今日、幼馴染を卒業します

梵ぽんず

第1話 

「じゃあ、また明日ね!」

「ん」


 スマホを見ながら俺は素っ気なく返事をする。幼馴染の夕梨花は俺に手を振った後、一番線のホームへと繋がる階段を軽快な足取りで上がっていった。


 俺は持っていたスマホの画面から幼馴染に視線を移してみる。制服のスカートの裾と綺麗にまとめた黒髪のポニーテールが振り子のように揺れ、制服から覗く細い手足は元々細かったが、更に華奢になったような印象を受けた。


夕梨花ゆりかの奴、あんな細かったか? 元々細かったけど、サッカーボールが当たっただけで足が折れそうじゃん。ちゃんと食ってんのかよ)


 数ヶ月前からダイエットを始めたんだと言っていた事を思い出した俺は、夕梨花の背中を心配そうに見つめていると、誰かが俺の肩にぶつかってきた。


「おっと、失礼」

「あ……すみません」


 サラリーマンは俺に軽く頭を下げ、そのまま通り過ぎて行った。通路のど真ん中に立っている事に気付いた俺は、通行人の邪魔にならないように急いで通路の端に寄る。


かける、ちゃんと周りを見ないと危ないぞ〜!」


 よりによって、何もない所でいつも躓く夕梨花に注意されてしまった。こっちを振り返らずに階段を上がって行ったと思いきや、今の場面をしっかり見ていたようである。


「電車が来るから早く行けよ。まだ陽が落ちるのが早いんだから、すぐに暗くなるぞ」

「え〜、やだよ。翔の制服姿を見るのは明日で最後だし、もう少し目に焼き付けたいなーと思ってたりするんだよねー」


 夕梨花はわざと唇を尖らせながら言った。


 そう、明日は高校の卒業式だ。幼稚園の頃から一緒だった夕梨花との登下校も明日で終わり、四月からは別々の大学に通う事になる。十年以上も一緒に登下校していたので、寂しいんじゃないかと聞かれたら、少し寂しいかもしれない。


「あのさ……夕梨花、俺……」


 喉の奥から出かかった言葉をすぐに引っ込めた。ドキドキと心臓が煩くなって、顔面が熱くなってくるのを感じる。


(駄目だ、これだけは言えない)


 数年前もから抱いていた恋心がバレないよう、ずっと心の奥に仕舞い込んできた。今まで夕梨花に告白するタイミングはいつでもあったと思うが、なかなか踏み出せず、現在に至っている。


 そんな思いも知らずに、夕梨花は俺を見下ろしながらクスクスと笑っていた。


「ほら、暗くなる前に早く帰れよ」

「もー、翔ったら心配しすぎ! 四月から大学生だよ? 翔がいなくっても、私はやっていけるから!」

「へぇー、これからは俺のモーニングコールがなくても起きれるのか?」

「う、うーんと……多分、大丈夫!」

「ハハッ、なんだよそれ。そこは絶対大丈夫って言えよ」


 俺はズキンと心が痛んだ。当初は面倒臭かったモーニングコールも、楽しみにしていたのだと今更気付いてしまったのだ。


 今までのように朝から夕梨花の声が聞こえなくなると思うだけで、寂しく感じる。夕梨花の寝起きの声を聞けるのも明日で最後。寂しさを悟られないよう、俺はいつも通りを振る舞った。


「朝から俺の声が聞けないからって、寂しくて泣くなよ?」

「私、もう子供じゃないよ。ねぇ……翔はいつになったら、私のこと女性として見てくれるの?」


 夕梨花はとても複雑そうな表情をしたまま続けた。


「明日は卒業式でしょ? だから、幼馴染も卒業なの!」


 夕梨花の言葉に俺は目を丸くした。


 物心つく頃から俺の隣にいた夕梨花。幼稚園の頃の夕梨花は人見知りだったから、男の子達に虐められて泣いてばかりだったので、俺がいつも側で守っていた。


 小学校に上がってからは友達と遊ぶ予定がない限り、登下校はずっと一緒。中学に入ってからは、友達に付き合ってるのかと冷やかされたりしたけど、俺達の関係が変わる事はなかった。


「翔、私は――だよ」


 タイミングが悪く、電車接近を知らせるアナウンスが流れ始めたせいで、夕梨花の声が非常に聞こえ辛かった。俺は心の中で舌打ちをする。今、俺が一番欲しい言葉を言ってくれたような気がしたのだ。


「夕梨花! 今、なんて言った!?」


 俺は少し声を張り上げて聞いてみたが、「ううん、なんでもない! それじゃ、私帰るね!」と夕梨花は俺に背を向け、慌てて階段を上がっていった。


「あー、くそ。行っちまったな」


 俺が引き留める前に夕梨花は行ってしまった。表情はよく見えなかったが、顔がトマトのように赤くなっているような気がした。


 それに、あの口の形。あれは、もしかして――。


 少しだけ俺は期待していると、手に持っていたスマホが小さく震えた。アプリを起動させて、メッセージの内容を確認した瞬間、俺は階段を駆け上がっていた。


 夕梨花から送られてきたメッセージ、それは『さっき、好きって言ったんだよ』だった。


 俺の臆病者っ、こんな事なら勇気を出して言えばよかった! と心底後悔したが、今はただ俺と同じ気持ちだった事がとても嬉しくて堪らない。


「はぁっ、はぁっ……夕梨花っ!」


 夕梨花は電車に乗らずに待ってくれていた。息を切らしながら、「俺もずっと好きだった」と答えると、夕梨花は幸せそうに笑ってくれた。

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今日、幼馴染を卒業します 梵ぽんず @r-mugiboshi

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