第17話 菓子作り初挑戦と謎の部長

 翌日、俺は調理室にて呼猫と共に料理をしていた。


「難しいな、菓子を作るのは」

「あはは、慣れてないんだもんね。統烏院君っ。でも作った後、絶対美味しいよっ」

「……それならいい」


 料理部員になってから数日、今回はお菓子作りに挑戦していた。

 今日はクッキーを作ることなったが、あまり菓子の類は調理したことがないから不慣れで呼猫に尋ねながら調理をしている。


「……これでいいか? 呼猫」

「あ、いいよ。大丈夫っ」


 ボウルにゴムベラで泡立てていて、確認をしてもらっていた。

 本格的にやるならと常温のバターではなく、冷たいバターを使うのは意外だったが、どっちにしても上手く食べれるならそれで上々だ。本来はフードプロセッサーでやったほうがいいらしいが、ないならゴムベラでかき混ぜていくのもいい、と呼猫がバターを混ぜる時に教えてくれたことだ。

 ……菓子作り、奥深い。

 これを聆月に作ったら、喜んでくれるだろうか。アイツは、甘い物には目がなかったな……ならば、色々と今後のことも考え作る意味はあるはず。

 ……っふ、待っていろよ聆月。今世の俺は、お前の胃袋も掴んでやろう。


「鋼陽君と絵衣名ちゃんの組み合わせ、本当にいいよねぇ」

「うん! 猫天使と俺様王子の絵、最高っ」

「そうでありますなぁっ、ぐふふ」


 ボウルでバターを混ぜているのに意識しつつも、小耳に聞こえてくるひそひそ声は聞き逃していない。祓波にはよく地獄耳と言われたものだ。

 なんだ、猫天使とは。なんで猫と天使が合体しているんだ……そんなの悪魔合体だろうが。天使は天使、猫は猫、その二つの良さを合体させるなんて……合体したら、メンタルに過剰の幸福エナジーを受けて、家から出たくなくなること必須だろうが。

 なんて恐ろしい発想をするんだアイツらは。理解できん。


「? どうしたの。統烏院君」

「……なんでもない」


 ……一部の女子と男子たちが言っている言葉は置いておくとして、俺は次の調理の工程に移行する。バターを一度冷やしてから呼猫が小麦粉と皮なしのあーみんどパウダーを入れ、二人でバターと粉が混ざり合って全体が黄色くなりボコボコになった生地をラップ越しに形を整える。呼猫は「冷凍庫に二時間入れると液だれしちゃうけど、時間がないからなしにするねっ」と言われた。

 菓子作り……奥深い。再度、今日の俺は今までの認識を改めた。

 最後にトレイにクッキーを乗せ、オーブンに入れる。


「焼き上がるのを見ていてもいいか」

「うん、焼き上がったらオーブンもチンって鳴るからねっ」

「ああ」


 中で焼かれていくクッキーの様子をじっと見るあまりオーブンという物を使った経験がないから、新鮮だ……普段は適当な店で買う程度しかないからな。

 わくわくしてしまう自分に、クスッと呼猫は笑う。なんだ? 失礼な奴だな。


「……統烏院君は、本当によかったの?」

「何がだ」

「その……統烏院君は目立つのとか、好きじゃないみたいだから。僕に誘われるの嫌だったりしていないかなって」


 膝に手を着きながら小声で話しかけてくる呼猫の言葉に思わず呆れた。

 コイツも変な気を遣う奴なんだな。むしろ、俺といると逆に変に思われたりしないと思っているのだろうか。呼猫は臆病な性質だというのは、今の言葉でもわかる。

 初めて会った時も、人の視線を気にする奴だったと気づいてはいる。

 少なくとも、周りにいいように思われたいと言うより誰かと仲良く振舞いたいと願っている気質の人間だ……そういう人間は誰かの言葉に非常に敏感で傷つきやすく、何より胸に他人への失意を抱えながら無理をする傾向にある。


「お前が俺を誘ったんだろう」

「そ、それは、そうだけど……」


 ここ数日間、料理部で一緒に会話して他の人間はあまり会話は多くしないがここではっきり親しいと言えるのは呼猫だけだ。

 どっちの性別だったとしても、俺は呼猫を信用はできる友人だとは感じている。普通の人間なら、さっきの発言に腹立てるところなのだろうが、苛つく理由はない。

 単純に自分に自信がないからこそ、聞いているのだろうから。

 ……料理部の誘いの礼を返すか。

 俺は呼猫の方は振り向かず、普通に言った。


「他人の言葉程度でお前の作りたい物がそんな簡単に潰されるべき物なのか?」

「……え?」

「お前、料理が好きなんだろう。なら、他人が勝手に言ってる言葉にそこまで感心するべきことじゃないなら気にするな。気にしすぎて滅入る方がお前が頑張って作ろうとしている物が台無しになる」

「……で、でも」


 クッキーがゆっくりと膨らんで、段々とタイマーが上がっていく。

 戸惑う呼猫に、そのまま畳みかける。


「お前が頑張って作ろうとしているのは、誰かに喜んでほしい物なんじゃないのか」

「……っ!」


 目を合わせていなくても雰囲気で分かる。だが、そこをどう努力するのかは、呼猫次第でしかない。少なくとも、祓波を前に言った時の言葉のように友人関係で後悔するのはしたくないから言っているだけだ。他意はない。一切ない。断じてない。

