第15話 料理部にて初めての調理

「え? 本当に?」

「……ああ、まずは見学からでもいいか」


 翌日、さっそく行動に移すために呼猫と接触するタイミングを計っていた。

 放課後に呼猫に会い勧誘に乗るために、教室で話しかけていた。

 きょとん、とした顔で見上げてくる呼猫はすぐにぱぁと咲き誇る花の笑顔を浮かべる……本当に、愛嬌のある奴だな呼猫は。


「嬉しいなぁ、統烏院君は料理はできるの?」

「自炊をしているんだが、もう少しレパートリーを広げたい」

「そっか! じゃあさっそく調理室に行こうよっ。みんな待ってるから!」

「あ、おいっ」


 強引に俺の腕を掴んで、走り出す。意外と力が強く、振り払う理由がないので流れるまま二人で調理室へと駆け抜けた。

 扉を開け、呼猫は元気に調理室の部員たちに声をかける。


「みんなー! 見学希望でーす!」

「ん? おー、ヨビネコぉー、どんな奴……って、統烏院鋼陽!?」


 部活動の部員の一人が、呼猫の声に反応したら俺を見て驚愕する。

 最初に声を上げた男は、見た目的にチャラそうな男だが、こんな奴でも俺の名前を知っているのだな。


「え!? あの、統烏院鋼陽!?」

「う、嘘っ……本物!?」

「ガチで!? マジか!!」


 他の部員たちのひそひそ話は、地獄耳の俺にはしっかり聞こえている。

 ……そんなに驚くことだろうか、と聞きたくなるが。


「みんな、驚き過ぎだよ。ほら、統烏院君、中に入ろう?」

「ああ」

「ちょっと待て!」


 ばっと手を上げ、強引に呼猫の肩を掴みチャラい部員は少し硬い笑顔で笑い飛ばす。


「悪いな統烏院! 少しヨビネコ借りるわっ」

「……はい」

「ちょっと来い、ヨビネコ!」

「え? う、うん」


 部員と呼猫は肩を組んで、ひそひそと話し始める。


「……なんで統烏院鋼陽を連れてきたんだ? あの人、料理部にこなくても美味い飯とか食ってんだろ」

「え? で、でも、統烏院君は自炊してるって言ってたよ?」

「肖神家の分家とはいえ、名家の一つだろうが!! ……本当に大丈夫か? なんか、脅されてたりとかしてねえか?」

「統烏院君はいい人だって思うから、大丈夫だよっ」

「ほ、ホントかぁ?」

「大丈夫、僕が保証するから! ね?」

「でもよぉ」


 地獄耳だから、全て聞こえているんだが。

 ……呼猫が頑張ってくれているようなので、間に割って入り俺の所属理由を真摯に述べることにしよう。

 二人に近づき、俺は志望理由を言う。


「……俺は料理の幅を広げたいだけなので、それ以外の他意はないです」

「お、おう……? そうなのか?」

「ほら、大丈夫だよ。副部長! 統烏院君は真面目だもんっ」

「そ、そうか……なら、今はまずどういうのを作れる?」

「カレーとシチュー、軽くできる卵料理を少々。目玉焼きは固ゆでしかできないです」

「お、おぉ……そうか。まったくできねえわけじゃねえんだな」

「はい、自炊だけしていると必要最低限の食事しかとっていないので……色々と自分で作れるならと思い、まずは見学からと思い来ました」


 はっきり言って、カレーは栄養素は問題ないとはわかっているが、作れるのならば色々な物を食べたくなるのも必然。俺は少しでも料理を学ぶために、この料理部を選んだのだ……拒否されなければいいと思うが、どうだ?


