第21話 書類の提出

「……これでいいですか?」

「まさか、三日で作り上げてくるとはね……真面目だなぁ」

「早い方がいいかと思いまして」


 眼鏡の位置を整える嘶堂教授は、書類の確認を開始した。

 翌日、三日間かけて書類をまとめ嘶堂教授に提出するため、彼の研究室へと訪れていた。


「ん、いいね。この推薦書に名前を書いてくれる?」

「はい」


 推薦書に名前を記入すると、嘶堂教授は確認をする。


「んじゃ、これで推薦書できたから校長がライングリムに送るから、残りの大学生活謳歌するでもいいし、中退して処刑人になるでも問題ないよ」

「考えておきます、それでは」


 嘶堂教授の研究室から退室し、先に呼猫たちがいる調理室へと向かった。

 ガラガラと、扉を横にスライドさせ中へと入る。


「あ! 鋼陽君! 推薦書は!?」

「ああ、滞りなく済ませてきた」

「そっかぁ、やったね!」

「……ああ」


 自分のことのように笑顔を浮かべる呼猫。

 友人が自分のことで笑ってくれるという感覚は、なぜか照れくさい。

 あまりその類の経験が豊富でないせいか、単純に一匹狼を決め込んでいた時が多いせいか……どうも、この素直な反応は慣れん。


「今日はみんな自分が好きなカクテルを作るんだけど、鋼陽君はどう?」

「今回はいったいなんだ?」

「ふっふっふ! よくぞ聞いてくれましたなぁ! 統烏院鋼陽殿!!」


 小太りのオタク臭い小さい男が仁王立ちしている。

 ……ひそひそ話をしていた部員の一人か。


「誰だ? お前」

「部活入る時に自己紹介したでしょうが!! 田中恵極門たなかえごくもんとはこの拙者の名でござりますれば!!」


 随分とまぁ、堅苦しい名前だな。だが、どこかで聞き覚えが……?

 ぽんと鋼陽は手を叩く。


「ああ、中二病患者と呼ばれてるあの恵極門か」

「鋼陽殿ぉ!? その返しはいかがなものかぁ!? せめてかっこよく、ゴクモンとお呼びくださりますれば、それはぁ……大変うれしいって言うかー?」

「照れを入れるな照れを。気色の悪い」

「古風な言い回しをしますなぁ、鋼陽殿ぉ。イケメンだからですかなぁ? よっ! 超人俺様様ー!!」

「ギャグで走るのなら完走しろ、中途半端にボケるな馬鹿」

「突っ込みの理解みあるー! 分かってるー! ひゃっふぉーい!! 統烏院鋼陽! ギャグという物を理解しているぅ!!」

「……ついていけん」


 やけにハイテンションで付き合っていられない。


「ま、まぁ鋼陽君。恵極門君は悪気があって言ってるわけじゃないから。こう見えて、恵極門君は料理部のムードメイカーなんだよ?」

「子猫ちゃん殿……っ」

「あ、ごめん。僕そのあだ名はちょっとわかんない」

「なぜにー!?」


 ドン引きしている鋼陽にフォローを入れる呼猫だったが、恵極門に毒交じりな返答を素直に返す。ノリよく返す恵極門にふふっと笑ってしまう程度には呼猫はコイツと親しい間柄なのだろう。


「……仲がいいんだな」

「恵極門君は面白いからねっ、つい揶揄いたくなっちゃうんだぁ」

「え? もしかして子猫ちゃん殿。拙者のことを……っ、トゥンクっ」

「そういうことじゃないよ? 子猫ちゃん殿はやめてくれると嬉しいなぁ。なんか、あだ名にしてはごちゃごちゃしてる感じがするんだもん」

「なにーん!?」


 ……サングラスの奥が白目にでもなっていそうだな。


「恵極門は芸人気質なのは理解した……で? 今日のカクテルはなんなんだ?」

「あ、そうだった! 忘れてた……いろんなジュースとかシロップとか用意してあるから、色々試そう?」

「わかった」


 今日の部活動を過ごして、鋼陽は色々なカクテルを味わうことにした。



 ◇ ◇ ◇



「……悪くなかったな」


 大学の帰り道、今回の部活で作った数々のカクテルの美味さに感激していた。

 ジュースやシロップだったり炭酸だったりと種類が豊富だったが、カシスオレンジやりんごレモネードなども悪くなかった。

 シンデレラとかいう、オレンジとパイナップル、レモンの三つのジュースを混ぜたものなど意外だったが、中々にノンアルコールカクテルの奥深さに、聆月と正式に日本似られるようになったら作ってやろうと思うほど、少々ハマってしまった。

 酒ではないが、今度ワン様がうちに来たとき用に作れるようにしておこう。呼猫からはレシピをいくつか貰っている。

 材料さえあれば、いつでも作るれるはずだ。


「……」


 鋼陽は後ろを振り返らずにマンションへと向かう。

 背後から誰かの気配を感じるが気が付いていないふりをする……ストーカーという類には出会ったことがあるが、ヒールの音がより近くに感じる。

 ……さて、どうやって撒くか。


「統烏院鋼陽って、君のことかなぁ?」

「……誰だ?」


 振り向けば暗い灰色のローテールが夜の月明りに照らされて輪郭を成す。

 目の前に赤のライダースーツを着た女が立っている。

 瞳は、臙脂色にも映る黒い瞳。

 毒々しく映る深紅のリップをつけた唇がしたり顔に口角を上げる。


「写真で見てるから知ってるわよぉ、アタシと一緒に来てくれなぁい?」

「断る」


 きっぱりと、俺は拒否を唱えた。

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