第18話 嘶堂玄矢教授に面会
「はぁーい、ここだよぉ」
ガラガラガラと、扉が開かれ目の前に飛び込んでくるのは本で出来上がったダンジョンと呼んでもいいほど数多の本で床と言う床、壁という壁を埋め尽くしていた。
嘶堂玄矢という人物がどれだけ本の虫のような男なのか、この本の魔窟とも評していい室内には証明だと言いたげに文豪の小説、何かの哲学書、文献に当たる書籍などなど……エトセトラ、という奴で揃いに揃っている。
しかし、何の教授だったのかそこについてはわからないが。
「来たよぉ、ゲンジちゃーん」
「その呼び方はやめなさい。と前回にも言ったはずだがね。
ぴくり、と立ち止まる奉座樹部長は固まる。
おそらく、笑顔のままでだ。
「大丈夫かな?」と不安がっている呼猫の隣で声をかけられるまでスッと無言に徹する鋼陽だった。
「あははぁ、いいじゃーん? 後、アタシの名前フルネームで呼ぶの禁止っつったよねぇ?」
怒気交じりの声色で、陽気に声をかける部長は心が強いと思う。
「礼儀を払わない物を注意するのは必然だと言えるだろう? ……で、後ろの子たちは誰だい?」
「アタシの部活仲間ぁ! 鋼陽君がぁ、ゲンジちゃーんに用があるってさぁ? ね? 統烏院君?」
「……はい」
……うむ、この流れで下手に拒否したら後で部長のお叱りが降りそうな気がするな。逃げないでおこう。
「嘶堂教授、折り入って頼みごとがあります」
「なんだね?」
「俺は将来、処刑人を目指しています。貴方から、処刑人の推薦が欲しいんです」
「……神者は見えるのかい?」
「はい」
「……では、まずテストさせてもらおうか」
嘶堂教授はそう言うと、指をぱちんと鳴らした。
彼のデスクの下から、薄い蝶の羽似た翼を持つ、日本で言うところのアニメや漫画などのフィギュアサイズ程度の金髪碧眼の女妖精が、頬を膨らませて怒る。
「なぁに? またなのゲンヤ? 妖精使いが荒いんだからぁ、もうっ!」
「……わかるかい?」
「……ピクシー、ですね」
イングランドの南西部に伝わる妖精のはずなんだがなぜ、日本に?
悪戯付きで有名なピクシーが、こんな気難しそうな雰囲気のある一人の中年の男性の所にいるのは不思議だが……まぁ、今のご時世、興味を持った妖精なりなんなりは、遠出をするのはまったく聞かない話ではないのかもしれない。
妖精と言う存在は、気まぐれだしな。
「……この子の声は聞こえたかな」
「妖精遣いが荒いと、頬を膨らませていました」
「……ふむ、問題なさそうだね」
顎に手を当てて、自分を値踏みされている感覚を覚える。
掴みは上々、と言った奴か。
「ならば君、武術は習っていた経験は?」
「小中高で、剣道部に所属していました。獲物が刀や剣であれば、ある程度は振るえるかと」
「嘘はついていないね?」
「はい、もし必要でしたら後日書類も持ってきます」
「……ふむ、ならば見込みがないわけじゃないかな」
嘶堂教授の顔は、未だに読めない。
油断は禁物だ。嘘は一切ないとはいえ、下手な行動をとれば一瞬で一般の応募として処刑人への最短ルートが途絶えてしまう。
……どうだ?