「……まぁ、別に家は来るもの拒まずだからな。お互い仲良くやってくれんなら、それ以上は言わねえよ」

「わかりました、今日作るメニューは何か決まっているのですか?」

「聞いて驚けー! 今日のメニューはハンバーグだ!」

「……ハンバーグ」


 東京に上京してから、店以外では食べていないな。

 ……うん、楽しみだ。


「それじゃ、鋼陽君! さっそく始めようよ」

「ああ」



 ◇ ◇ ◇



「……統烏院君、意外だね」

「肉料理は、あまりやったことが多くないからな」


 呼猫の指導の元、なんとか作ったが少し焦げてしまった。

 ハンバーグの上に乗せる目玉焼きも上手く、半生になったかどうか怪しいが……不味くはない、はずだ。食べれない炭になったわけではないし、あくまで少しだけ表面が焦げた程度だ。しかし、料理とは奥深いものだなと今回の料理で再確認した。

 まあ、焼いた時のハンバーグの油からソースを作るなんて方法は知らなかったから、今度他の料理の時にも似たようなことを試すのも悪くないだろう。

 何事もトライ&エラーだ。うむ。


「でも、初めてにしては上出来だよっ」

「……ありがとう、呼猫」

「うんっ」


 呼猫の気遣いに感謝しつつ、今回は部長は不在のため、副部長が音頭を取る。


「それじゃーお前らー! いっただきまーす!」

「「「「「いっただきまーす!」」」」」

「……いただきます」


 手を合わせ、フォークとナイフで器用にハンバーグを切り分ける。

 口に頬張ると、少し焦げでできた苦みを感じたが食べれないほどではなかった。

 次回は焼き加減を気を付けよう。


「……統烏院君って、お上品に食べるんだね」

「……んっ、そうか?」


 飲み込んでから呼猫に返答する。

 祓波にも小さい時から言われたこともある。

 肖神家の分家とはいえ、マナーは鍛え上げられた方ではあるからな……祓波は逆に、「所作もイケメンかよ」的なことを言われ、よくわからなかった。

 イケメンとは外見の良さで合って、別に所作がイケメンと言うことにならないだろうと以前突っ込みを入れたら「この天然ちゃんが!」と言われたことがある。

 ……解せん。


「うん。やっぱり統烏院家でも、マナーとか厳しかったりするの?」

「必要最低限のことは学ぶだけだ。名家の付き合いも全くないわけじゃないからな」

「そっかー……大変なんだね」

「……必要最低限の知識を持っていれば、生きにくくはなくなるのを知ってるだけだ。何事もアウトプットは大切だからな」


 フォークで再度、切り分けたハンバーグと一緒に目玉焼きを口に頬張る。

 呼猫のおかげで、半生にできたようだ……美味。もぐもぐと食している俺に、呼猫の温かい視線と、他の部員たちの視線を気にせず食事をしていた。


「……ん、呼猫は食わないのか」

「あはは、美味しそうに食べてる人の顔見るの好きだから、ついっ」

「……そういうものか」


 ……食事をするものを見て、喜ぶ、か。


『鋼陽、美味しいぞ』


 初めて、前世で料理という物をやってみて、失敗作だったというのに聆月は美味しそうに食べてくれていた。おそらく、呼猫が言いたいのはそういうことなのだろう。

 フッ、と自然と口角が上がる。

 ならば、今日は間違いなくいい経験をした、と呼べるはずだ。

 もし、聆月と本当に戦番の契りを交わしたなら、俺の料理を振る舞い以前よりも料理の腕を上げたと、笑ってくれるならそれはいいことだ。

 あ、と呼猫は思いついたかのように声を上げる。


「統烏院君の好きなのって教えてもらえたら、それも踏まえて後で色々材料を買い足すけど……どうする?」

「……やはり、明日からは部員と言う形でもいいだろうか」

「え? だ、大丈夫だけど……まだ一回だけだよ?」

「信用できる人間から学びたい、嫌でなければまた頼む」


 口をナプキンで拭き、初めてのハンバーグを食べ終え、満足感に満たされる。


「……そっかぁ。統烏院君料理好きなんだねっ」

「早いうちに学べるところはきちんとしておきたいだけだ」

