東京レムレス
絵之色
第一章 逢魔が時、開幕の時
第1話 必然の物語
暗く沈む思考の中で、いつも鮮明に目の前に映る光景に目を逸らせない。
黄金の角。中国風の衣装に身を包んだ女性が俺を見つめている。
顔はぼんやりとして、彼女の口元しか見えない。
『……
これは、誰の記憶だ。知らない、俺ではない、誰かの記憶。
綺麗な声がした。安堵する、胸をすくような美しい声だ。心の底から、永遠に聞き入っていたいと願ってしまうほど、煩わしい甲高さもない。
耳に馴染む女の声は、俺の思考を捕らえて離さない。
白い袖が赤く染まり、俺の手へと己の手を重ねる女性。
色白の肌が伝う赤い血がついた唇の口角はゆっくりと上がる。
『お前が来世でも私のことが好きだったら、また会おう――――××』
大切な、人だったはずだ。忘れてはいけない……そんな、誰か。
手を伸ばせば、届くだろうか。
触れられるだろうか……君の手を、もう一度握れるだろうか。
君の声をまた、この耳に聞こえるだろうか。
君の笑顔を、この目にすることができるか。
女の手を掴もうと手を伸ばす。
「――お前は、誰、だ」
俺が彼女に向けて告げてもぼんやりとした表情は口角だけを上げる。
――思い、出せない。
思考がゆっくりと闇に囚われていく。
瞳の瞼の裏の闇へと囚われてしまう。
囚われて、しまう。忘れてはいけない名前のはずなんだ。
だって、彼女は、俺にとってたった一人の、たった、一つだけの月明り。
――孤独な水面に浮かぶ、俺だけの光だったのだ。
「――う、――こ、――よう」
外気が冷ややかに俺の頬を撫でる。
「――よう、鋼陽! 聞いてんのかー?」
「……なんだ、
テーブルに肱を着いている赤髪の男が声をかけてくる。
「どうした? 急にお前は誰だ、とかぼそっと言ってたけど」
「……なんでもない」
……また、あの夢か。
鋼陽と呼ばれた青年、
目の前の黒いバンダナを付け、紺碧色のスカジャンがトレードマークな調子のいいことを言うこの男は、
小さい頃からの幼馴染であり悪友で髑髏の指輪を現在進行形で付けている中二病患者と他人に弄られたロック好きの男である。今は何をしているのかは知らない。
たまにこうやって会って、気まぐれに付き合っているだけだ。
普段から陽気で
「なんだよ、その反応はぁ。せっかく心配してやってんのに。学生時代のお前、ほぼボッチだったろうが」
「……興味ない」
「……お前、自分の見た目最大限に利用しろよぉ。ボッチだったけどモテてはいただろうがぁ」
祓波は鋼陽を雑に褒めながら、じっと見つめる。
ワックスで塗り固めたにしては少し緩めの黒髪のオールバック。童顔気味にも見えるが太眉で仏頂面なせいもあってか可愛さが微塵もない。
目蓋から開かれるアルビノとも受け取れる深紅の瞳。整った目鼻立ち。男性らしい筋肉のついたうらやま妬ましすぎる体躯を持った完璧ボディを持つ悪友。
外見にぴったり似合う革のコートや黒のインナーやズボンだの、スタイリストに選んでもらったとさえ感じさせるスタイルには他の男性陣からは嫉妬を禁じえないでいるだろう……というのが祓波が鋼陽に抱く外見のみの評価だ。
実際には鋼陽は時折叔父の永嗣に服を選んでもらっているにすぎないしそれも知っている幼馴染で、彼の性格がクール系俺様なのも熟知しいていた。
鋼陽はぼそっとドリンクをテーブルに置き悪友である祓波に目を伏せながら文句を言う。
「……お前は他人の目を気にし過ぎだろう」
「……視線が痛い悪友の意見は無視かよぉ」
ブスっ、と不貞腐れた声で言う悪友は、上目遣いで見上げてくる。
「しつこいぞエセスカジャン男」
「あ、ひっでー! 俺のお気に入りの一張羅馬鹿にすんなよなぁ。この継一郎様がクール俺様野郎と特別に遊んでやってるっていうのにその態度はなんだぁ? えぇ?」
人差し指を向けて抗議してくる悪友にストローを口から離し、ジトッとした目で鋼陽を睨む。
ほうっと斜め後ろ側の女性たちの鋼陽に見惚れて漏らす吐息は別に聞こえていないわけではないと彼は気づいてはいる。おそらく祓波は気づいてるから鬱陶しい、というアピールだとわかった上でサンドイッチを食べながらスルーする。
「お前が無理やり連れてこさせたんだろうが」
「っはっはー! そうとも言う。お前がいたら、女の子とのエンカウントも自然だろー?」
「……どうでもいい」
鋼陽は悪友である彼らしい理由付けで一緒に食事をしている。
俺たちがいるのは東京、渋谷だ。
