第2話 レムレスとの初戦闘

 発せられた俺の言葉に周囲が黄金色の瞬きが走る。

 透明だった空気から彼女はゆっくりと己が姿を晒す。

 龍としての角と尾。緑がかった長い黒髪。頭の裏の髪を編み込み銀の筒状の髪飾りを付け二つ縛りにしている様など、服以外は前世の時とは変わっていない。

 服の裾が蓮の花弁のように裾がいくつも分かれたチャイナドレス風のドレス……いいや、祓波が遊んでいるゲームなどのキャラクターのファッション、と言われたほうが連想をしやすい。

 他にも言うなら以前には細やかな裾と同じく蓮を連想させる刺繍や、胸元や袖、履物の指先を出した履物の所などにも赤玉が施され、より彼女の神秘性を高めているところは前世とは違う。

 

「……面倒なことになっているな、鋼陽」

「……はぁ、ぐっ」


 両肩を晒して両腕に着物の振袖にも似た白袖が揺れる。

 見開く目尻に赤い化粧が施され、夢で見た花緑青の瞳が怪物を捕らえた。


『ガガガ、ガガガ、ガガガガガガ』


 聆月が無言で左手の二つの指を重ね横に払うと、何か空気が変わった感覚が芽生える。レムレスと俺たちの間に透明な膜が張られるとレムレスが混乱するようにガガガと鳴き続けている。もちろん、その膜は祖父の遺体まで届いている。

 聆月はしゃがみ俺の腹に左手を添えた。


「……れい、げ、」

「喋るな」


 聆月の手で当てられている中心が温かい。状況が瞬時に理解できず、俺はただぼんやりと彼女と出会えた歓喜で思考が上手く回らないでいた。


「よく頑張ったな、鋼陽」


 柔らかい微笑を彼女は浮かべる。

 本当に、彼女がここにいる? こんな奇跡が、あっていいのか。

 一瞬、体が楽になったはずなのにまた意識が薄れ、視界もぼやけ始める。

 ああ、また――――俺は彼女と結ばれずに、死ぬのか。


「……不味いな、しかたない」

「れ、い……っ、ん」


 聆月は顔を顰めたと思えば、俺の頬に手で触れてから俺の唇に口付ける。

 彼女は舌で俺に何かを送り続けられる。これは、生気……?

 流血していたはずの胸元の傷は癒えていく。


「んぅ……ふ……っ!?」

「……ん、」


 彼女が舌を伸ばすのをやめようとした瞬間を見計らい、俺は腰に手を回す。

 無理やり彼女が接吻をやめさせないために深く、深く獣のように彼女を求める。慣れていない舌遣いなのに安堵しつつ、彼女を貪るために彼女が喜ぶ所を探った。


「……ふ、ぁ……ん、やめ、こう、……よっ」

「……ん、はぁ」


 満足するまで彼女を貪っていると、聆月が俺の胸を傷以外の場所を叩いてくる。

 流石に、治癒をしている最中とはいえ痛い物は痛いんだが。

 互いの血が混じった銀の糸が切れると口内に広がっていた血が彼女と唇を離して一滴だけ顎に流れた。


「お前は馬鹿なのか!? この状況で!! 馬鹿なのか!?」

「お前からしたんだろうが」


 目をぐるぐると頬を赤らめながら混乱している聆月に冷静に突っ込む鋼陽。

 成龍の時代の彼女なら、このような行為はしなかったはずだ。

 ……つまり、昔よりも強くなったということなのだろう。

 そういう意図はないのはわかっているが、堪え切れなかったのは据え膳に手を出さない男も男らしくない、という前世の誰かの言葉だった気がする。

 

「何当然のように言ってる!? 治療の一環だ! 他意はない!!」

「……っち」

「なんだその舌打ちは! そんな子に育てた覚えはないぞっ!? ……その癖は相変わらずだな」

「何がだ」


 緊急事態だからこそ、聆月の生気を分けてもらうのに強引の手を打っただけだ。俺自身は他意がないわけじゃないが、爺さんの遺体の前で何をしているのかと思うが、生気を送るのに躊躇いが感じられたのも事実。

 なら、強引にでも生気を多めにもらう方法でやった方がいい、という意味なだけで欲情したから彼女を貪り尽くそうとしたわけじゃない。それに現世の俺はお前に育てられていない、と突っ込みをしたくなったがきゅっと唇を噛む。


