第12話 処刑人になる方法
「はぁ!? お前、ガチで言ってる!?」
「刀鍛冶として名を馳せるためにも都合がいいからな、売名も悪くない」
「そうじゃねえだろうが馬鹿!!」
祓波は胸倉を掴んで怒鳴り声を上げながら迫ってくる。
もう決定したことだというのに、なぜ怒鳴るこの悪友は。
「そもそもお前、俺に候補生であることは黙っていただろう」
「それとこれとは違うだろうがよ馬鹿タレ!! 処刑人になるってことは、レムレスと戦うってことだぞ!? わかって言ってんのか!?」
「……なら、お前はなぜ処刑人になりたいんだ?」
「は? ……それは、なんで急に」
「いいから答えろ」
じっと見据えられる視線に耐えかねたのか、祓波は俺の胸倉から手を離さず黙り込む。
「……親父のためにも、処刑人になって給料で楽させてぇんだ。悪いか!? 現金な理由でっ」
「……それは、」
『俺は……家族を守って行かなくちゃいけねえんだ
一瞬、頭に褐色の男がフラッシュバックする。
「……っ」
懐かしい、懐かしい声がした。
短い銀髪に、藍色の瞳。祓波よりも大きな巨体に、豪快な笑みで笑う男が隣に立っている。筆で描かれた青空に彼と俺は一緒にいる。
一瞬でしかない断片的な記憶と言えど、喉の奥から出る声が僅かに震えた。
場所までは輪郭がぼんやりとしているが、あの青空と彼の瞳の色は幼少期から、祓波と出会ったあの時から、この男の存在だけは覚えている。
「どうなんだ!? 鋼陽!!」
「……聞いている」
怒鳴る祓波を睨み返す。
聆月を見てから、前世の記憶が少しづつクリアになっていく写真のように思い出されていっている。大切な思い出、忘れてはいけない思い出が確かに脳の中で、魂の中で前世と言う記憶が蘇ってきているのは確かだ。
彼は前世の知り合い……いや、俺の朋である存在だったはずだ。だが、名前が思い出せない。しかし、この俺が下手な気を遣わずに普通に笑っていたのまで覚えているのだから信頼における存在だったのは間違いない。
ならば、朋にかける言葉として言うならばきっと、その男が言いそうな言葉は……?
『自分の気持ち、はっきり口にしねえとわからねえこともあんだぜ』
快活な男の言葉が頭に過った。
……しかたない。ここで祓波の信用を無くすのはいけないと思うだけだ。
祓波の視線に目を逸らさずに祖父たちが教えてくれた当然の言葉を悪友にかける。
「ダメなことじゃないだろう、生活するのに金がないとやっていけないことの方が多い。若いうちに稼げることは大切なことだ。老後のためにもなる」
「老後って、」
「お前の父親のためにも、自分自身の得になる、と言う意味でだ」
少し、祓波の手が弱まるのを感じた。
「……鋼陽」
「志望理由も大切だろうが、元々の根柢の理由が明確な物の方が俺は信用できる……お前のそういうところは嫌ったことはない」
祓波の手を掴み上着から離して、自分の服を整える。
アホ面の悪友は戸惑いが態度で現れている。こういう、好きだの嫌いだの、という言葉を使うことはあまりなかった反動だろう……だが、前世の俺と今の俺は、違う。
「な、なんだよ。急に」
「朋……悪友に賛辞の言葉をかけるのは、言えないでそのまま死なれるよりマシだろう。お前は、そういう仕事を目指しているのなら、生きている時にしかこんな話だってできないんだぞ」
「……鋼陽」
「常日頃の感謝を忘れない男でいろ祓波……俺の爺さんのようにな」
「……お前、それ口にするキャラじゃねえんじゃねえの?」
「なんだ? その気に喰わん反応は」
悪友の変な態度に疑問符を禁じえない。
何を戸惑ってるのだ、コイツは。信頼している、と簡単に言う気はないが信用には足る男だと俺は認めているのが不自然だとでも言いたいのか?
