学はどうする?」

「今はまず、指定日に行ってからでも考える……急には決められないからな」

「そうか」


 ……お前も、今の行動に少しの動揺も見せず、普通にしている。

 もっと動揺してくれたらうれしいんだが、真面目な会話だしな。

 スマホをポケットにしまって、クレープを食べ終え席を立つ。


「聆月、お前は俺から離れないと誓えるか?」

「……私は、お前の戦番だ。契りがある限り、離れられるはずもないさ」

「ならいい……ところで、中国の方に仕事は残してきたんじゃないのか?」

「いいや、それはおそらく大丈夫だ」

「おそらく、とは?」

「……後でわかることだ。問題ない」


 含みのある言い方だな。まったく。


「わかった……さぁ、聆月。帰るぞ」

「ああ」


 聆月は姿を消し、空気と同化して俺たちは家へと一度戻ることにした。

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