最後の日

太陽が昇ったところで僕は目が覚めた。

最後の日だ。アリスと共に居られる最後の日である。


下を見るとアリスはまだ眠っていた。

すぴーすぴーと小さな声が聞こえる。

キレイな白い髪、白いきめ細やかな肌。高い鼻、うっすらピンクの唇。長い白いまつ毛。何をとってもきれいすぎる顔だ。


アリスの顔を見てると不思議と悲しくなってくる。

今日で最後なのかとか、今までのことを思い出して、泣きたくなってくる。

その時、アリスが目を覚ました。


「...どうしたの?上からじっと見て」


「いや、ちょっと見てただけだよ」


「ふふ、そう」


アリスが起きたので、顔を逸らそうとしたらアリスが声をかけてくる。


「あともうちょっとだけそのままで居て」


そう言われ、僕は言われた通りに先ほどと同じ体勢に戻る。


「どうしたの?」


「いや、私も隼人の顔見たくなってきて」


「いつも見てるじゃん」


「でもこんなにじっくり見つめることないから」


僕たちは一分ほど、お互いに見つめ合った。


「隼人、可愛いね」


「可愛いなんて言われたのなんて小学生以来だよ。男子高校生に可愛いはなんか違うんじゃないか?」


「いいの。私が思った感想なんだから」


「変わってるな」


「そう?私以外にも隼人を可愛いって思う人なんてたくさんいると思うよ」


「なんか親ばかな親と相手してる気分だ」


「ふふ、私親なんて年じゃないけどね」


二人で笑いあう。見つめ合いながら。


「さてと、今日は何するよ」


最後の一日が、始まる。


===


来た場所は河川敷だ。

二人で手を繋ぎながら野原の上に寝転がって日向ぼっこである。


「見てみて、魚泳いでる」


「アリスも泳ぎたい?」


「ちょっと川が汚いから勘弁してほしいかな」


川を見てみると魚が泳いでいるのは確認できるが、川は結構濁っていた。


「温かいね。今日」


「温かいどころか暑いけどな」


半袖で来ているのに、もう額には汗が浮かんでいる。


「それにしても良かったのか?最後なのにこんなところで日向ぼっこで。なんかもっとしたいことなかったのか?」


「いいの。最後の日はゆっくりするって決めてたから」


アリスは一息吸って言葉を続ける。


「それに、隼人だってゆっくりするの好きでしょ」


「分かってるじゃん」


「ずっと一緒に居たからね」


===


河川敷を手を繋ぎながら二人で歩く。

時刻は昼過ぎだ。


歩いていると前から二人の老夫婦が手を繋ぎながら歩いてきて、隣を通り過ぎていった。


「隼人も年取っちゃうのかな」


「そりゃ取るだろ。人間なんだし」


「確かにそれもそうだね」


はは、とアリスは小さく笑う。


「私は隼人がおじいちゃんになっても絶対に分かる自信があるよ」


「僕だってアリスがおばあちゃんになっても分かるよ」


「残念。神様は年を取らないのでした」


「不老なのか。神様って」


「そうだね。いいでしょ」


「うん。ずっと元気でいられるのは良いしね」


ゆっくりと河川敷を歩いていく。

僕らのすぐ過ぎてしまった一緒に居た時間とは正反対に、歩みのスピードはゆっくりだ。

今まで遊びすぎたからな。最後にゆっくりするのもいいのかもしれない。


===


家に帰ってきて、二人で床に寝転がる。


「はい、チーズ」


ぱりゃりとシャッター音が鳴り、カメラの中に僕たちの姿が保存される。

僕はスマホをポケットにしまう。


時刻はもう夜である。


「最後にゆっくりするのも良かったね」


「だな」


二人で手を繋ぎながら無言の時間が流れる。

その静寂を破ったのはアリスだった。


「そろそろかな」


「そろそろって?」


答えは分かっていた。

だが、まだ時間が来ていないことを信じたくて、問い返してしまう。


「私が死なないといけない時間。タイムリミット」