……まあ、普段から口数がコイツよりも多いわけじゃないから違和感を覚えるのも必然か。
「俺が愛人の子供などと卑下せずに親しくしてきた優しさを馬鹿にしたことがないだろうが……察しの悪くないお前にしては珍しいな? 祓波」
「は? い、いつにもなく直接言うから、気持ちわりぃって思っただけだよっ」
「……そういえばお前、本当に唐突なことだと脳が急停止するところがあったな。いい加減直しておけよ。戦闘に置いて、その癖は大切な時に死に直結しかねん」
祓波は頭の後ろを掻いて、気恥ずかしそうに呟く。
「……お前、もう少しわかりやすく喋れよなっ」
「個性だろ、そういう人間を拒否して排泄する方がどうかと思うが。少なくともそれが爺さんの良さだったと俺は認識してる」
「……そうかよ」
……肖神家の子供として生まれたとはいえ、愛人の子をそう優しく接する人間が日本で多いわけでもない。不誠実な親にも優しくする家族など数が知れている。
今世より前の時代がモラルがない人生だったかと言われたら、まだ全ての前世の記憶を思い出したわけじゃないから即答もできん。
今世の俺の周りは情がない人々ばかりだった、というわけでもない。少なくとも、俺の周りの人間にいい人間と言える奴が一人、目の前にいるのだから。
……前世のことを思い出したばかりだからか、以前よりも昔の自分の言い回しも出てきている気がしなくもない。だが、今世の悪友には優しくしてやらないと、後で面倒なことを起こされないことを考えておくべきだ。
「なんだ、その顔は」
「る、るっせーよバーカ」
だとしても、なんともこの馬鹿の反応が気に喰わん。しかたないから言ってやっているのにその微妙な反応は何だ。
なんだその照れた顔は、気色の悪い。
「……ちぇ、昔っからお前、そういうとこカッコいいよなっ」
「何か言ったか?」
「なんでもねえよっ、悪友様?」
「……はぁ?」
何が悪友様? だ。気色の悪い。
ドン引きをしている鋼陽に、継一郎は慌てて弁明した。
「別にそういう意味じゃねえよ!! お前のそういうところ、俺も別に嫌ってるなんて言った覚えねえーってだけだよバーカ!!」
「っは、お調子者がよく言う」
「るっせ」
馬鹿にして笑ってやれば可愛げのない反応が返ってくる。
この空気感でいい、コイツとのやり取りは。
あんな変な空気感でコイツと喋っていると自分が知り得る語彙の限りを持って罵ってドラム缶に詰めて海に放り投げたいくらいの気持ち悪さだった。
隣の悪友はさっきよりもケロッとした態度に、少しだけ安堵する。
今の朋は、本当に大切にしなくてはいけない。
だからこそ、俺がしなくてはいけないことは……とにをかくにも情報収集、と言ったところだろうな。
「祓波、処刑人のことについて話せ」
「……わかったよ」
溜息を吐きながら、祓波と俺は居間のちゃぶ台を囲んで話し合うこととなった。
正座の俺に対し、祓波は歌膝で座っている。
「まず、処刑人。これはお前も何か知ってんだろ?」
「ああ、地球に現れた謎の怪物レムレスを倒すための組織だ」
「そう、名称は害威対策組織ライングリム……神者と呼ばれてる、神話上の存在とか、神秘的存在である魔法とか魔術とか使う奴らと人間の間を取り持つ役割も持ってる。だから、境界線の死神、って言うのが名前の由来に当たる」
……境界線の死神、か。学生時代の頃からも、他の人間も知っている通称だ。境界線を引いているラインを越えたらその命を狩る、という意味も含まれている命名は、疑問を抱いたことがないわけではないが、変とは思わない。
まあ、名前の由来よりも大事なのはそこじゃない。
「……だが、人類すべてが神者が見えるわけではなかっただろ」
「レムレスだったら人間にはすぐわかるけどな。神者だって幽霊とか妖精とか、そういうもんつーか神話の存在だから、幽霊で言うなら霊感持ってる奴みたいなのが採用されやすいって感じだな」
「……ほう」
……今世の俺が聆月を見えることができてよかったとは言える。
少なくとも現世の俺の神者である聆月が見えているのはおそらく肖神家の家系の息子でもあるから、としか考えられない。
前世の記憶を思い出しても、聆月たちを見えることができなかった時もないわけじゃない……今回はなんと幸運と言えようか。
「鋼陽が聆月様を見えたってことは、適正はあるのは間違いねえしな」
