第13話 大学へ
「……はぁ」
鋼陽は自分の通っている
大学に友人を作ったことはなく、ましてや教授にも必要最低限の関わりしか持っていない自分が推薦をもらえるような教授を探すとなると、相当苦労する羽目になってしまったわけだが。
……さて、まずどうするか。
「……ふむ」
鋼陽は口元に手を当てる。祓波にはああ振舞うことになったのは正直不快で殴り殺してやりたくなったが、ぐっと堪え、日本と中国の国際問題は避けた。
……と、思うことにしておかないと、聆月に出会えて接吻した理由の正当性を保つのは難しいと感じるからだ。不快だ、はっきり言って不快だがしかたない。
戦番の契りは知らなかったのもあったが、聆月のことは時間の問題があるとはいえ祓波の言葉が正しければ契りはなっていないのなら問題もない。だが一刻も合法的に問題もなく、聆月と戦番になる方法も探していかなくてはいけない……となると、相当難しい難問に挑んでいる気がする。
「どうしたものか……」
「あ、あの……統烏院君?」
「……」
「あ、あのぉ……き、聞いてる? ね、ねぇっ、統烏院君っ」
「ん? ……ああ、
隣から声が聞こえたかと思えば、呼猫は困った顔を浮かべる。
全体的に髪先に黒いメッシュが入った煙草色の短髪。黒いリボンを頭につけて、女性でもあまり頭頂から下まで巻いて結び目を耳の下にしているそのセンスは、我が大学では呼猫だけしかしていないはずだ。
恰好も秋物の赤いフレアスカートや、ベージュ色のカーディガンを着ている。呼猫の容姿は中性的だと、女子からも男子からも隠れた人気を持っているが、俺はこいつの性別については詳しくは知らない。
というか、はっきり言って聆月以外の女性なら興味はないし、強いて言うなら前世の時の親友より同性の他人に関心がない。
……あくまで祓波のように身近な人間なら、多少記憶はする程度なだけだ。
紅茶色の呼猫の瞳が、驚きに揺れ瞬きをする。
「え? ふ、フルネーム……っ、覚えてくれたの?」
口元に両手を当てて、少し頬を赤らめる。
仕草や声、名前も女性的だがどっちと自身に聞くのは少し違う気がするので本人から言い出さない以上は聞く気はない、が……呼猫の発言に一瞬首を傾げる。
「……同期の人間の名前くらい、全員知ってるものだと思うが」
「そ、そうなんだ……統烏院君はすごいんだね。羨ましいなぁっ、僕記憶力弱いから」
あはは、と苦笑する呼猫に助言をすることにした。
「そういう時は、何か関連付けられる物と一緒に考えた方が覚えやすかったりもする。今度勉学を励む時に試してみればいい」
「え? あ、う、うんっ……やっぱり、統烏院君みたいなイケメンは賢いよねっ」
少し強張っていた表情が可憐な笑みを浮かべる。
祓波も俺に言うことがあるが、俺はそこまで美貌があるタイプの人間だと思っていないんだが……まぁ、祓波にも言ったことはあるし、コイツにも言うか。
「……顔が悪い方でないのは知ってるが、俺はその敬称めいた蔑称で言うのはあまり好みじゃない」
「え? ど、どうして? いいことだって僕は思うけど……イケメンって誉め言葉だよ? 大抵」
「俺の知人は罵倒の意味で使う時もある。顔がどれだけよかろうと、中身が屑なら見た目がいい食虫植物と一緒だ。花は花だからこそ、愛でられるものだ」
「え、えっと……なんか統烏院君は、かっこいいんだね。そういう発想はなかったかな」
頭の後ろを掻いて、あはは、とへらへらと笑う呼猫。
……おそらく、これはコイツの癖なのだろうな。
だが、あまり会話をしたことがないから、下手な忠告は今はやめておこう。さっきのは勉学に関しての話だったからまだ問題ない範囲だろうからいいはず。
ちゃんとするならコイツが俺と親しくなりたいと近づいてくるなら、の話だ。
ちらっと、俺は俺と呼猫に視線を向けてくる他の学生が見ている。
――ああ、そういうことか。
視線を逸らしていると、呼猫は慌てて声をかけてくる。
「そういえば、統烏院君はサークルは入ってないの?」
「いいや」
「じゃあ、今度料理部に来ない?」
「……料理部?」
「うん! みんなで作ったりして、食べたりする部活なんだけど、たまに新しい料理開発とかもしたりしてるよっ。僕は、たぶん統烏院君なら楽しいと思うっ」
「……考えておく」
俺はテーブルに手を置きながら席を立つ。
俺は一旦、家に帰るために鞄を持って退室することにした。
「い、いつでも大丈夫だからねー!」
手を振りながら大声で言う呼猫に、軽く手を上げる。
……今回は呼猫には感謝をしておこう。
お礼の品は、何か用意すべきだろうか。
「……サークル、か」
大学生活はまだ一年目とはいえ、部活動に関しての興味は一切なかったからな。
灼翼大学は、東京でも数多の学科がある伝統を重きに置く大学だ。
文系や、心理学系、職人系の学科でよく知られている。一部、小耳に挟んだ噂話ならば、処刑人になる人間が主に排出されてきた大学の一つでもある。
処刑人になる人間の中にも退魔三心家の人間なども多く通うことのある大学らしい。義父さんたち一家、統烏院家はあくまで肖神家のような神職の家系の分家だ。
それなのに、なぜ俺が養子とはいえ長男で、刀職人を目指せたのか……単純だ。爺さんが爍切家の息子、職人肌で知られている
少なくとも退魔三心家は定期的に当主たちがやりとりをしているのもあり、基本的には仲は良好な方だ……表向きには、だが
「……何かが、引っ掛かるな」
確かに、レムレスを倒したことを嘶堂に聞かれなかった。
あの後に嘶堂に会うことはなかったから、聆月のことに気づかれてはいないようだが……その点は祓波が上手いように動いてくれていたはず、という憶測でしかない。
だとしても、だ……なんだか、嫌な予感がしてならない。
「くしゅ、……そろそろ帰るか」
秋の日本の風はどうも今日は涼やかだ。数百年前までは人類が多すぎて逆に天候が乱れて荒れていたというのに、現在ではすっかりその一端が垣間見えることはない。
むしろ、昭和といった時代などでは薪割りで山に映えている木の健康管理もしっかりしていたのもあって、木が腐る被害はあまり多くなかったが平成や令和では大分、問題視されていたはずだ。
まあ、レムレスの影響か、それとも地球温暖化か。
大分、人々の生活は様変わりしていったと言えるだろう。必ず転生して記憶を思い出した時は、家族に当たる人間や他の知人などに今の時代は何年だと、産まれてから喋れるようになってまず最初に聞いたことでもあったのも懐かしい。
「……何もなければいいが」
鋼陽はその時今日から何が起きるかも露知らず、一人自分が借りているマンションへ前に進むのだった。
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