第14話 自宅に王がいる
灼翼大学から数距離離れたところにある今の現代では中々に古い物件である俺の自宅でもあるマンションの一室203号室の扉の前に立つ。
鍵をシリンダーに差し込み、開錠された自室へと入る。外の空気がだんだん寒くなっているのを肌を持って味わったからこそ、家へ戻って来た安堵感があるというものと呼べる。だが、なぜか普段は電気代を意識して冬以外にはあまり焚かないようにしているのに部屋の空気が温かい。
鍵だってしてあったというのに、何かいい匂いが鼻腔を刺激する。
「……?」
香水、にも近いな。爽やかな柑橘系の香りがする。俺は香水なんて使うことはないから……もしや、誰かいるのか? 警戒をしつつ、一度玄関で靴を脱ぐ。
泥棒か何かにしては香水をつけているとは思えない。なら、誰かが大家が合い鍵で誰か入れた……? 現世の俺の知り合いに柑橘類の香水をつけている知り合いなんていないんだが……友人を装った誰か、と言ったところか。
ゆっくりと、廊下とリビングの所に立ち顔を覗き込むと一人の男性がソファで優雅に座っていた。
「おー、帰って来たかぁ」
褐色肌にこげ茶色の短髪の男性がそこにいる。上着にはストリート系のパーカーに、派手な蒲公英色と黒を取り入れたタンクトップ。黒のカーゴパンツ。
目元には黒いバンダナのようなもので隠している。おそらく俺の部屋で眠っていたのだろうか、という感じで自由人のような振る舞いをしているその人物には見覚えがない。
というか、こんなあからさまに、俺の人格と会いそうなタイプじゃない人種が、なんでうちにいる?
「よ、鋼陽。元気にしてたかぁ?」
手を軽く上げ、笑っている男が俺の名を呼ぶ。目元が見えていないはずなのに、なぜ俺だとわかった? いや、鍵を持っているのは俺だけのはずだから、という推察? 声を出してもいないんだぞ。
そもそも本当に覚えがない。この人物と俺は初対面のはずだ。
名前もこの男に名乗った覚えがない。いいや、今はそれよりもしなくてはいけないことがある。俺は背を向け、スマホを上着から取り出した。
「すみません、警察の方ですか? 不法侵入した男性が部屋にいて、」
「こらこら鋼陽、それ以上下手な真似するなら俺がお前を処刑人に突き出してやってもいいんだぞぉ? 聆月は今、俺の部下なんだからなぁ?」
……っち、感づかれていたか。嘶堂たちのような処刑人側の人間か。
いや本当に処刑人、か? 口ぶり的に違う気がしなくもないが。
聆月が自分の部下だ、という言葉も引っかかる。もしかして、今の中国の偉い立場の人間、ということだろうか。
受付であろう警察の女性が電話越しに尋ねてくる。
『大丈夫ですか? 場所はどこでしょうか?』
「……すみません、電話番号を間違えました。失礼します」
ピッと電子音がすると、「おう、それでいいんだよ」と豪快に笑う男に苛つきを覚える。スマホをすっと上着のポケットにしまい、すっと俺は一般人を装うため苦笑を浮かべた。
「……どうして、鍵をつけていたはずの俺の部屋に貴方がいるんでしょう? 俺、貴方と会った覚えがないんですが」
「おお! お前、猫被り上手くなったなぁ。信用してねえ奴に笑顔なんざ虫唾が走るって鉄仮面で言ってたのによぉ。成長を感じるわぁ」
「……初対面です」
張り付けた笑顔の口角が少し引きつるのを覚える。
なんだ、この男は。馴れ馴れしい。
笑顔で返しても、猫被りだのなんだのと……なんだか、懐かしさが芽生えてくる感情を脳が理解ができずにいる。
「何言ってんだ、鋼陽……お前と俺の仲だろうがぁ。まさか? 忘れたなんて言わせねえぞ」
「本当に初対面です、俺のことを知っているというのなら、まず名乗ってくれるとありがたいんですが」
「はぁ? お前、本当に俺を忘れたのかぁ? 前世では父親だっつーのによぉ」
「……? それは、どういう」
不満ありげに頭を掻く男性にこれといって、知り合いに褐色肌の男もいないし、前世で父親なんて……どれを差しているのかもわからない。
この振舞い方の男に、覚えがない。しかし聆月の前で死んだ時の自分の父である義父は、たった一人しか存在しない。
「……まさか、
「ご名答」
今の見た目はどうだ? 陽キャとも言われたりしてそうな、チャラい男だ。
関連付けるのだけでもおこがましいと言う人間の方が多いだろう。纏う雰囲気は今の方が自由人らしいと感じるのは必然だ。
昔の時のような刃向かう者を斬る、という殺伐とした雰囲気よりは、断然柔らかい気がする……本人には失礼だが、おかしいことが一つある。