「そう...そうか」


僕は何も言えない。

殺さないといけないのは僕なのに。


僕は机の上に置いてあった包丁を手に持った。


「ふふ、泣かないでよ」


目の前が涙でなかなか見えなくなる。

ぽたぽたとアリスに涙が落ちて行く。


「私も泣いちゃうじゃん」


アリスの目からも、透明の液体が流れた。


「私、最初に早めに殺した方がいいって言ったじゃない?」


「うん」


「こんなことになるんじゃないかと、心の奥で思ってたんだ」


「うん」


「でも、人間に心を許せるなんて、人間に心を許させるなんて思わなかったの」


「うん」


「でも、隼人がいっぱい話しかけてくれるうちにね、だんだん隼人に対して心が許してきちゃって」


「うん」


返事する声はだんだんと鼻声になる。


「私すっごい楽しかったの。こんなに楽しかった日々は、誕生してから初めてだったの」


「良かった」


「それもこれもぜーんぶ、隼人のおかげ」


アリスがにっこりとこちらを見つめる。


「隼人には感謝してもしきれない」


「僕もだよ」


「隼人が神に近い力を持ってるからって、神に近い力を持ってるせいで私を殺せるのが隼人しかいないせいで、隼人にこんなこと押し付けちゃった」


「気にしてない。逆だよ。僕がこの力を持っているおかげで、アリスと一緒に過ごせた」


「そう言ってもらえて、嬉しい」


アリスの涙の量が多くなる。カーペットは涙によって濡れていた。


「今から殺してもらうのに、こんなこと言っちゃいけないんだろうけど...言っていい?」


「良いよ。なんでも言って」


「私、隼人と別れたくない。寂しいよ。悲しいよ。ずっと一緒に居たいよ」


「僕もだよ」


アリスが両手を上に上げる。

僕はアリスに抱き着いた。

そして二人で泣きあう。

嗚咽を洩らしながら。


五分ほど、二人で抱き合っただろうか。


「じゃあ、そろそろ、本当にタイムリミット」


「...分かった」


僕は今一度、包丁を強く握りしめた。


「首を思いっきり切っちゃえば、私はこの世から居なくなる」


「...分かった」


僕にはそれしか返事できなかった。

包丁を今一度強く両手で握りしめ、覚悟を決める。


「楽しかったよ。ありがとね」


「僕も楽しかった。人生で一番。こちらこそありがと」


アリスがニコリと微笑んだ。僕も微笑む。

そして首をかき切った。


===


アリスが粒子のようになり、この世から居なくなった。

アリスが居なくなってから十日経った。

その間一人で泣いては、ベッドに寝転がっている日々を過ごしていた。その時、あることを思い出し、動画を観る。

観たのは、アリスが残していった映像だ。


画面の中のアリスが僕に語り掛ける。


「ありがとね、隼人。私にこんなに楽しい思いをさせてくれて。

私を忘れないでね」


一拍置いて、アリスは言葉を続ける。


「そうそう、私が言いたいのはもう一つあるんだけど。

隼人には絶対に良い人が出来るよ。だから、私を引きずっちゃだめだからね?...まぁ隼人のことだから引きずっちゃうと思うんだけど、はは。

私は本当にこの世から居なくなる。神の世界にも居なくなる。

だけど、隼人の記憶の中に私が存在するなら、私は満足。

悔いはないよ。だからね隼人。

忘れないで欲しい。だけどね、引きずっちゃだめだよ。


   あなたが好きな人より」


そこで動画は終わった。


「ふふ、自分で好きな人っていうのが、アリスらしいな」


写真フォルダを見つめる。

数々のアリスが、姿を残していた。

忘れるはずがない。だが、アリスが望むなら、僕は切り替えていかないといけない。

今後の未来のために。アリスの意思を継ぐために。



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