「処刑人はレムレスを殺さなくちゃいけない。はっきり言って生き物とも呼べない敵を倒さなくちゃいけない……それはわかっているかい?」
「理解しているつもりです」
「一番大事な話を聞くよ。君が処刑人を希望する理由は、なんだい?」
「……祖父を殺された復讐は終えましたが、俺は大切な人を守るために処刑人になりたいんです」
「祖父の名前はなんて言うのかな」
「爍切秀蔵です」
「……関の刀匠か、統烏院の姓ということは、君があの統烏院鋼陽君かい?」
「はい」
「では、副業は考えているのかい? 処刑人は必ずしも、全員が戦闘員を行うわけでもない、結果が悪ければそうしている人間もいるって話だが」
来た。これはブレるつもりはない。
「刀匠を副業として行うつもりです。少なくとも、俺が戦闘員として必ず活躍できるという傲慢は持ちたくないので」
「……それはまた、面倒な道を選ぶものだね。刀を作りながら、レムレスを倒すと言うのか」
「はい、両立ができるよう励みます。ですからどうか、推薦していただけないでしょうか」
……どうだ。嘘は一切ついていないとはいえ、話し方を聞くに気難しそうな人柄は言葉と言う輪郭からなぞれる。
……うん、と一度言ってから彼は自分の頭を掻いた。
「……書類を確認して、嘘がなければ推薦をしてもいいよ」
「本当ですか?」
「私は嘘が嫌いだが、復讐心で燃えている人間の目は、処刑人が持つべき原動力としては素晴らしい理由だしね」
ふぅ、と溜息を零しつつ嘶堂教授は頭をぼりぼりと掻いた。
「だがあくまで書類の確認をしてから、ね。処刑人がお手軽だとか考えて虚偽の書類を提出する馬鹿の子たちもいるから、君がそういう人間じゃないことを祈るよ」
「はい、書類はいつ提示をすればいいでしょう?」
「一週間程度は猶予を上げるさ。ピクシーの言葉をちゃんと聞き分けてなかったら、三日にするところだったけどね」
「……わかりました」
「んじゃ! 話は終わったーってことで! ゲンジちゃーん! 失礼するよぉーん」
「あ、ま、待って部長!」
部長に背中を押され、鋼陽は強制的に教授の研究室から出されていく中、呼猫は一度教授に頭を下げ「失礼します」と言って、立ち去った。
廊下に出て、呼猫はガッツポーズをして満面の笑みで笑う。
「よかったね! 鋼陽君っ。推薦貰えるみたいでっ」
「まだ書類の提出をしていないからなんともいえないがな」
「だとしてもじゃーん! うちの大学でも気難しいで有名な嘶堂教授にころっと推薦出させるとか……まぁ、統烏院君のお爺ちゃんが、あの爍切秀蔵だったのは知らなかったけど」
「その、爍切秀蔵ってどんな人なんですか?」
「え!? 知らないの? 猫ちゃん!?」
……まぁ、処刑人をというより刀に関して知らない人間なら、爺さんの名前は知らないか。呼猫のような一般人なら、普通は武器を作る職人より、戦闘する処刑人の方に目が行く物だろうからな。
「爍切秀蔵って、刀匠の中でも関の秀蔵って呼ばれた処刑人の間でも知らない人間がいないくらいの有名な人だよ!? 悲報を聞いた時、SNSとか使ってる処刑人の呟きとか、トレンドに乗るくらいだったんだから!!」
「え!? そ、そんなにすごい人なんですか!? ……でもその、そもそも刀匠って物もよくわからないんですけど」
「……刀匠は刀職人でも、主に刀の刀身を作る職人のことだ。ゲームでいうファンタジー作品の類では、鍛冶屋が全部担っている作品もないわけじゃないがな」
「あ、そうなんだ」
「……まずは、一度家に戻らせてもらう」
まさか、嘶堂教授から爺さんの話題が投げられるとは思わなかったが、まったく予想をしていなかったわけじゃない。すぐにでも、書類を作って、嘶堂教授にはやく提出しなければ。
「あ、鋼陽君、クッキー持って帰ろうよ! 書類整理なら、甘い物もあった方が楽だと思うし!」
「だが、」
「色々大変だろうけど、適度に脳を休ませた方がいいよー? トガラスくーん」
「……なんですか? それは」
「ん? 統烏ってトガラスとも呼べなくないじゃん? とういん、っていいづらいから、そっちで呼ぼうかなーって」
「由緒ある家の姓にケチをつけないでください」
元々、俺の姓は肖神だったが、統烏院家には感謝の気持ちがある。
人の姓を呼びづらいからと……失礼じゃないか。
「あだ名みたいなものだからいいじゃーん? というわけで! アタシ用事あるから、ここでねー!」
「え? 部長もう帰るんですか?」
「んっ、じゃまたねー!」
部長は手を振って、颯爽と去って行った。
……一度調理室に戻って、一部クッキーを持ち帰るか。
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