第23話 スケットと相棒の登場

「どうしてお前がここにいる!?」

「近くにいただけだろ! そんなこと言ってる場合か!?」


 祓波がなぜか変に指を絡ませて、静止している。

 ? おかしい。なぜか、普通に話せる……いいや? 違う、のか? よく見るとアヒナの体が石のように一歩も動かない。

 ……どういうことだ? 


「ねぇ、可愛い坊や♡ 君もこの顔だけ男のこと助けに来たのぉ?」

「っは、鋼陽は顔だけの男じゃねえよ!!」


 俺の首の糸も、さっきまでの拘束感もなければ強さもない。

 祓波が立っているところはアヒナの影が祓波の足元にある。まさか、忍者で言うところの影踏みのような奴か!? そんな芸当もできたのかお前は!! 

 陰陽師の真似事ができるなんて今知ったぞ、この馬鹿っ!!


「せめて式神くらい出せ!!」

「余裕様様だなぁお前!! 今それどころじゃねえんだよバカ! 女装男子君! ライングリムに連絡! いつまで俺がその女拘束できるかわかんないから!!」

「わ、わかりました!!」


 呼猫は急いで、カーディガンのポケットからスマホを取り出して電話をかける。

 よし、これならなんとか応援は呼べる。

 後はどうやってこの女を捕まえるかだけだ。


「あーあー、せっかく楽しんでたところだったのにぃ。余計な邪魔が入っちゃったなぁ……君のせいよぉ?」

「オバさんの虚勢とか、怖くないね!」

「……オバさん、ですって?」

「あ、やっべ……ちょ、ちょちょちょちょ、待って待って!!」


 くすっとアヒナは口角を上げる。

 ぐぐぐ、と段々祓波の指がゆっくりと解けていく。


「反省してねぇ? 坊やぁ」


 祓波の指が完全に解けると、アヒナは祓波の方へ特攻する。

 速い!? 一瞬で、間合いに踏み込まれているじゃないか。


「フィジカルゴリラなの!? お姉さん!」

「あっは、オバさんだけじゃなく女の子にゴリラなんていう悪い子はぁ、お仕置きが必要ねぇ♡」


 祓波の顔面目掛けてアヒナは蹴りを入れる。

 咄嗟に庇いきれず、思いっきり蹴り飛ばされた祓波は起き上がれずに頬を抑えた。


「いっつぅうう!!」

「当然よぉ、私怨たっぷり込めた蹴りだものぉ……一発、死んでみましょうかぁ?」

「ま、ままま、待ってぇ!? まだ俺死にたくないですぅ!!」

「嫌よぉ、逃がしてあげなぁい。ゴリラとかオバさんとか、女性にどれだけ失礼なことを言ったか味合わせないとねぇ? 赤髪くぅん?」

「ぎ、ぎゃあああああああああああああ!!」

「あー……でもやっぱり重罪だから、死ぬべきだとするなら貴方よねぇ? 鋼陽君?」

「ぐっ!!」


 拘束がさっきの非じゃなく、ものすごい勢いで締め上げられる。


「な、鋼陽!!」

「鋼陽君!!」


 激しい拘束に、徐々に視界が眩み始める。

 時間稼ぎにもなっていないだろう、この馬鹿っ……!!

 もう、意識、が……っ。

 

 ――呼べ、鋼陽!!!


「……れい、げ、……つ……っ!!」


 何かが弾けるのを感じると、彼女の声が聞こえた。


「鋼陽!!」

「!!」


 聆月が俺の前に現れ水で首に巻かれた糸を溶かしてくれた。

 拘束が解け、咽ながら彼女の唐突の登場に驚きを隠せない。


「……っ、がはっ! げほ、……っ聆月、お前どうして」

「呼んだだろう、私を。戦番なら来ない理由はない」

「は!? え!? 鋼陽お前!! 聆月様とは戦番の契りはしてねえって――」

「ごほっ……後で説明するから、お前は彼を頼む!」

「わ、わかった!」


 アヒナが目を見開いたかと思うと、舌なめずりをしながら聆月を見る。

 聆月は俺を庇うように前に出る。


「あらぁ、聆月様ぁ……やっと来てくれたのねぇ、待ちくたびれちゃったぁ♡ うふふっ」

「誰だ、お前は」

「アヒナ・ビーガンよぉ、初めましてぇ♡」


 聆月の穏やかな緑が、鋭さを見せる。

 アヒナは自分の胸元に手を当てて、令嬢、いいや、道化師のピエロが礼を下げる時の仕草をする。

 聆月は俺を庇うように前に出る。


「……なぜ鋼陽を狙う」

「私たちの目的には、彼が必要だってだーけ♡ ふふふ、今回は挨拶代わりみたいなものよぉ。それに貴方が彼の戦番であることは調査済みだから知ってただーけ♡」

「……情報の流出が早いな」

「当たり前よぉ。風の噂って、花の花粉くらいに流れる物よぉ?」


 空間が罅割れ、黒く何も移さない罅の中央から長身の人物が現れる。

 白い燕尾服にも似たスーツ姿で、2メートルもある華奢な体躯に顔面が青く発光する平面的な顔は、機械のそれを思わせる。

 男性を思わせる合成音声で、彼は彼女に告げた。


『アヒナ・ビーガン。時間です』

「もうそんな時間なのねぇ、残念……でも、また会いに来るわぁ! ふ・た・り・と・も♡」

「待て! 逃げるのか!!」


 声を荒げれば、手を振りながらアヒナは目を細める。


「ふふっ、じゃあねぇ? ……まぁた、会う日まで」


 すぅっと二人は罅割れた空気の奥の方へと消えて行った。

 ……なんとか、なったようではあるが勝負に勝って試合に負けたという感覚がしてしかたがない。


「聆月、アヒナは何者なのか知っているのか?」

「いいや、私は知らない……出会ったこともない女だ」

「そうか」


 聆月が知らない相手、なのか。あの女は。

 まあアヒナ・ビーガンは普通の人間のように見えるから、聆月と会ったことがあるなら、相当特殊な状況下だと思われる。

 聆月に会うとしたら、基本的に謁見をしなくてはいけなくなると思われるから、書類だのなんだのと大変なのは間違いないだろうから、そういう社会的な出会いは確実にないだろう。