「ふふっ」

「……なぜ笑う?」

「教えなーい、ふふふっ」

「……変な奴だ」


 呆れ、というより、この場で感じる居心地の良さは嫌味がないと思う。

 部員たちのお互い食に対する熱意が、素直に言っても無邪気だと感じる。


「なんかいいよねぇ、鋼陽くんと呼猫ちゃん」

「眼福ですな!」


 ……なぜだか知らんが、よくわからないことを他の部員が言っているのは気になるが、まあ、のほほんとした間抜けな空気感は嫌ではない。

 拭い終えたナプキンは軽く畳んで向かって右側のテーブルの上に置く。

 もちろん、汚れたところは見えないようにの配慮も欠かさない。


「……後は、他に何かするのか?」

「ん? ただ、みんなで食べて終わりだよ? 他の部なら、お互いの味の良さとか議論したりもするだろうけど……ここはそういうんじゃなくて、みんなで食べて楽しむ、ってスタイルだから。後は皆各々帰るってだけかな」

「……そうか」


 ……うん、嫌ではないな。こういうのも、悪くない。

 陳腐ともいえる空気感ではあるが、それでもこの落ち着く緩やかな木々の細波の音さえ感じられる空気感は、俺が好むものだ。


「そろそろ帰る」

「あ! よかったら、今日の作ったレシピいる?」

「……いいのか?」

「もちろんだよっ、もしもって思って持ってきたから! 家でもぜひ作ってみてっ」

「……ありがとう。それから今後も俺の師匠として料理を教えてくれるか」

「え? 師匠? 僕が?」

「そうだろう」

「え……っと、みんなで一緒に作るだけだし、別に僕が師匠って呼べるわけじゃないかもっていうか」

「師は尊ぶものだ、少なくとも俺をこの部に入部したくなるほどの手腕を持っていたのはお前だ」

「あ、あはは……そっか? えっと、鋼陽君、でいいかな?」

「問題ない、では失礼する」


 ……この空気感に、教授の推薦の話題は出したくない。

 また次回に呼猫に尋ねるとしよう。調理室の扉の方まで向かうと、副部長が声をかけてやって来た。


「あ、なぁ、おい!」

「……なんでしょう」

「これ、持ってけ」

「……これは?」


 可愛らしいラッピングが施された包みを手渡される。中身は、クッキーのようだ。なぜ彼がこのような物を……? 俺はあくまで、見学でしかないのに。

 トン、と副部長は自分自身の胸元に親指を当てる。


「次やる時は菓子作りだから、興味があったらまた来てくれや」

「……わかりました。有難くいただきます」

「いや、そのかたっ苦しい言い回しはやめてくれや。お前だって呼猫と同期だろ? 俺は先輩かもしれねえが、そういうの苦手なんだわ俺ら」

「……そうなのですか」

「おう」

「……わかりまし、」

「け・い・ご!」


 指を強く指される。なんだか、このやりとりは前世のどこかでしたような気がしなくもないが……まぁ、いいだろう。


「……わかった、気を付ける」

「おうよ! また来いよ、鋼陽!」

「ああ」


 パタン、と扉を閉じ鋼陽は調理室から去る。


「……さて」


 鋼陽は一度帰宅し、呼猫に手渡されたレシピを見る。

 ハンバーグと、半生の目玉焼きを覚えたから後で色々と他の料理にも使えるはずだ。晩御飯は……流石に胃に入りそうにない。

 急がなくてはいけないとわかっているが、あの空気感を壊すような話題は流石に控えたかったからな。

 ……ああいう、空気感は本当に安心感がある空間だったから、気を遣わなくて済みそうなのが安堵感がある。同時に、俺の顔で考えている人間もいないわけではないが、まぁ……女だろうが男だろうが、顔がいい人間に興味が持たない人間は少なくないだろう。


「……教授を個人的に探すべきか」


 いいや、念のため呼猫に今度部活以外の時に尋ねてみるのも手だろうな。

 ……よし、明日に備えやっておかないといけない課題を先に終わらせておこう。

 鋼陽は課題を終わらせ、風呂に入ってから就寝した。

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