第24話 事情聴取
「ありがとう、統烏院さん。事情聴取はここまでだ」
「はい、わかりました」
アヒナ・ビーガンに襲われた後、呼猫が連絡して処刑人たちが来てくれた。呼猫は俺と祓波と違い、普通の一般人と言うことですぐに家に帰してもらっていた。
俺たちの話を聞いた処刑人たちが念のためと言うこともあり後日、改めて事情聴取を受けていた。事情聴取を受けた内容は昨日の夜の出来事を事細かに話した。
「……面倒なことになったな」
鋼陽は缶に入ったコーヒーを口にする。
苦みのおかげで、少し冷静になって頭の整理をすることにした。
まず、俺の事情聴取は一旦、終わっている。
……今回のことで、監視カメラに聆月の姿も俺たちを襲ってきたアヒナ・ビーガンの姿も謎のロボットの男の存在も確認済みらしい。聆月と俺が戦番だということは悪友の馬鹿のせいで気づかれてしまう形になってしまったが……うん後で説教してやるあの馬鹿。
「あ、鋼陽! 事情聴取、終わったのかー?」
「ああ」
祓波は俺とテーブルを挟んで向かい合う形で席に座る。
流石に
「ああ、じゃねえよおいこら!! お前嘘だったのか!? 聆月様と戦番って!」
休憩スペースで、祓波がコーラを飲みながら文句を言って来る。
俺は無言で缶コーヒーを飲み、一旦流すことにした。
「……していないとはいってない」
「それは! ……そうだったかもしんねぇけど」
「嘘はついていないんだからいいだろう。可能性がある、とは一応伝えたはずだ」
席に座り、もごもごと言う悪友に素直に返す。
「それは、そうだけどよぉ……もぉ、この数日間で色々あり過ぎだっつーのっ!! 俺にもわかるよう説明はしてもらうぜ」
「……そのつもりではある」
聆月はこの場では霊体化のままだ。
……昨日の夜、俺に質問する処刑人の前では聆月には姿を消してもらっていた。監視カメラで分かっているとはいえ、祓波の計らいで令官案件だと言えば、他の処刑人たちは慌てることなく冷静に対処を、という精神で行ってくれたようだ。
下手に動けば外交問題に……というのも下っ端の彼らにもわかっていることだ。ご先祖様や尊敬している英雄などの考え方に厳しいのが中国国民だからな。まあ、前世の俺も一部は当てはまるのだろうが。
「聆月様の名前を呼んだから契りになっちまったー……っていうのは、嘘じゃなかったんだな」
「ああ」
「……まぁ、悪かったよ。俺も半分嘘だって思ってたわけだし。けどよ、中国の応龍様が本契約なんて今まで一例も聞いたことねえんだぞ!?」
「本契約、とはなんだ?」
戦番の契り、しかお前教えなかったろう。なんだ、本契約って。
「まぁ、今ならもういっか。処刑人には基本的な相棒になる存在にだけ、契約の契りがいるって説明したよな?」
「それは知っている、戦番の契りだろう?」
「基本的に相棒って立場になる神者様との契約つーの? それを本契約っつーの。んで、固定の相棒じゃない相手には副契約ってわけだ、わかったか?」
「……そうか」
少し、不満げな言い方をしつつも祓波はコーラを一口飲む。
……かもしれないという可能性は示していただろうが、この悪友様は。
……? もしかして。
「祓波はまだ本契約の相手がいないのか」
「わざと言うなよな? お前聆月様と契りが交わしてるとか……うらやまけしからんってなるに決まってんだろ!! 俺じゃなかったら、もっと他の奴はグチグチいう内容だかんな!?」
「よくわからん」
「わかりやすく言うなら、芸能人と友達になれた友人に嫉妬してるって感じなわけだよ。今の俺的な気持ちは!」
「……興味がない。交わしてようがなかろうが、信頼できる神者と契りを交わす方がいいだろう。裏切る輩なんぞに背は任せられん。美人だったら誰でもいいとか、そういう理屈か? 理論武装にもなってないわアホ」
文句を言う悪友にくい、っとコーヒーを飲みながら高望みしているアホに素直に正論を返すと嫌そうにぶー垂れてくる。