 呼猫は祓波に着させられたスカジャンを肩にはおりながら、こっちにやってくる。


「鋼陽君! 大丈夫!?」

「……呼猫」

「あ、えっと……鋼陽君。男なの隠してて、ごめんなさい。だ、騙していたわけじゃないの! それは、本当で……っ」


 ……本当なら呼猫の口から聞くべきことだったが、それが早まっただけでしかないんだ。下手に、彼の事情を根掘り葉掘り聞くのも、違うだろう。


「そのことについては、気にしていないし謝らなくていい」

「で、でも、」


 呼猫はぎゅっと、スカジャンの裾を掴む。

 今にも泣きそうになるのを、ぐっと堪えているようだった。

 怖かった、というより幻滅されたかもしれないと怯えている、といった当たりか。


「……俺は、お前が話してくれる時を待っただけだ。それが早まった。それだけだろう」

「……だけど」

「それに、俺は初めから女性扱いも男扱いもした覚えはない……変に気にするな」


 ぽん、と鋼陽は呼猫の頭を優しく撫でる。

 涙が決壊しそうな顔で呼猫は顔を上げた。


「……鋼陽君、僕、」

「鋼陽! ライングリムの車が来る頃だぜ!」

「わかった……呼猫、そろそろ行こう」

「……うん、わかった」


 処刑人の車のサイレンが響く。

 ようやく到着したのか……随分と時間がかかった物だ。


「たぶん、後で事情聴取があるだろうからそのつもりでいろよ。色々、たぶんあるからな。覚悟しとけ」

「……わかってる」


 後で悪友の説教もあり得る、か……まぁ、受けるとしたら甘んじて受けよう。

 黙っていたことは事実なわけだしな。

 俺たちは一度、処刑人たちから事情聴取を受けることとなった。



◇ ◇ ◇



 月明かりが照らす屋根裏にて、二人の狂人は語り合う。


「……ふふふ、まさか祓波家のご子息様まで来ちゃうとは思わなかったわぁ」

『ビーガン、おふざけが過ぎますよ』


 建物の屋根にて女は愉快気に微笑をたたえる。

 落ち着いた口調で喋る彼にアヒナは少し苛つきを覚える。


「あらぁ? ひどいわねぇ紳士様ぁ、私がするべき仕事は果たせなかったけど……大事なはできたでしょう?」

『否定はしません、ですが妥協点とは言えましょう……皆が納得するかと言われたら、少々違うでしょうが』

「ふふっ、素直じゃないんだからぁ。可愛くなぁい……そんなところも好きよノックス」

『お褒めの言葉、感謝します』

「……ホントお堅ぁい。アタシぃ、若い子にあんなこと言われて頭に来てるから何かご褒美ほしいなぁ?」

『ダメです。貴方にはラディリス・アリアコットを遂行する任務があるでしょう』

「わかってるってばぁ……はぁ、まぁったく人使い荒いんだからぁ」


 伸びをしながら、アヒナは夜空に浮かぶ銀月を見据える。


「ちょっとの時間の猶予と思わせればいいわよねぇ、統烏院鋼陽には。私たちの目的のためにもぉ、彼は絶対に捕まえてみせるわ」

『やる気があるようで安心しました。頑張ってくださいね。ビーガン』

「……だからぁ、覚悟しててねぇ? ハウゼン。貴方の遊戯盤、壊れる時を楽しみにしてる」

『さぁ、それはどうでしょう……おや? 失礼』


 ハウゼンは存在しない耳に手を当てて、人間らしく振舞う。

 彼のデータバンクの中に、何か連絡でも伝達されてもいるのだろう。


『ああ……大丈夫ですよ。お嬢さん。ええ、すぐに帰ります。帰りますとも……少々待っていてください』


 彼の好きな、可愛い子猫ちゃんからの連絡かしら? ……マメねぇ。


『では、私はこれにて失礼します……予定が入っていますので』

「そう……なら、とっとと去りなさい。私の気分がいいうちにねぇ」

『そうさせていただきますね、では』


 パチン、と彼は指を弾くと彼の目の前に罅割れたゲートが現れる。

 彼は無言で中へと入っていき、罅割れた空間へと消えて行った。

 アヒナは振り向かずに一人、悲しげに映る月を見据えた。

 血塗られた色を思わせるスーツから伸びる指先の黒手袋が、月を愛憎を持って愛撫するように、彼女は手を伸ばした。


「現世では、無駄死なんてくだらない結末なんてあげなぁい。もっともっと、苦しんでもらわなきゃ、ねぇ? そうでしょう? ……ソラナ」


 憤怒が見え隠れする黒き呪いの言葉は、夜空に溶ける。

 狂気に満ちた朱色の煌きを見せる黒灰色の瞳が、怪しく揺れる。

 月明かりで照らされながら、彼女の静かな嘲笑が静かに響いた。

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