 呼猫のような人間は少しでも、誰かの優しさを素直に受け取って健やかにいるべきだと、この数日間で感じたから言っただけだ。


「……統烏院君」

「外面がどれだけよかろうと、屑は屑であって素晴らしい花になれるのはそう努力している者だけだ……要はそういう意味だ。他意はない」


 気が付けば、呼猫は黙っていた。

 この空気に耐えがたく、先に空気を変えるため呼猫に言う。


「統烏院君、その……あ、ありがとうっ」

「同期なのだから名前で呼べ。耳に耐えん」

「……うん、鋼陽君」


 少しくらいは、これで自信を持てばいいんだが……呼猫はあくまで同期で俺に声をかけた人間だからというだけだ。

 俺の心配をしたなら、俺もその心を寄り添ってかける言葉は一種の礼なだけ。それ以上は掘り下げないでいるのは呼猫なりの気遣いなのならば、素直に甘えよう。

 オーブンがチンと鳴り、オレンジ色の光はすぅっと消えて行く。

 

「あ、できたみたい! 開ける時は、オーブンミトンをしてね。やけどしちゃうかもしれないから」

「わかった」


 呼猫の指示の元、オーブンから取り出し皿に適当に並べる。

 各々、各テーブルに椅子を持って来て、みんなで皿を並べて、部長である金髪ギャルの女性が高らかにジュースを掲げた。


「さー! みんな食べるわよー!!」

「「「「「おー! いっただきまーす!」」」」」

「……いただきます」


 部長らしい女性の宣言の元、皆が口にクッキーを頬張る。

 遅れて俺も手を合わせてから、クッキーを一口噛り付く。

 サクサクで美味だ、うん、悪くない。わいわいと、お互いにクッキーの出来を語り合う者、各チームで作ったクッキーを交換し合う者、様々だ。

 ……こういうのはどうも苦手だが、まだ呼猫が隣にいるから文句は言わん。


「……元気な奴らだ」

「あはは、やっぱり料理部ではこの時が一番至福だからね」

「……いい趣味だな」

「それって、褒めてる?」

「好きにしろ、どっちでも構わん」

「あ、あはは……そっか」


 苦笑しつつも、さっきよりも自然体に笑っている呼猫を口にクッキーを含みながら不思議に見る。


「そういえば、鋼陽君は教授に処刑人の推薦がほしいんだったよね?」

「ああ、そうだ」

「……じゃあ、嘶堂教授に聞いてみるのもいいんじゃないかな?」

「嘶堂教授、だと?」


 嘶堂、と自分の脳内に浮かぶ人物は一人しかいない。

 教授には年齢制限がなかったはずとはいえ、彼女がもしそうなら若そうなイメージが付いて回るが……どうなのだろう。


「え? 知ってるの? 玄矢げんや教授のこと」

「……女性じゃないなら、知らん」

「女性? 確かに玄矢教授の娘さんは確か、さえさんだったはずだから……今も処刑人の日本支部で司令官もしていたと思ったけど」

「……本当か?」


 クッキーを片手に持ちながら、呼猫の方へと振り向く。

 司令塔、という偉い地位にいるのなら祓波が敬語で従っているのも頷ける。


「間違いないと思うよ、だって――」

「ちょっとぉ、何話し込んでんのぉ? お二人さぁん」

「あ、部長」


 金髪のロングヘアの高身長の女性が、ぐいっと間に割り込んでくる。

 露出の激しいタンクトップにハーネスをつけ、髪のインナーカラーをピンクに染めている……要するに見た感じ、ギャル、という奴が適応されるだろう。

 今日までここ数日間顔を出さなかった人物だ。なんだ急に。


「処刑人の話題をするってことはぁ……さては処刑人志望ってとこ?」

「……だったら、なんだ」

「だったら、アタシが案内してあげるよ。玄鵺教授のとーこ♡」

「……本当か?」

「もっちろん。キミが嫌じゃなければ……ね?」


 怪しげに微笑む部長は、妖艶に俺を誘っている。

 疑問を抱きつつもここは誘いに乗るべきだ。少しでも、推薦をもらえるならそれに越したことはない……が。

 

「……呼猫も一緒になら、行く」

「え!? 鋼陽君!?」


 冗談、ではない。あまりよく知った間柄ではないというのと話が上手過ぎる、というのもあるからだ。隣で驚きの声を上げ目を見開く呼猫に悪いが、俺の本能が何か危険を訴えかけている。

 俺の感は、嫌な予感な時は大概外れたことはない。


「へー? 疑い深いんだぁ。アタシはそれでもいいけどぉ? どうすんの、ねーこちゃん♡」

「え、えっと……でも僕は、」

「呼猫、頼む。一緒に来てくれるだけでいい」

「う、うぅ……で、でもっ」

「……ダメか?」


 呼猫と、少し親しくなれたと思うからこそだ。

 眉をハの字にして、困った顔を浮かべる鋼陽の顔を見た絵衣名は、え!? っと素っ頓狂な声を出したかと思えば、頭を抑えながらうーん、うーんと唸る。

 ……どうだ?


「……っ、わかりました。僕も行きます」

「いいねぇ、じゃ付いてきてよ」


 テーブルに置いた手を退き、部長は部室の扉の方まで歩いていく。


「悪い、呼猫」

「……友達の頼みだもん、とにかく部長さんについて行こうよ」

「わかった」


 二人で部長の元まで向かい、「じゃ、行こっかぁ」と笑って調理室から三人で出た。

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