商業エリアが多く、流行の発信地として現在も知られている区だ。とあるオープンテラスの一角で、テーブルで向かい合いお互い好きな物を注文して食事をしている。
自分はサンドイッチにアイスコーヒー。
祓波はチキンカツサンドにオレンジジュースである。レタスサンドを手に取って食していると、ビルの大型ビジョンに映し出された最近流行りのアイドルの新ドリンクの宣伝から、ニュースに切り替わり女性キャスターが映った。
『今日未明、新宿駅でレムレス出現。ライングリムの処刑人たちが対応し、一般人の救出に成功した模様です』
「またやってんだなぁ」
……祓波の不満は最もだ。
西暦2225年。数年前のある日謎の怪物、レムレスが現れた。
レムレスは人間にとって悪意たる存在だった。次々と人々を殺し、現在の人類の総人口が西暦1998年頃の60億人並みにだいぶ減少している。世界はレムレスを恐怖に震えあがる日々を過ごすことを余儀なくされ、苦痛な日々を過ごしていた。
画面には黒い制服を纏った人物たちが、レムレスと戦っている。
『危ないから、逃げてください!!』
一人の男性の声が聞こえる中、画面はレムレスとの戦闘の映像が一部流れる。
人類はレムレスに対抗するため害威対策組織ライングリムを結成する。人々は彼ら、処刑人を境界線の死神という異名を与え人々の害意であるレムレスを殺すヒーローとも評し、尊敬される職業まで上り詰めた。
画面に映った一人の一般人女性が、表情に喜色を浮かべていた。
「亡骸殺しに旦那の遺体が食われなくてよかったです」と言う言葉を軽く無視する。
いつもの日常だから、そこまで気にする必要もない。
俺は俺のいつも通りの日常を過ごすだけだ。
「なぁ、鋼陽もそうだろ?」
「……そうだな」
「っはは、お前のクールっぷりにはほっとするわ」
ケラケラと笑う継一郎はコーラを一口飲んでテーブルの上に置いた。
「で? 最近の大学生活はどうよ」
「勉学は励んでいるつもりだ」
「……彼女は? お前ならどんな美人も選り取り見取りだろ?」
本当にこいつは女好きだな、と鋼陽は脳内で溜息をつく。質問攻めを仕掛けて来ている理由は、わかりやすく女子との運命的な出会いのきっかけが欲しいのだろう。
例えば、恋愛脳な大学生なら合コン的なモノなども期待しているに違いない。
俺は口にしていたサンドイッチを飲み込んでからわざと質問で返す。
「……お前はどうなんだ」
「まぁー仕事が命っつーか? それよりも俺には使命があるってゆーかさぁ」
「いないんだな」
「俺は鋼陽の恋愛事情聞きてーの!! お前の大学、可愛い子いんだろ? 紹介してくれよぉ」
「知らん」
きっぱりと切り捨てる。俺はトマトサンドの隣のチーズサンドを頬張る。
祓波は人差し指を立てなんと思ったのか、何か閃いたのか、にんまりと笑う。
「お前大学でも一匹狼なわけぇ? あー、残念無念のがっかり賞だわぁ」
「……そうか、なら今日のお前の食事代は払わないで置いてやる」
「お恵みくだせぇ、お恵みくだせぇ鋼陽坊ちゃん! お願いしやすっ!」
「はっ、知ったことか」
鼻で笑い飛ばせば、継一郎はすぐに手を合わせ拝み始める。
「今月マジでピンチなの! 鋼陽様ぁ!!」
「拒否する」
「鋼陽頼むよぉ、お前の好きなホラー映画最近のおすすめ教えるからさぁ、このとーり!!」
ウソ泣きをしながら足に縋りつく勢いで頼む祓波に思い溜息を着く。
……こうなった祓波は中々に折れない。
だからといって、こっちが折れてやる理由がない……が。
ちらっと祓波のまだ食べていないチキンカツサンドが目に入る。
「……そっちのチキンカツサンド一つと交換で飲んでやる」
「ははっ、さっすが鋼陽様ぁ!」
「……まったく」
鋼陽は継一郎のチキンカツサンドと自分のトマトサンドを交換した。
「なぁ、鋼陽。最近変なこととかなかったか? 例えば、変な夢とか見たとかさ」
……夢、か。
そういえば最近、さっきぼーっとしていた時にも、龍の女性が現れたな。
覚えていないが、嫌な物だったのはわかる。
強いて言うなら、大人になるにつれ龍の女性の姿がはっきりとわかるようになってきている程度、でしかないが。
「特に、これといって何もないが」
「なら、いいんだ。気にしないでくれ」
……変な奴だ。
祓波がこういう時は、何かしらの意図があると幼馴染の感が告げていたが鋼陽は肉はやはり美味い、と内心思いながらもぐもぐとチキンカツサンドを食すのであった。
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