「……そうか。適性を調べる方法はお前は知っているのか?」
「まあ、知らねえわけじゃねえけど俺じゃ調べらんねえよ。そういうののエキスパートみたいな人に調べてもらうのが筋じゃね? 俺も調べてもらったし……」
「どうやって調べてもらったんだ?」
「……それは、ライングリム内でどうやって? って方の意味でか?」
「どっちもだ」
「前者なら、守秘義務に反するから言えない。つーか無理! ライングリムの職員に頼らねえ方法なら、いくらでも伝手をたどって行けば調べてもらえるはずだぜ」
「戦番のことを聆月と俺のいる前でぺらぺらと喋っていたのに教えないと? ……既に守秘義務を守ってないと思うんだが」
「ネットにだって適性のことくらいQAにあるわ!! 適性を調べる内容は流石に言えねえってだけ! 処刑人じゃないとはいえ、俺候補生だぞ!?」
……まあ、祓波の立場なら当然か。
「それはそうだが……お前が候補生の理由は戦番がいないから、で合っているか?」
「……そうだぜ」
「神者に選ばれるための儀式、などはあるのか?」
「まあ、ゼロじゃねえだろうけど神者だって人間みたいに感情があんだ、気に入った奴じゃないのに力貸すわけねえし、そう簡単にお前も神者様方に気に入れられるとは限らないぜ」
「……まぁ、昔からどんな神話でも物語でも、気に入らない人間に神は力を貸すことはないのは当然だな。ちなみに候補生には一定の期間が設けられていて、それを越すと処刑人になれない、なんてこともあるのか?」
「……それも無理」
「なぜだ」
さっきから無理が多いなこの男。
「それぐらい、処刑人は情報管理はきちんとしておかねえとスパイにも対応ができなくなるって話だし、ライングリムは一応会社って扱いなんだから機密情報は多少あるつー話だ」
「……機密情報、か」
流石に処刑人の細かい情報は候補生である祓波から全て聞き出せられるわけではないか……まぁ、機密情報、というのを一般人に口にできないのは会社として当たり前ではあるが。
「候補生になるためにはどうすればいい?」
「基本的に高校卒業したら適性検査とかする奴もいるけど、したことあったか?」
「ない」
「じゃあ、大学でも適性検査は無料でしてくれるし、お前の場合問題ねえだろうから知り合いの教授の推薦貰って処刑人になるって道筋が一番にいいだろうな」
「……そうか」
「とにかく、他のことを知りたかったら候補生になった時にすぐわかる! それまで保留だっ!!」
ドン、と威張るように腕を組む悪友に溜息を零す。
「……ビビりはどっちだ」
「会社に勤める社会人にもルールあんの!! 一般人には話せない内容とか、どの会社でもあんだよっ、先に社会人として動いているのはこっちだぜ? 大学生様ー」
「……そういうことにしておいてやる」
ふむ、と鋼陽は顎に手を当てる。これ以上は引き出せない、か。
ライングリムの守秘義務はどうやら候補生である祓波にも徹底しているようだ……その点は問題ないとして、だ。
少なくとも、人間関係はなるべく円滑でなくてはいけないのも事実。下手に今無理して聞いて今後情報を聞き出せなくなる間柄になるのはいけない。少なくとも現代の知識で言うなら、トレンドという部類の物は祓波の方が詳しいわけだしな。
……ここは一旦引き下がろう。
「……なら、これだけ聞かせろ」
「なんだよ」
「……お前は、本当に蘇摩さんたちのために処刑人になるんだな?」
「だったら、なんだよ。俺は絶対に処刑人になる――そこは、誰に言われようが揺らぐ気はねえよ」
金色にも見える琥珀色の瞳に一切の澱みは含まれていない。
真っ直ぐに、熱意とも言える灯が灯っているその目と笑みに、覚えがある。
『俺はいつだってお前の味方だからな、鋼陽っ』
目の前にいる赤毛の悪友と違う、さっきの男が顔を浮かんでくる。
豪快に歯を見せて笑い藍色の瞳が柔らかく俺に笑いかける、あの時の情景が目の前に一瞬だけ視界を占めた。前世の中で友人と心から呼べる相手は、おそらくその男だけだと俺の記憶が訴えている。
「おーい、おーい? 鋼陽、どうした?」
手を上下に降る仕草をする祓波に気づく。今日はやけに、前世の友人の記憶を思い出してしまうな。もしかしたら、祓波と会話するごとに記憶が呼び起こされている気がする。何か、祓波と繋がりがあるかと言われたら……あるのか?