「……どういうことなのですか? 貴方が、転生しているなんて」
「ハッハッハ! ちょーっと色々なぁ。話せる機会の時にでも教えるさ。まあ、今の俺のことは黄帝様じゃなくて
「……わかりました、
「おうよ。だが、人前では敬語と様付けは無しだぞ? わかってるな?」
「はい」
「で……? 聆月とキスしたんだってなぁ? 顔真っ赤にしてたぜぇ? アイツ」
「……知っておいでなのですね」
にやにや、とからかいが含まれた笑みに内心戸惑う。
こういう下世話な話題は、俺の当時の性格を考えてやっているのだとわかってはいるが聆月が好きなのは事実だからこそ、恥ずかしがる理由はない。
「よかったじゃねえか。あの聆月から生気を送るためとはいえしてキスもらえたんだからなぁ? ……お前は本当に昔っから聆月一筋だったもんなぁ」
うんうん、と感慨深く腕を組みながら頷く
これ以上は、下手に掘り出されると後で面倒だ。話題を変えよう。
「その話は置いておいていいでしょう。それが本題ではないはずです」
「ん? おお、聆月と戦番の契りを本格的に交わしちまったっつー話だったな。日本支部の処刑人側には保証人として俺が立候補してやるよ」
「……待ってください、やはりあれは契りに含まれていたのですか?」
……やはりか。神者とは同意があれば、と祓波が言っていたことを踏まえるなら、やはりあの接吻が聆月との戦番の契りとなってしまったのか。
なんという幸運……と、確認は取っておかなくては。
「聆月はお前が死ぬ間際に契約をしたと言っていた。間違いはねえだろうぜ。お前は聆月の名を呼んだんだろう?」
「……では、聆月は俺以外の輩に接吻はしたことがない、と受け取ってもかまいませんか」
「ん? おお……俺の知る限りでは、アイツは今も貞節を保っていると思うが。それがどうかしたのか?」
……よし。
鋼陽は、グッと拳を握ってガッツポーズする。
その時の鋼陽の様子は、王から見れば大層目がキラキラと輝いていて、いつもの無表情と言うか仏頂面であるのにそういうところは変わっていないなと安堵したそうな。
「では、俺は処刑人になれるのですね?」
「候補生からじゃなく、新人になるかもしれないな」
「……そうですか」
「お前が、聆月と戦番の契りを交わしたと聞いたら、くくっ、あの局長も腹痛で頭を抱えるだろうなぁ、っははは!」
「……悪いことを考えていませんか?
「どこぞの局長様の驚く顔が、容易に想像ができてなぁ。くくくっ、」
「……わかりました」
……やはり、気に喰わない人間には厳しい所は変わっていないな。
人間、転生しても本質が早々変わるのは滅多な出会いをしなければ変わらないという言葉は現代の心理学の本は嘘でもない、と少し感じた。
「んじゃ、それだけだわ。勝手に上がって悪かったな」
「……いえ。大家から借りただけですよね」
「おう」
「ならいいです」
「じゃ、またな」
「はい、
「……ふぅ、忙しくなるな」
情報量の波が一気に押し寄せてきたわけだが、俺がすることは特別変わっていないと理解したので早く教授に推薦をもらわなくては。
ぽつりと一度呟いて、今すべきことをするためにキッチンで今日の晩御飯を用意することにした。
今日のメニューはカレーライスだ。業務スーパーで売っている皮が剥かれたじゃがいもやミックスベジタブルの野菜たち、同じく業務スーパーにある肉を適当に切って水で煮詰めてから、最後にルーを入れ木べらでかき回す。
後は皿に炊飯器で炊き上げておいたご飯と一緒にさらに入れれば、出来上がりだ。
「よし」
お茶とカレーライス、スプーンの準備はできた。
正座をして床に座り、手を合わせる。
「……いただきます」
大切な挨拶を済ませてから食事を始めるとまず最初に人参から食す。
先に電子レンジで温めてから、煮詰めたからほろほろと柔らかい。業務スーパーはいい。手軽に手短にあっと言う間に料理ができる品が多いのが特徴だ。
もう少し、料理の幅を広げられればいいとは思っていたが……ふむ。
「……料理部、か」
悪くないかもしれないな。絵名の誘い、乗ってみるのも手かもしれない。
少なくとも、処刑人の全ての人間が信用に値する人間ばかりとは限らない。なら、教授を探す間、料理部で料理の勉強をしながらでもいいかもしれない。決意を新たに鋼陽は料理を食べ終え、洗い物を済ませて明日への備えを済ませてから就寝した。
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