「……うっわー、でたよ古風男。美人に対して美人って素直に思えない感性でも持ってんのか?」
「何を言ってる、彼女は美人だろう」
「……お前が普通の感性を持ってるのには安心しましたぁ」
祓波は、戦番を持つ俺に嫉妬心を抱くのは別に変なことじゃない。
だが、聆月となぜ戦番になれたのか……前世と関連付ける話題は、今の彼には嫉妬心を煽らせるだけだ。
……今彼の目の前で、前世の会話なんぞできるはずもない。
信用していないわけでも信頼していないわけでもない。
だがしかし、現世でできた初めての悪友にちゃんと段階を踏んで話すべきだ……きっとこの馬鹿は、嫉妬心で下手な愚行はしないとわかっている。
ならばこそ、タイミングはここではないはずなんだ。
「……彼女は、俺の戦番だ。何の問題がある?」
「あのなぁ、お前がどんな神者様と戦番になったって問題ねえよ……俺はそう思ってる。だがしかし! 応龍の聆月様と言えば仕事もできるクールビューティ! 花緑青の龍神様って通称でも知られてんのはあの人のこと言うんだぞ!?」
……現代の聆月は、そんな風に人々から評価されているのか。
あながち、龍神様というのも間違いじゃない。
応龍は神の精であり四龍の長とも呼ばれている龍の中でも地位のある存在だ。
黄帝である
「しかも天国にいる? とか、言われてる黄帝様の部下で!? しかもいい年のババァの見た目になってたっておかしくないのに20代くらいの見た目なんだぞ!? 不老不死とか一部では噂されてるし! 誰がそんな優良物件と本契約したくない奴がいるよ!? あんな美人さんなんだぞ!? 生で見た時、ファンタジー漫画に出てくる人々から崇拝されるような龍神様!? とか思ったわ!! 現実にああいう美人が存在するの二次元の中だけって俺思ってたもん!!」
「……その感想は当然だな」
……不老不死に関しては事実だしな。
「何後方彼氏面してんだお前、きしょいわ!」
「っは、戦番の契りを交わしていない候補生に言われてもな」
聆月が美人だと褒められるのは悪くない、と素直に思えるいい奴でもない自分にとって必要以上の嫉妬心を缶コーヒーの苦みで誤魔化している。
恋という物は、そういう性根を悪くさせる劇薬なのかもしれん。
だとしても……後方彼氏面とかよくわからない単語は知らん。
祓波が嫉妬を向けられるとわかっているので事実を悪友様に突き付ける。
「はぁ!? てめぇ後で覚えてろ!? 俺絶対すっげぇ戦番と契約すっから!!」
「期待しないで待っててやる」
「期待して待ってろよぉ、なれねえみたいな感じじゃんかよそれぇ!!」
「要点をまとめろ」
「だから、そんなすっげぇ肩書持ってる人と戦番になれるとか、凄すぎって話だって言ってんの!! そういう人にも敬うべきとも俺言いたいわけ! この末っ子気質男子ぃ!!」
「長男だが?」
「これだから俺様暴君は!!」
「……罵倒の語彙が少ないどころか定番的な罵倒に聞こえるが?」
「るっせ! ……でも、そんなお偉いさんの人がなんでお前と戦番の契りなんざ交わす気になったんだろうなー? お前、屑じゃないし、意外と生真面目で、意外とちょっぴり料理ができる程度の刀匠志望のボッチ大学生だったのにさー……縁って、どこに転がってっかわかんねぇなー」
「罵りたいのか褒めたいのかどっちかにしろ」
「ちょっとくらい言ったっていいじゃんかよ」
「……くだらん」
ブスッと拗ねた顔でテーブルで突っ伏しているコイツは本当に色々と物申したくなるな。祓波は机に突っ伏して頭を掻く。
「はぁ……最近出てきた、生きてたってされてる中国の黄帝様の時の応龍様とは全然違うタイプだーとか、ネットの話でも議論されてる中、話題の最中にいる聆月様ご本人様ご登場とか……」
「ネットの情報なんてあてにならないだろう」
俺が覚えている当時の応龍様は、儚げで退廃的な美貌を持ったお方だった。