「……それよりも、やるべきことがあるだろう」


 聆月はそういうと、視線はレムレスへと一瞥する。

 レムレスが爺さんに近づこうと膜にへばりついているのが目に入った。

 ……名残惜しい、が。

 もっと彼女としていたかったのは山々だがそうも言ってられない。


「邪魔者もいるしな」

「そういうことじゃないだろう!? ……まぁいい」


 聆月は立ち上がり宣言した。


「私の力を貸してやる、奴を斬るぞ」

「……ああ」


 鋼陽は言葉で頷き、刀を手に取った。


「戦い方はわかるか?」

「……どうすればいい」


 聆月に問いながら、レムレスとの距離を測る鋼陽。

 聆月に初めて出会った時の前世ではレムレスなどいなかった。今前世のことで思い出せているのも聆月と一緒に殺された時のことだけしか覚えていない。

 コイツの対処法はまるでわからん。


「今の私は分身だ。本来の私の力は発揮できないぞ」

「分身なのにあんなことしたんだな、大胆な奴だ」

「話を戻すな!! 死にたいのか!?」


 聆月と他愛もないやりとりに満足しつつ、彼女の力を借りたのならレムレスを倒せるかもしれない。鋼陽はレムレスに突撃し、祖父から切り離そうと刀を振る。


『ガガッ!』


 聆月から与えられた力を籠め攻撃の手を止めない。

 鋼陽の剣戟にレムレスは攻撃を避け続けている。まるで、爺さんと剣道をしている時と似た感覚さえ覚える。俺はたった一度も爺さんに一発入れられたことがない。

 まさか、爺さんの心臓を食って爺さんの動きを模倣している……?


「くそっ! 埒が明かない!!」

『ガガガ、ガガ』


 レムレスはかまどの方へ飛び込んだ。

 なぜ唐突に飛び込んだのか理解できず、一度刀を降ろした。


「どういうつもりなんだ?」

『……鋼陽、聞こえるか?』

「! れ、」

『口にするな。レムレスに知性があったなら危険だ』


 ……念話、だな。

 隣にいる聆月の顔を視線だけ送ると、竈の中に入ったレムレスを見据える。

 鋼陽は敵へと視線を定める。

 わざと知性があるかもしれないレムレスを油断させるための作戦か。

 レムレスの生態はわからないが、安堵はいけない。


『……わかった。だが剣術は現世の剣道と前世の一部の技しか使えない』

『ならば僥倖ぎょうこうだ。お前の刀には、八咫烏やたがらすの火の力が宿っている……お前にならその刀を扱えるはずだ』


 八咫烏、か……日本神話に出てくる導きの神、天照大御神の神使だったな。

 胸の中で滾る熱が込み上げてくる。

 ……刀を握っていて、よくわかる。祖父が作り上げた、最高の刀剣だと。

 

