第25話 聆月との甘い一時

「聆月、いいぞ」

「……いいのか?」

「部屋の中なら、問題はないだろう?」

「それもそうだな」


 彼女は、己自身の姿を晒すと長い裾を器用に正座で床に座る。

 ……流石に、想い人を床に座らせる気はないんだが。

 意外と彼女は頑固な性質だ……しかし、戦番となった今の関係なら、多少は従ってくれるだろう。


「聆月」

「なんだ?」

「こっちに座れ」

「ダメだ」

「いいから、座れ」

「今の私は戦番だ。床に座った方がいいだろう」


 ソファに俺が座る中、聆月はきっぱりと拒否してくる。

 ……昔から、そういうところは頑固だったな。聆月は。


「今後、お前は基本どうするんだ?」

「中国と日本を行き来するより、黄帝からお前の傍にいるようにと直々の名も下っている。だから、今日からはお前の傍にいるぞ」

「……いいのか? それで」

「黄帝の命令は絶対だ、私が応龍となった今は熟さなくてはいけないことでもある」

「……そうか」


 述異記には、蝮は五百年にして蛟ととなり、蛟は千年にして成竜となり、竜は五百年にして角竜となり、角龍は千年にして応龍になり、年老いた応龍は黄龍と呼ばれる……となっているんだったな。

 前世の時の彼女は成竜だったはずだからあれからは千年以上も経っているから、本来は黄龍になっていてもおかしくないが外見は年老いていないから、応龍……なのか? その辺はどうなのだろう。