黄帝様の隣にいても、衰えを感じさせない神秘的な空気を纏っていたと今でも覚えている……だが、彼の人は男だったはずだ。
「お前新聞の記事だけ信用するタイプだったな。とにかく、すっげぇ長生きで優しくて? 気遣い上手で、クールビューティなのに笑った顔は花のよう、とか一部のコアなファンからは言われてるらしいんだけど? どうなわけお前的にそこんとこ」
「……お前は聆月をそういう目で見ているのか?」
「一個人の男子的評価は言っただろうがー? 美人だーって。それじゃ不満かよ」
「……」
半分になって来たコーヒーを再度口に含む。
……ずっとむくれているな。
そんなに戦番の契りを交わせることはいいことなのだろうか。
さっきもコイツに言ったように信用も置けない奴に背を任せるとか俺なら絶対お断りだ。腹を毎回刺してやります的なことを抜かす仲間なんぞ信用どころか敵対者でしかない……そういうのをわかっているんだろうか。このアホだれは。
「つーか、お前出会ったばかりの聆月様のことまんま名前で呼んでんの? 勇者過ぎね? 不敬だろ普通」
カン、と祓波はテーブルに思いっきり缶を叩く。不敬不敬と言って来るコイツに苛ついたので、怒気を含ませない爽やかな笑顔で答えやる。
「そうか、では俺が新人として駆り出されるようになったら、他の神者様に会った時、祓波継一郎は顔だけいい性欲の捌け口になりそうな神者以外受け付けません、なので会ったらライングリム日本支部の局長に報告をしてくださいとまで言っておいてやろう」
「ごめんなさい! 悪かったです!! 悪かったからそんな根も葉もない話しないでください!!」
「わかればいいんだ、わかれば」
神仏に拝む仕草で俺に謝罪する悪友に、俺は中身が無くなった缶コーヒーをテーブルに置き、近くの自動販売機に再度、缶コーヒーを買うことにした。
「でも、俺でも候補生なのにいきなりお前だけ新人なってんのやっぱずりーって思っちまうんだからしょうがねえじゃん! バカー!! 俺を置いていきやがってー!」
「っは、知らん。そんなに言うなら口もきいてやらんぞ」
自動販売機から同じコーヒーを買って、軽く上の部分を軽く持ちながら切り捨てる。
「聞いてー? 俺の愚痴聞いてー!? 鋼陽くらいなんだって、こういう馬鹿に嫌がってる風なのにちゃんと付き合ってくれんのー!」
「……次はないぞ」
「へいへい。今言いたいこと言ったから、もうこの話無しな! お前も突っ込むなよっ」
「……わかった」
俺の場合は聆月との前世のつながりがあったから、本契約までこぎつけられただけで、純粋にそういう繋がりがなければ、俺はお前と一緒だと言うのにな。
言いたいことを言い切ったら案外さっぱりしているところは、コイツの美徳だろうな。
「んで? 嘶堂さんになんて説明するよ」
「なんのことだ」
「俺、お前が聆月様と契りを交わしてないって説明しちまったんだけど」
「……面倒なことをしてくれたな?」
「お、お前だって刀匠になることを考えたら、誰だってそう説明するだろ!?」
ギロっと睨みながら、新しい缶コーヒーを口にする。
「……一理はある」
「だろぉ!? 後で色々言われるかもしれねえけど、甘んじて説教されろよぉ」
「お前が説教するわけじゃないのか?」
「なんでだよ、俺が言いたい不満は全部言ったぜ?」
「……そうか」
……後日、呼び出されたのは俺と祓波だけだ。
呼猫は、帰り道に俺を見つけただけなので、普通に昨日の時だけで済めたらしい、という連絡はもらっている。
「……聆月様のことに関して、色々大変になるだろうな」
「先に聞く。だが本契約を交わした相手以外に、本契約はできるのか?」
「基本的に無理だな。たった一度でも本契約を結んだことの相手は一人だけって限定されているし。できるとしても、基本的にどんなことがあろうが他にやろうとしたら副契約って形になる」
「……そうか」