『だが、最も必要なのは……力を扱えることじゃない』


 そうだな。それに、俺はあの化け物に一発入れなくては気に食わん。


『体は鈍っていないだろうな? 鋼陽』

『当然だ』

『ならば尚の事……やるぞ! 鋼陽!!』

「――わかっている!!」


 レムレスは竈から顔を出した。

 霧のごとくぼやけていた体躯が、しっかりと形を成し、鍛え抜かれた刀剣よりも暑苦しく熱を持った人型……火を吹き出す巨体の大男となる。


『グァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「来るぞ!!」


 鋼陽は鋭利な視線でレムレスから祖父の遺体を守護するためにレムレスの前で構える。誰かを守りながら戦うことは慣れていないがやるしかない。


『鋼陽!』

「やってやる!!」


 息を整え、目蓋を瞬かせると刀剣に聆月の水が宿る。

 鋼陽は鋭く、刀をレムレスの頭へと叩きつける。


「面!!」

『ガガガガぁ!! ガガガガガ!!』


 レムレスは悲鳴を上げ額を抑える。

 ……祓波に無理やり遊ばされたゲームでいうなら、コイツはおそらく火属性。ならば、聆月の水の力は有効な攻撃手段のはずだ。


「……効いているな」

『ああ、そのようだ。続けて叩き込め!』

「ああ!」


 再度鋼陽は、レムレスに斬りかかり斬撃を与える。


「面!!」 

『ガガガガガァ!!』


 レムレスは刀に纏う水を恐れ悲鳴を上げる。

 額に叩き込もうとすると手で薙ぎ払われ、まるで怯えるように燃える体で中庭へと出る扉を乱暴に通っていった。


『ガガガガガぁ、ガガガガぁ!!』

『逃げるぞ! 鋼陽っ』

「待て! 聆月っ」


 炎を纏ったレムレスが無理やり中庭の扉から出て言ったせいで、扉の周辺が燃えている。中庭への扉に、聆月に付与された水の加護で扉の火を鎮火させる。

 屋敷に燃え移らないのを確認して、安堵の息を漏らす。


「……これで問題ないな」

「うわぁあああああああああああ!!」

「っ!!」


 永嗣さんの悲鳴が聞こえ、鋼陽は中庭の扉を潜る。

 レムレスを追いかけ、且つ急いで叔父の声がする方へと走り出す。

 視界には腰が抜けたのか立ち上がれない永嗣さんと襲い掛かるレムレスが見えた。


「ひ、ひぃ、来るなぁっ!!」

『ガガ、ガガガっ』


 燃えるレムレスは口を大きく開け永嗣さんを喰おうとしている。

 まだ、体が馴染んでないが……やるしかない。

 息を整え、鋼陽は刀の使を握る。

 静寂と緊張が張り詰めた空気の中で、一人その言葉は発せられる。


「……瞬踏しゅんとう


 二人の間に割り込み、永嗣に襲い掛かろうとしているレムレスの腕を刀で受け止めた。


「こ、鋼陽君!? どうして、」

『ガガッ!!』

「……動けますか?」


 均衡を保ちながら鋼陽は永嗣に背を向けながら問う。


「い、いや、」

「手早く片付けます……!! 聆月!!」

『わかっている!!』


 聆月は目を瞑り鋼陽が構えている刀に力を込める。

 すぅ、と息を吸いながら鋼陽も目を伏せる。

 レムレスは、鋼陽の動きを隙と判断し襲い掛かる。


『ガガガガガ!!』

「鋼陽君っ!!」

「――――させないぜ!」


 見知った男の声に、一瞬目を見開いた。

 レムレスの影が忍者の影踏みのごとく拘束しているのが目に入る。

 

「継一郎君!?」

「やれ! 鋼陽!!」


 彼の言葉を信じ意識を集中させる。 

 足に力を込め、息をゆっくりと吐く。


『ガガガガガガッ!!』

「よくやった、祓波」

『ガ!?』


 驚愕の声を無視し鋼陽は抜刀する。


「――流月りゅうげつ」 


 水飛沫が刀に纏い、遠心力を使う感覚で刀を後ろから回転する。流れる刀剣は半月を描きレムレスの首を切り落とした。

 レムレスの首を切り落とした刀を軽く横に払う。

 水飛沫で落ちた黒い血痕は、白砂の中庭の中へと落ちていった。

 流月……前世では、敵の首を切り落とすための技だったが、レムレス相手にも役に立つとは想像もしていなかった。


『ガ、ガガガガ……っ』

『鋼陽、まだだ! 倒しきれていないっ!!』

「っ!! 待て!!」

『ガガ、ガ、ガ』


 黒い影と溶けるレムレスは消え去った。


「……チッ、逃げられたかっ」


 レムレスが逃亡する時、その場から体を溶けて逃げる習性がある。

 祓波はすぐに永嗣に駆け寄った。


「大丈夫っすか!? 永嗣さん」

「……あ、あはは。立てないや。鋼陽君は、大丈夫?」

「はい」

「やったな、鋼陽!」


 他所に親指を立て、軽快に笑う祓波には一言物申したい鋼陽は静かに睨む。


「……お前、なんでここにいる?」

「うぐっ……いいじゃんか、別にさぁ」

「渋谷で別れただろ、後をつけてきたな」

「ギクッ!! そ、それはぁ……」

「話は後で聞く、今はそれどころじゃない」


 痛い所を突かれたのか滝の汗をかき視線を逸らす祓波。

 ああいう力が使えるってことは処刑人側の人間と見ておかしくない。

 渋谷の時にはしていなかった木製の数珠が目に入ったからもある。


「鋼陽君! 秀蔵爺さんは!?」

「……心臓を除いて、遺体は守れたかと」

「……そう、か」


 永嗣さんは、悲哀も混じった笑みで俯く。

 しかし彼はすぐに顔を上げた。


「ありがとう鋼陽君」

「……いえ」


 小さく鋼陽は俯く。

 俺にできることはやった。爺さんの遺体も、心臓を除いては守り切ったんだ。

 葬儀の時には、ちゃんと別れをすることもできるだろう。

 拳を強く握る。涙など、俺には許されていない。

 本当の家族の一人である、永嗣さんたちが許されるのだ。

 俺はただの養子……それでいい、いいんだ。


「鋼陽……」

「僕は、統烏院さんたちに連絡するから、鋼陽君は継一郎君と一緒に待っていてくれるかな」

「わかりました」

「あ、おい鋼陽!!」


 悪友の言葉を無視して鋼陽は鍛冶場の方へと入って行った。

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