「聆月、お前は俺が死んだ時までは成竜だったはずだったな」

「ああ、気が付けば応龍の地位と、聆月という名前が職業名としてなるまでになるとは当時は考えてもいなかったがな」

「先代の応龍様はどうなった?」

「既に死んでいる。あれから何百年たっていると思っているんだお前は」

「それもそうか」

「優しい御仁だったな、あの人も」

「……そうだな」


 前世の記憶が戻りつつある中で、ぼんやりと先代の応龍様の顔が頭に過る。

 彼は中性的だったが、男性だったはずだ。

 ……飄飄としたお方だったが、嫌な方ではなかった。

 顎に手を当てて、応龍様のことを思い出していると、ふと聆月のを方を見る。

 聆月は不通に正座をしているが、秋のフローリングは寒いだろう。

 やはり、座らせないとだめだなこれは。


「聆月、やはり座れ」

「断る、命令でもない限り座らない」


 鋼陽は指で座るように自分の太ももを指さす。


「命令だ、いいから座れ」

「……わかった、そちらに座ればいいんだな?」


 渋々聆月は立ち上がり俺の横に座ろうとするのを見計らって腕を掴む。

 強引に俺の胸へと抱き寄せた。彼女が俺を押し倒すにも似た形で俺にもたれかかると、素っ頓狂な声を上げる。


「!! 鋼陽!?」

「なんだ?」

「……いきなり何をする! 危ないだろう!?」


 むっとした顔でこちらを見てくる。

 ……ああ、可愛いな。

 前世の時よりも、聆月の見たことがない表情を見ている気がする。

 にやけ顔を抑えるために、聆月の腰を掴む手を強める。


「座れとは言ったが、どこに座れとは言った覚えがないな」

「お前っ、小賢しいことを!」

「お前は俺のつがいなのだから、当然だろう?」

「わ、私は戦番せんつがいなのであって、私はお前と恋仲ではない!! こういうことは、意中の相手と……っ」

「……ほう?」


 怒る聆月も悪くないが、純情な人なのも変わってくれていないようだ。

 戦番、というものになったのは中々に悪くないかもしれない。

 ……少し悪戯でもしてやるか。


「お前、意中の相手とならこういいった行為はしたいんだな?」

「そ、そうは言っていない! 変な受け取り方をするな馬鹿者!」

「……言ったな?」

「な、何っ――」


 聆月の顎を乱暴に掴んで、俺の顔ギリギリにまで持ってくる。

 彼女の首をわざと親指でなぞる。


「な、何して、」

「俺と接吻をしておいて、そういう扱いが嫌だと言いたいのか?」

「っ!! あれは治療の一環だと言って、」


 ……やはり、我慢ならんな。

 治療の一環ならば、他の物にもその唇を許すとでも言うのか。

 苛つきを込めて、聆月を貪ることにした。


「好意を抱いてもいない相手にああいうことをするのか……お前はどうやら、淫乱だったらしい」

「なっ! ちが、んっ……」


 きっと聆月にとって意中の相手でもない俺にも、こんな風に戦番ならばと唇を許すと思ったら腹立たしかった。我慢ならなかった。


「……先に喧嘩を打ったのはお前の方だ、嬋娟せんえん

「はぁ、何を言って……っ、んっ、鋼陽っ……やめ、」

「嫌だ」


 聆月が手を上げようとするのに手首を手で拘束して動けなくさせる。

 胸に沸いた嫉妬心を、彼女の唇を貪ることで誤魔化す。

 彼女の口内を虐めて、涙を流して頬を赤らめるほど善がってくれるのに、くすっと笑みをこぼした。


「んっ……あ、っ……や、め」

「……ふ、……っ、ん」


 ……俺だから、抵抗しないのかと期待してしまうだろう。その顔は。


「……感じてるじゃないか」


 満足するまで口付ければ、彼女の唇を舌で軽く舐めて終わりを告げてやる。

 説教してやりたいが今はこれで許してやろう。もし口にしたら、腰を砕くほど抱いてしまいたくなる欲求を接吻だけで許してやる俺の精神力を褒めてもらいたいくらいだ。

 顔を離せば、嫌がっている顔にしては切なげに目を細めている表情が腹部に来る。


「何を言ってる……っ! 私は、こういうことをするために、お前と戦番になったわけじゃっ」

「俺は、お前だからしているんだ」

「……? どういう意味だ、それは」

「……言わせる気か?」


 聆月は、思考を停止したように疑問符を浮かべる。前世の時にも感じていたが、彼女はもしかして自分に向けられる感情に鈍いのではないだろうか。

 彼女は他人の色恋ならばすぐに察して空気を読むことのできる女であったはずだ。俺でも彼女に好意を向けてくる男共の意図などすぐに理解できたというのに。

 ……だが、なぜだろう。

 少し今の聆月の態度に違和感を覚える自分もいる。

 前世の時も、そういう変な輩には明らかに拒否の態度を示す方が多いと言うのに……なぜ、俺との接吻を拒否しないんだ?


「……言わせるも何も、戦番でも、そういった行為をしないわけじゃないのはわかっているが……まさかやはり、その……欲求不満、なのか?」

「……待て、どういう意味だ」


 聆月が俯きながら、照れが混じった声で言った。


「戦番は、処刑人にとって相棒と言う立ち位置でもある。だが、性欲処理に使う輩もいる、とは風の噂で……」

「……なんだと?」

「か、風の噂だ! 噂!! ……だが、鋼陽は、そんな男じゃない、と個人的には思っているぞ。お前は好意を持っていない相手を無理やり抱く輩ではない、と」

「……はぁ、そうか」


 それは流石に知らなかった、ああ、知らなかったとも。自分で言っておいて、これでは遊女を襲う悪代官的な立ち位置にいるではないか俺が……ああ、くそ。

 彼女にとって、その他の輩共と一緒にされるなど、不快だ。

 

「……鋼陽は、私を処理するだけの使い捨て、なのか?」


 じっと、聆月は俺の瞳を見据える。

 上気した顔で、潤んだ目で、俺の顔色を窺って来る。

 ……そんなこと、あるわけないというのに。

 この女は、本当に昔から卑怯だ。

 あの時の俺にさえ、その表情を示さなかったことよりも、俺しでかしてしまったことへの不快感が胸を占める。


「……ただの性欲処理だというなら、もっと手ひどく乱暴するがいいのか?」

「す、するな馬鹿者!!」


 接吻を拒否しなかったのは、期待があったがそういうことを知っているから、というのもあったからか……違和感の正体はこれか。

 はぁ、と重い息を聆月に向けてわかりやすく吐く。


「……だから、妙に態度が変だったわけか」

「な、なんだ? 急に」

「俺がお前の戦番でなかったら、とっくに他の輩に喰われていただろうな」

「な、なんでそうなる?」

「……拒否しなかっただろう」

「お前は私に乱暴なことはしないだろう?」


 なんだ、その妙な信頼感は。

 ふふん、と自慢げに笑う聆月に心配しかない。

 ……面倒な女に惚れたものだな、俺も。


「……今日はこの程度で許してやる」

「今日は? とはどういう意味だ」

「……鈍い女は厄介だ、という話だ」

「?」


 首を傾げ、不思議そうにする聆月が可愛いと、感じつつも今後のためにも彼女の周りの輩共に目を光らせておかないといけないなと、再確認する鋼陽だった。

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