「お前、聆月様以外の神者様と本契約したいの?」
「……違う、統烏院家なら八咫烏様を祭っているから、本来ならそっちなのかどうなのかを知りたかっただけだ」
「それについては、俺もわからねえけど……その神者様のきまぐれレベルに等しいんじゃね?」
「そういうものか?」
「たぶんな」
「そうか……」
祓波の言葉に基本的に嘘が挟むことがないので、安心して聞いていられる。
統烏院家は肖神家の分家に当たる神職の家系の中でその姓に入るカラス、つまり八咫烏を信仰している家系だ。
俺が爺さんが作った刀を扱えたのは、形式的にも統烏院家を名乗っているからのもあるかもしれない……っと、勝手に憶測をしたりもしたが、どうなのかは知らん。
実際に八咫烏様に出会ったことがあるわけでもないし。
だが、加護を受けた可能性があるならそういう意味になるとは思っている。
「……で、何の話をしているのかな? お二人さん?」
「あ! 嘶堂さん!? なんでここに!?」
「今、聆月様のお話をしていたように聞こえるが?」
「……祓波」
「!? いやいやいや!!」
じと、っと視線を送れば慌てて祓波は手を横に振る。
……わざと話をしていたわけじゃない、ということか。
「そのぉ……どこまで聞いてたんでしょう?」
「最初っからだな」
「地獄耳!! あいだだだだだだだ!」
「ほう? 人に嘘を言っておいて、地獄耳とはいい度胸があるじゃないかぁ? ええ?」
祓波の頭をぐりぐりと痛めつける嘶堂さんの手付きは手慣れている。
相当、親しいんだろうな。祓波とは。
「ごめんなさい! で、でも鋼陽は刀匠になるからって思ってたから、言っただけなんです! ごめんなさい!!」
「……それも聞いていたさ。だが、本当なのか? 統烏院少年」
「……はい、元々はですが」
「今はどうなんだ?」
「処刑人になれるなら、刀匠を副業として活動をしようかと」
スッ、と新しい缶コーヒーの缶をテーブルに置く。
……ここからは、少し不満を言わせてもらおうじゃないか。
「それは無理だろう。刀匠は相当体力がいる。定期的に休まれてもこちらとしても、」
「俺の爺さんを守れなかった貴方たちが言えますか? 少なくとも、戦闘員だけがライングリムにしか所属しているわけでもないと思いますが」
「……痛い所を突くじゃないか」
祓波のこめかみにやっていた手を嘶堂司令官は離した。
「連絡できる時間があれば来れた、なんて屁理屈に過ぎません。俺の爺さんを救えていないんですから。少なくとも、先に来てくれたのはそこにいる俺の友人だけです。貴方はレムレスが倒された後に来た、そうでしょう?」
はわわ、と泡を喰うように祓波は鋼陽と嘶堂の二人を交互に見る。
「……その件については、反論できる余地はない。本当にすまないと思っている。面目ない」
「子供を理想論で語るなと罵るのなら、結果論が大人の武器なのでしょう? 責任逃れは大人だろうと子供だろうと大好きだとは理解しています。自分自身に責任を負うなど、誰もが嫌がることでしょうからね。それをわかっていて、進んでレムレスと戦う貴方方は素晴らしいとは思います」
「……統烏院少年」
「貴方たちの苦労を考えていないから言うんじゃない。だからこそ、人は人間である前に処刑人だというような考え方に改めていくべきだと思うんです。人の小さな怠慢が、大切な人を守れなかったと嘆く人を減らせる方法だと、俺は思います」
俺がガチ切れしている、とでも内心思って手をあたふた俺と嘶堂司令官を交互に見る祓波の視線にお構いなしに文句と評した正論を嘶堂司令官に言う。
……わかっている、聆月ともっとはやく戦番の契約を交わしていれば、と。
だが、彼らが一般人を、民を守ると言うのならばはやく行動をしなければ、評価されないのも事実だ。
「……俺が言いたいことは以上です。言い過ぎな点もあるかもしれませんが、まだ祖父の死が半年も経っていない人間なので、ご容赦をしてくださると大変うれしいです」
