チーズナンナンナーンはうまい
『八時半からリモート会議があるから、それまでにご飯食べれる?』
そんなメッセージが私のもとに届いた、父からである。その時私はピアノの教室へ行くところで、トートバッグを腕に垂らしていた。
『ごめん!ピアノあるから、難しい!』
そう返信を返す、外に出る。階段を降り地面を踏みしめていく。五分十分、時間が経過する。信号に捕まった。真っ赤なライトが、ぴかぴかと私を牽制している……逆らう訳にもいかない。私はスマホを取り出し、父からの返信を確認した。
『了解!会議は九時に終わるだろうから、それから一緒に食べようか』
『はーい!』
一緒に食べようという言葉に少し胸が躍る。ここ数年で子供ではなくなったと思っていたが、はずれのようだ。
ピアノが終わり、帰宅する頃にはすでに夜十九時半、外は真っ暗、さすが十一月といったところだろう。帰ってきて、そこら辺に鞄を投げ出し、ベッドに寝転がる。
「はらへった」
早く、帰ってきやしないかしら。
ガチャっと鍵の音、ドアを開け、足を踏み入れる。鞄と服がこすれる音が、父の音である。
「ただいま~」
「おかえりー!」
父の仕事はまだ終わっていないこれから会議があるのだ。
「そうだ、今日さ、外に食べに行かない?カレー屋さんとか」
邪魔してはいけない。そう思い息を潜めていたのだが、不意に、父は私と弟にそんなことを尋ねた。
断る理由などあるはずがない!私は快く了承し、顔を布団にうずめた。
父の言う「カレー屋」とは近所にあるネパール出身の人が経営している、ナンがとても美味しいカレー屋さんのことである。そのナンの美味しさと言ったら!市販のナンが塵のように思えるぐらい美味しいものだった。
「よろしくお願いします」
リビングから、会議の始まる音が。早く終われ、早く終われ、早く私にナンを与え給え!そんなことを願っていたら、すぐに終わった。いつもならば長引くことが多いのに、なんて幸運なんだろう。
私はステップを踏みながら、父と弟と共に歩いた。気分は良好。
店に入り、メニューを眺める。端から端を滑るように見ていく。そして、あるメニューを見つけたとき、私の中に、電撃が走った。なんてことだろう!私は素晴らしい物を見つけてしまった!
「チーズナン」私はその文字を見つけてしまった。なんだそんなことかと言っちゃあいけない。これがどれだけ素晴らしい物か、端的に言うと、私はチーズが好きだ。何が好きだ。プラスとプラスを足したらプラスにしかならない。つまり、素晴らしいものということである。私はそれに狙いを定め、店員に伝えた。どれぐらい待っただろうか、そんなに時間は経っていないと思う。とはいっても、時間など気にしていなかったから、もしかしたら途方もない時間が流れていたのかもしれない。
チーズナンが届いた。目的の物を目にした時、気分は最高潮に達する。手に取って、かじる。うまいうまいうますぎる!
ああ神様なんて素晴らしい物をこの世に!
そんな劇的なセリフを浮かべていた。
もっとも、その場は静かだった。食器の音と、父と弟の声がするすると交わうだけだった。
何だか現実に戻されたようで、私は粛々と、チーズナンを味わい、食した。
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