第19話 王様への疑念

 帰路を目指す夕焼けの帰り道、太陽で露になる俺の影がアスファルトの上で一緒に進むのを横目で見ながら一人歩く。

 冷え冷えとした空気が頬の肌を通っていき、後ろの方へ流れ吹いていく。


「……いい風向きだな」


 料理部に所属するようになって、嘶堂教授に推薦をもらえそうでよかった。書類を提出しなくてはまだわからないとはいえ、問題がなさそうなところに感謝だ。

 いつも通り、家に帰宅するとまた、ワン様がいた。


「おう、鋼陽ー! 待ってたぜぇー?」

「……なんでここで飲んでいるんです」

「別にいいだろぉ? お前の顔が見たくてきたんだからなぁ」


 片手には緑色の酒瓶を持って、ぷはぁー! というオノマトペがぴったり似合うほど彼の人は、ラッパ飲みをしている。健康面を意識している態度かと言われたら、酒飲みらしい飲み方をしていて床には5、6本ほど酒瓶が転がっている。

 ……彼のことだから、おそらく金には困っていないと思うが。


「金稼いでんのかー? っとでも思ったろー? こう見えても株やってるから、結構稼いでるからニートでもホームレスでもねえぞぉ」

「……そうなのですか」


 鞄をワン様の座っているソファの近くにある横長のテーブルでなく、普段自分が食事するとき用のテーブルに自分の鞄を置いた。

 少なくとも、なぜ現代に転生したのか、いいや……転生したと呼べる体をいつ用意できたのかはわからないが、ある可能性くらいは湧いている。そちらの答えで考えると、転生したという言い回しをして俺に合わせているだけとも受け取れるが。

 少しの間を置いてから、ワン様はにっと笑う。


「で? 嘶堂教授から推薦はもらえたか?」

「……いいえ。書類を提出しなくてはいけないので」

「そうかそうか。あの教授は昔っからああだからなぁ」

ワン様もはやく自宅にお戻りください。こんなところで酔っぱらってしまっては、他の者が困り果ててしまいますよ」

「っはっはぁ! いいだろぉ、ちょっと話そう。前世の親子のよしみでな」

「……現世では貴方の実際の息子ではないですし、義理の親子だったでしょう」


 困った人だ。

 溜息を着くと、彼は酒を一度口にしてから言葉を続ける。


「まぁ、そうとも言うが……俺は好きでお前の面倒を見てたに過ぎん」

「それは、ありがたいですが……その、話はそれではないでしょう? 奉座樹鏡部長のことは貴方が仕向けたのですか?」

「さぁ、それはどうだろうなぁ」


 ケラケラと笑って返す。前世の時の彼よりも、丸くなっているのは肌で分かってはいるが、ここまで酒飲みだったわけでもなかったはずだ。

 医学だけでなく、中国の皇帝として、その在り方を求められてきた方だ。

 少なくとも今の体は、あの嘶堂教授よりも年が言っていると踏むなら……やはりホムンクルスあたりか。それとも何かしらの長寿の秘薬を手に入れたのか……どれかはわからないが、可能性はゼロじゃない。

 ゼロではない、が。


「……答えてくださらないのですが」

「はははっ、時がきたら話すさ。それまで待っていてくれ」


 スッとワン様は立ち上がる。

 2mくらいはあるだろう。ワン様が立ち上がると、どうも慣れない。見た目が違うからのもなくないが、前世の俺が幼かったのもあるからだろう。


「……そういうことにしておきます」

「おう、そういう下がるべき所が分かっているところも変わってないなぁ。いい義父を得たんだなぁ鋼陽」

「……からかわないでください」


 頭をわしわしと乱暴に撫でられ、髪型のセットを崩される。

 ……今日も風呂に入る予定だから、問題はないが。

 懐かしい感覚と、照れくさい感覚の合間に彼は軽く手を上げて別れを告げる。


「っはは。んじゃあ、今日はそろそろ帰る。また会いに来るからよぉ」

「……はい」


 パタンと扉が閉じられた音がする。

 ……順調、だ。ここまでが怖いくらいに。

 ワン様が何もしていないとは思えない。レムレスの出現率は年々上昇している。どこにでも現れたっておかしくない。爺さんの場合のケースもないわけじゃないが、まったく気づけないで人が亡くなるケースもある。

 ……はやくライングリムに所属して、強くならなければ。

 鋼陽はキッチンで今日の晩御飯を作ることにした。

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