「……ああ、すまなかったよ」
「謝罪をするなら行動で示してください。俺が感謝をしているのは友人と葬儀部の受付の方ですので」
「……鋼陽」
言いたいことは言った、これでいい。
「ああ、そう努めていくよ。ところで、聆月様にも同席してもらってもいいか? 隣にいるだろう」
「……はい。聆月、いいか?」
『私は何も問題はない……いいのか? 姿を晒しても』
「ああ、頼む」
『……わかった』
聆月は姿を現すと、静かに頷いた。
「これで良いか? 嘶堂司令官」
「はい、構いません。聆月様……では場所を変えよう、三人ともついてきてくれ」
「え? 俺も?」
「お前も一緒にいただろうが」
「わ、わかってるって! 鋼陽、行こうぜっ」
「ああ」
俺たちは嘶堂さんが進む方角の方に、後ろからついて行った。
ライングリムの施設は中々に広く、あまり入る機会もないから迷路とも感じてしまうな……行ったことのない施設ならば、そう感じるのも普通か。
「……お前、昔っから真面目だよな」
「なんだ、急に」
「いいや、俺は嫌じゃねえって話」
「……くだらん」
悪友からの謎発言に、微妙な照れを持ちそうになる不快感を無視することにした。今は、嘶堂司令官に説明しなくてはいけないのだ。
余計なことで脳に回る思考力を必要以上に使うのはいけない。
「二人とも、静かにしなくてはダメだろう。親しき中にも礼儀あり、だぞ」
「ああ」「はーい」
俺たちは、嘶堂さんが扉に手をかけて中の部屋へと案内される。
質素な雰囲気は生徒時代の保健室のような雰囲気だ。
「……それで、色々と聞こうと思っているが問題ないな?」
「はい、できる限りのことには答えようと思っています」
「お、俺もです!」
互いに頷き合うと、嘶堂さんは椅子に座った。
二人ともかけなさいと言われ、俺と祓波は嘶堂さんと向かい合う形で座った。
「じゃあ、最初に一つ……統烏院少年と祓波候補生は、中国支部と何かしらの関係は持っているのか?」
「え!? な、なんでですか!?」
「特別、これといった繋がりはないです。知り合いの人物が中国人の人間がいる程度ですので」
「え!? そうなの!? お前、俺くらいしか友達いねえと思ってたわ」
「……祓波、怒るぞ」
「悪ぃ、悪ぃ」
こんなタイミングで茶化すなバカ。
聆月に視線を向けるが、
嘶堂さんの視線が痛くなるのを感じる……悪友を罵る時間はあまりない、か。
「……祓波候補生はともかく、統烏院少年は知り合いにいるんだな?」
「名前が中国国籍だと思う人が一人、ですがだいぶ前の知り合いなので……今はなんの仕事をやっているのかも一切知りません」
「嘘はないな?」
「はい、確かかと」
……実際に何の仕事をしているかまでは聞いていないからな。
「……そうか、ならいい。本当に、アヒナ・ビーガンとは初めて会ったのか?」
「それは昨日の処刑人の職員の人に言った言葉通りです」
「お、俺も昨日初めて会っただけで全然知らない人です!」
「……そうか、ならもう一つ」
「なんでしょう?」
「どうして、ライングリムの中国支部の中でも、今まで本契約を交わすことがなかった聆月様と、君のような一般人が本契約できた理由を知りたい」
……ここが、ターニングポイント、と言ったところか。
ここで下手に選択肢を間違えれば、処刑人にもなれない。
聆月がこちらに視線を向けてくるのを感じながら、慎重に、且つ、落ち着いて。すぅ、と一度深く深呼吸する。
「彼女が言うには、祖父に用があったから個人的に出向いたと言っていました」
「それで?」
「……祖父にレムレスに襲われている時に、彼女の力を借りただけだったはずなのですが、それがおそらく本契約を交わしてしまった、という流れになるかと」
「つまり、不慮の事故に近いことだったと」
「……はい」
ふぅ、と嘶堂さんは椅子にもたれる。
