第2話 悪友との食事 

 外の外気が冷ややかに俺の頬を撫でる。


「――、よう――こ、――う」


 ぼうっとする意識に、誰かの声がする。

 

「鋼陽! 聞いてんのかー?」

「……なんだ、祓波はらなみ


 肱を着いてぼーっとしていたら、赤髪の男が声をかけてくる。


「どうした? ぼーっとして。イケメンは黙っててもイケメンなのな」

「……興味がない」


 何か、夢を見ていたような気がするが、気のせいだろうか。

 鋼陽と呼ばれた青年は文句を言ってから、コーヒーを一口飲む。

 目の前の黒いバンダナを付け、紺碧色のスカジャンがトレードマークな調子のいいことを言うこの男は、祓波継一郎はらなみけいいちろう

 小さい頃からの幼馴染であり悪友で髑髏の指輪を現在進行形で付けている学生時代中二病患者だのなんだのと周囲に弄られた男だ。今は何をしているのかは知らない。

 たまにこうやって会って、気まぐれに付き合っているだけだ。

 普段から陽気で剽軽ひょうきんな笑顔を見せる祓波は首の後ろに腕を組む。


「どうせ大学でも、女の子たちにキャーキャー言われてんだろ?」

「興味がないと言ったはずだぞ」


 クールに返す鋼陽に周囲からの痛い視線を祓波は肌身に感じていた。

 鋼陽も自分の見た目に女性が興味を持たない、というわけではないという認識くらいは持っている。

 ワックスで塗り固めたにしては少し緩めの黒髪のオールバック。童顔気味だが少し太眉で仏頂面なせいもあってか可愛さが微塵もないが時折目蓋から開かれるアルビノなのではないかと疑われてもしかたのないキリっとした深紅の瞳。

 外見にぴったり似合う、革のコートや黒のインナーやズボンだの、スタイリストに選んでもらったとさえ感じさせるスタイルには他の男性陣からは嫉妬を禁じえない、という不満は大学の先輩たちから言われたこともある。陰口で、だが。

 実際は、時折叔父の永嗣さんに服を選んでもらっているにすぎないが、悪友はそれでも俺の素材の良さが憎いらしい。


「……お前は他人の目を気にし過ぎだろう」

「お前みたいに誰でも堂々とできる人間はいねえんだよバーカ」

「バカはお前だ」

「どうせバカですー! 俺が先に言ったからねー!」


 俺の低い声に街行く女性たちの奇異な視線を集めているのは自覚はしている。

 ほうっと見惚れる斜め後ろ側の女性たちの吐息は別に聞こえていないわけではない。わけではないが、おそらく祓波には聞こえてくるから鬱陶しい、というアピールだと気づいていてる上でサンドイッチを食べながらスルーする。

 ブスっ、と不貞腐れた声で言う悪友は、上目遣いで見上げてくる。


「……視線が痛い悪友の意見は無視かよぉ」

「しつこいぞエセスカジャン男」

「あ、ひっでー! 俺のお気に入りの一張羅馬鹿にすんなよなぁ。この継一郎様がクール俺様野郎と特別に遊んでやってるっていうのにその態度はなんだぁ? えぇ?」


 人差し指を向けて抗議してくる悪友にストローを口から離し、ジトッとした目で鋼陽を睨む。


「お前が無理やり連れてこさせたんだろうが」

「っはっはー! そうとも言う。お前がいたら、女の子とのエンカウントも自然だろ?」

「……どうでもいい」


 溜息を零しながら相変わらずの悪友に呆れていた。

 俺たちがいるのは東京、渋谷だ。

 商業エリアが多く、流行の発信地として現在も知られている区だ。とあるオープンテラスの一角で、テーブルで向かい合いお互い好きな物を注文して食事をしている。

 自分はサンドイッチにコーヒー。祓波はチキンカツサンドにコーラである。

 レタスサンドを手に取って食していると、ビルの大型ビジョンに映し出された最近流行りのアイドルの新ドリンクの宣伝から、ニュースに切り替わり女性キャスターが映った。


『今日未明、新宿駅でレムレス出現。ライングリムの処刑人たちが対応し、一般人の救出に成功した模様です』

「またやってんだなぁ、レムレスの奴ら。本当にむかつくぜ」


 ……祓波の不満は最もだ。

 西暦2225年。数年前のある日謎の怪物、レムレスが現れた。

 レムレスは人間にとって悪意たる存在だった。次々と人々を殺し、現在の人類の総人口が西暦1998年頃の60億人並みにだいぶ減少している。世界はレムレスを恐怖に震えあがる日々を過ごすことを余儀なくされ、苦痛な日々を過ごしていた。