じ、っと鋼陽は祓波を見る。
「? どった?」
「……問題ない」
「大丈夫か? 脳内キャパ超えてねえ?」
「ちゃんとお前だって勉学に励めば大学生にだってなれただろ、直情馬鹿」
「ひっでぇ! そういうこと言うから顔だけの女しか寄ってこねえんだぞ!?」
「っは、言ってろ」
悪友の罵声を嘲笑で返す。
……本当にふとした仕草が被って見えているのもあるのかもしれない。前世の朋が人間ならもう死んでいるだろうが、神者だったのならまだ生きているはずだ。
聆月の近くにいる確証はないが……調べてみるのも手だな。
もし聆月の傍にいる可能性があるのならばそれはそれで苛つくものはなくはない。だが、なんだかんだで記憶の中の彼の笑みは、誤魔化されてしまう感覚がある。
「祓波、お前の決意が違えるようなら、」
「ねえよ、俺の決意馬鹿にすんじゃねえ」
アダムとイブの蛇の目の魔力を秘めた瞳で睨まれる祓波は、真摯に、そして悪友らしく答える。
ちゃぶ台に手を置いてから鋼陽は立ち上がる。
「ならいい、質問は終わりだ」
「もういいのか? 鋼陽ならもっと聞きたいこととかあるのかと思ってたのに」
「機密情報を守らないといけないのだろう、お前自身がそれ以上話せないと言ったような物だろうが」
「……そっか。でもやっぱりお前聆月様と知り合いだったりしねえの? なんか、雰囲気が親しそうな感じがしたっつーか」
……無駄に勘が鋭いから困るな、この馬鹿は。
「聆月様、に関して言うなら初対面だっただけだ。もし変な粗相をして迷惑をかけるのは、国の沽券に関わることだったら困るだろうが」
「なんだよ、その引っ掛かる言い回しは……さっきは呼んだだけで契約したんじゃ? ってビビってたやつがよぉ」
「言ってろ」
「言ってまーす。あれだけの美人だったんだから、お前でも一目惚れしてんじゃねえのかと思ったのにさぁ……学生時代のマドンナの告白すらも拒否したことあったじゃんか」
「誰だ?」
「お前、本当に興味ない奴のことは存在すら覚えてないのな?」
……とっくの昔に、彼女と出会ってから他の女を恋愛対象にすら見たことがない。なんて祓波に口にしようものなら、自分のイメージを壊した理由にならない、か。
「生涯、この人だと決めた相手だけを愛すると決めている。それ以外の女など抱きたくもない」
「重―……お前に惚れられた女子、苦労しそうだわー」
「これ以上は耳が腐るからとっとと帰れ」
手で払う仕草をして祓波に帰宅を催促する。
祓波は居間の掛け時計の時間を見て、あーっと声を漏らす。
「確かに俺もそろそろ家に帰る時間だわ。で? 聞きたい話は本当にもういいのか?」
「くどいぞ」
「……へいへい」
悪友は立ち上がり、障子に手をかける。
廊下を二人で歩き玄関で靴を履き替え、門のところまで見送ることにした。
祓波は軽く手を上げる。
「んじゃ、またな。鋼陽。候補生になれるように頑張れよ」
「ああ」
去って行く祓波を背に、風に乗って舞う紅葉が宙に飛んでいくのが見える。
宙に掌近くまで飛んできた紅葉の葉の葉柄に触れる。
赤の反対は青、というわけではないが、よく対を成される色であるのは知っている。祓波が教えてくれたゲームなどの類の作品なんかでもいくつか連想する物もないわけではない。
だが色で言うなら、赤の反対色は青緑。
俺の対と呼ぶのならおそらく、今世でも聆月、ただ一人だけだ。
だが、朋だったのならば。
「ああ、お前が現世にもいるのならば、また月夜で酒を酌み交わしたいとは思う程度には懐かしさはあるさ……
……きっと、前世の俺もそう呼ぶはずだ。
生きているのなら、お前も特別に探してやってもいいかもしれないな。
「……さぁ、始めるか」
鋼陽は紅葉を手から離し、風に揺れて庭の白砂にぽとっと落ちたことも確認せずに自分ができる範囲の努力を開始するために、一度東京に戻ることにした。
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