第5話 祖父の遺体の確認

 鍛冶場には、爺さんの血の匂いが充満している。

 竈の一部は、レムレスが出てきた時に一部が壊れていた。

 ……しばらくの間は、鍛冶仕事はできないな。爺さんが弟子を取らない人だったから、爺さんの刀を今後目に見ることができないのは残念だ。


「……悪い爺さん、失礼する」


 しゃがんで、爺さんの方へとスマホを向ける。

 祖父の遺体を、レムレスに襲われた時用の保険会社や葬儀の人間に遺体状況を教えるためにも写真を撮らなくてはいけない。

 タップして、スマホの画面をカメラモードにする。

 画像に映し出される爺さんの表情は、永嗣さんが直接見るのは耐えられないだろう。彼の生々しい死に顔が、恐怖と失意に満ちた顔に指が震える。

 リビングまで響いてきたあの絶叫が、耳から離れない。


「……、?」


 スマホを奪い取られパシャ、っとシャッター音が響く。

 隣には俺のスマホを持った祓波がいた。

 俺よりも手慣れた手付きなのは彼が住職の息子だからこそ、と言えよう。


「……祓波」

「ライングリムに送らないと、だろ」

「……お前が気にすることじゃない」

「辛いの永嗣さんだけじゃないだろ」

「だが……俺は、」

「無理すんな、頼れよ。お前だって秀蔵さんの立派な孫なんだから」


 祓波は、気を遣っているのだろう。養子でしかない俺が、秀蔵さんの死を労わることは許されていないのに悪友は気遣ってくる。

 本当の血が繋がっている家族だけが許される特権だと思うからこそ、祓波の言葉は複雑である。本来は俺がすべきことだと頭ではわかっている。だが、爺さんの遺体を見た瞬間……罪悪感と自責の念で、頭がどうにかなりそうだった。

 各方向からスマホで写真を撮る祓波は、俺と永嗣さんの代わりに撮ってくれている、祓波は、昔からそういう気遣いはできる奴だ。

 今まで救われたことは言ったことはないが、何度かある。


「……悪い」

「あー? 聞こえねぇー! 俺、写真撮る時集中しちまうんだわぁ」


 ……下手な悪友の嘘に何も言わず、素直に内心感謝することにした。

 爺さんの顔を、じっと見る。

 爺さんの心臓は残念だが、彼の腕は食われないでよかったと心から思う。

 爺さん……秀蔵さんは、俺のような捨て子を拾うような優しい人だ。

 気高い精神を持って己自身のためにも、処刑人たちのためにも刀剣たちを産み出した素晴らしき刀匠ではあった。気難しい人だったからこそ俺自身は周囲に秀蔵さんの認識をよくするためにも、学生時代での表面上はよくしていたつもりだ。

 そんな俺の本質を見抜いていたのは、幼少期の友人は祓波だけだった。

 だから、わざと今聞こえていないふりをしてくれているのだと思うと、こぶしを握る手を強める。


「葬儀、無理すんなよ」

「……すまん」

「いいって、お互い様だろ。たぶんうちの父さんがすんだし」

「……そうだな」


 祓波は撮り終わったようで、俺のスマホを手渡してきた。

 祖父の死体を直視できない俺の代わりに撮るのは、筋違いだとわかっている。

 ……今、この場に祓波がいてくれたことを深く感謝した。


「おいおい? 日和ってますかー?」

「からかうなバカ」

「へいへいー、そうそう! 俺が知ってる俺様様は、そうじゃなくっちゃなっ」

「……お前は、本当に空気が読めないな」

「んだとー?」


 学生時代から、変わらずに居心地のいい空気作りが得意な祓波には、感謝しなくてはいけない。友人を作ろうとしなかった俺に寄って来た変な奴だった印象の方が幼少時は強かったが……悪友としては、頼もしい男だ。


「……礼を言う、継一郎」

「ん? 今、なんか言ったか?」

「言ってない」

「えー!? 言っただろ!? なぁ!?」

「くどいぞ」

「ちぇーっ、ま、いいけどよっ」


 ……見た目で惹かれる女共は俺の方が多いが、内面で好かれているのはお前の方だと思うのは俺の内心の中で留めておくことにしよう。


「じゃあ、もう一つ! ……お前の後ろにいるその人のこと、説明してもらおうか? 鋼陽」

「……ああ、そうだな」


 俺は後ろに控えている聆月の方に視線を向けた。

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