 画面には黒い制服を纏った人物たちが、レムレスと戦っている。


『危ないから、逃げてください!!』


 一人の男性の声が聞こえる中、画面はレムレスとの戦闘の映像が一部流れる。

 人類はレムレスに対抗するため害威対策組織ライングリムを結成する。人々は彼ら、処刑人を境界線の死神という異名を与え人々の害意であるレムレスを殺すヒーローとも評し、尊敬される職業まで上り詰めた。

 画面に映った一人の一般人女性が、表情に喜色を浮かべていた。

「亡骸殺しに旦那の遺体が食われなくてよかったです」と言う言葉を軽く無視する。

 いつもの日常だから、そこまで気にする必要もない。

 俺は俺のいつも通りの日常を過ごすだけだ。


「なぁ、鋼陽もそうだろ?」

「……そうだな」

「っはは、お前のクールっぷりにはほっとするわ」


 ケラケラと笑う継一郎はコーラを一口飲んでテーブルの上に置いた。 


「で? 最近の大学生活はどうよ」

「勉学は励んでいるつもりだ」

「……彼女は?」


 本当にこいつは女好きだな、と鋼陽は脳内で溜息をつく。質問攻めを仕掛けて来ている理由は、わかりやすく女子との運命的な出会いのきっかけが欲しいのだろう。

 例えば、恋愛脳な大学生なら合コン的なモノなども期待しているに違いない。

 俺は口にしていたサンドイッチを飲み込んでからわざと質問で返す。


「……お前はどうなんだ」

「まぁー仕事が命っつーか? それよりも俺には使命があるってゆーかさぁ」

「いないんだな」

「俺は鋼陽の恋愛事情聞きてーの!! お前の大学、可愛い子いんだろ? 紹介してくれよぉ」

「知らん」


 きっぱりと切り捨てる。俺はトマトサンドの隣のチーズサンドを頬張る。

 祓波は人差し指を立てなんと思ったのか、何か閃いたのか、にんまりと笑う。


「あ、お前学生時代もボッチだったよな。ああ、そうだったわねぇ。一匹狼だもの、いないわねぇ? あー、残念無念のがっかり賞だわぁ」

「……そうか、なら今日のお前の食事代は払わないで置いてやる」

「お恵みくだせぇ、お恵みくだせぇ鋼陽坊ちゃん! お願いしやすっ!」

「はっ、知ったことか」


 鼻で笑い飛ばせば、継一郎はすぐに手を合わせ拝み始める。


「今月マジでピンチなの! 鋼陽様ぁ!!」

「拒否する」

「鋼陽頼むよぉ、お前の好きなアクション映画最近のおすすめ教えるからさぁ、このとーり!!」


 ウソ泣きをしながら足に縋りつく勢いで頼む祓波に思い溜息を着く。

 ……こうなった祓波は中々に折れない。

 だからといって、こっちが折れてやる理由がない……が。

 ちらっと祓波のまだ食べていないチキンカツサンドが目に入る。


「……そっちのチキンカツサンド一つと交換で飲んでやる」

「ははっ、さっすが鋼陽様ぁ! どうぞどうぞぉ」

「……はぁ、まったく」


 鋼陽は継一郎のチキンカツサンドと自分のトマトサンドを交換した。


「なぁ、鋼陽。最近変なこととかなかったか? 例えば、変な夢とか見たとかさ」


 ……夢、か。

 そういえば最近、さっきぼーっとしていた時にも、龍の女性が現れたな。

 覚えていないが、嫌な物だったのはわかる。

 強いて言うなら、大人になるにつれ龍の女性の姿がはっきりとわかるようになってきている程度、でしかないが。それは最近の話でもない気がする。


「特に、これといって何もないが」

「なら、いいんだ。気にしないでくれ」


 ……変な奴だ。

 祓波がこういう時は、何かしらの意図があると幼馴染の感が告げていたが鋼陽は肉はやはり美味い、と内心思いながらもぐもぐとチキンカツサンドを食すのであった。

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