あながち、完全なる嘘と言うわけでもない。俺が死にかけて、聆月の名前を呼んだ、の方か。それとも接吻をしたのがきっかけか。
聆月本人に聞かなくてはわからないことだ。
「……よかったよ。君がわざとだったり、何かしらの嘘を言っているようなら、今後の対応も考えていかなくてはならかなかったからな」
「今後の対応、ですか」
「ああ、応龍様と契りの許可なく無断でしたことは、その理由ならば彼も納得してくれると言う話だ」
「……黄帝はもう亡くなっているはずでは? 数百年単位レベルではないでしょう」
「霊魂は天国にある、とされている。だが、現在は中国支部の司令官としての地位についているな……ここ数日、日本に滞在しているようだが、中国支部には無断で来たらしいしな」
頭が痛い。
……あの人、何をやってるんだ。
「だから、不慮の事故で日本人の少年を守るためだった、と言う理由ならまだ彼も認めるだろうさ……後は、ここしばらく徹夜して中国支部に説明の書類を提出しなくてはいけないがな」
「……なんだか、すみません」
前世でも嘶堂さんのような徹夜の書類の辛さを知っている。
……位が高ければ高いほど、面倒なこともあるだろう。
「いいや、いいさ。気にしなくていい。ちゃんとした理由で合って安心したくらいだからな……統烏院少年はもう帰っていいぞ」
「わかりました」
「え? なんで俺はダメなんですか!?」
「お前には追加の反省書類を書いてもらわなくてはいけないからな」
「えぇええええ!? 嫌だぁっ」
「……諦めろ、祓波」
「だぁああああああああ……ちくしょー!」
頭を抱える祓波を見てから、席を立つ。
「では、俺は失礼します」
「ああ、君が立派な処刑人になれるのを応援しているよ」
「……ありがとうございます」
鋼陽は退室し、廊下で彼の叫び声がした気がするのは胸に留めておくことにした。
俺と聆月は二人で家まで戻ることにした。
もちろん、帰る途中は彼女の姿は目立つのでもちろん姿は消してもらってだ。
『……聆月、お前知っていただろう』
『なんの話だ?』
念話で聆月に話しかける。聆月は不思議そうに返事を返した。
『とぼけるな、
『……確かに黄帝は今、ライングリム中国支部の司令塔となっている。正式に言うなら、憑依しているだけであってまったくの別人だ』
『……別人、か』
……ホムンクルスでもなければ、普通の人間の体に憑依していたのか。
だが、そんなことが可能なのか? 黄帝である王様はあくまで人の体を借りている? 転生して新たな体を得ることなど、あの方なら普通にできるだろうに。
『……どういうことだ?』
『縛りがあって転生ができないあの方が、お前が死んだあの日からずっと探し続けてくれていたんだぞ。あの人間の体は私と同じように不老不死の呪いを持っている』
『……? どういうことだ』
マンションの玄関前で足を一度止める。
そうだというのに、転生ができない縛りだと……? しかも、憑依している人間に、聆月と同じく不老不死の呪いを持っているだと?
俺が死んでから、何があったんだ?
『縛りに関しては、黄帝が話せる時に話してくれるはずだ。ただ、今はおそらく話せないだろうが……時が来たら、きっと教えてくれるはずだ』
俺が思い出せる前世は、まだいくつもあるはずだが……あれから何千年も経っているとはいえ、それでも今はっきりと思い出せるは短命転生の呪いをかけられたあの時の俺の記憶ばかりだ。
『……そうか』
『だが少なくとも……お前が私を呼ぶより前の前世の時から、独自にお前を探し回っていたんだぞ。あの方の心労も考えてやってくれ』
『だが、』
『おそらく、あの方もお前に話したいことがあるはずだ』
『……わかった』
シリンダーに鍵を差し込み、扉を開ける。
室内に入り、一度休憩をすることにした。
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