海1
「なんかしたいこととかないの?」
ガチャガチャとコントローラーを操作しながらアリスに聞く。
でも返ってくる答えは大体想像できた。
特にないとか大丈夫とかそこら辺の答えが返ってくると想定していた。
そんなことを考えているうちに、僕のキャラはアリスの操作しているキャラにボコボコに殴られ、やられてしまった。
でも、アリスから返ってきた答えは僕の想定しているものとは違った。
少し俯ていてから、僕の方を向いてアリスは答えを言った。
「海...海に行きたい」
「海...海ねぇ」
僕の頭の中で海に関することが連想される。
でもそれは全て間接的に知り得た情報で、僕が直接見たり感じたりしたものの記憶はない。
そう、僕は海に行ったことがないのだ。
「行きたい...良い?」
上目遣いでアリスは僕に聞いてくる。そんな風に言われたら返せる言葉は一つだった。
「分かった。行こうか」
そう、YESの言葉のみである。
「やった」
アリスは小さくそう呟いた言葉が、微かに聞き取れた。
アリスが行きたい場所を自ら言うのは、初めて聞いたかもしれない。
だが、その前にやるべきことがある。
「もう一回!もう一回だけしよ!リベンジマッチだリベンジマッチ」
僕は再戦のボタンを押した。
===
あの後三回ほど再戦したのだが、すべて僕の敗北に終わり、泣く泣く海に行く用意をし、僕たちは出発した。
朝六時からゲームをしていたお陰で、出発した時はまだ七時半だった。
僕の家の近くに海がないので、電車でしばらく揺られることとなった。
ガタンゴトン、ガタンゴトンとリズムよく身体が揺られる。
横に座っているアリスは大事そうに道の途中にあったコンビニで買った空気の入っていない浮き輪を大事そうに抱えていた。
行った先で売ってるってって言っても、アリスがじっと売っている浮き輪を見つめていたので、買ってしまった。
ここ最近散財しすぎてしまっている気がする。
前にしていたバイト代の貯金もいつか無くなるんじゃなかろうか。
海から帰った後、またバイトしようかなと考える。
「でもなんで海なんだ?」
ふと、気になったことをアリスに聞いてみた。
アリスは少し間を置いてから答えた。
「神の世界で見てた時、みんな楽しそうに遊んでたから」
「あー確かに。みんな楽しそうなイメージあるな」
「隼人は行ったことないの?」
「うん、近くにも無かったしね」
「あんなに楽しそうなものがあるのに...行ったことがないなんて勿体ない」
「僕が海とか行くタイプに見える?」
自嘲気味に聞くと、アリスは口元を抑えて小さくフフッと笑ってから言った。
「確かに、見えないかも...友達とか少なさそうだし」
「あれ...もしかして煽られてる?」
小さく話し合い、そして二人とも小さく笑った。
仲の良い友達同士が友達をいじる。それは日常にありふれる行為だろう。
しかし、僕は初めてアリスにいじられた。
それだけ仲良く、心の距離が縮まったようで、嬉しい。
心の中でそう感じる。
その時、窓の外を見ると遠くにだが、海の姿が見えた。
僕が窓の外を指差すと、アリスが窓の外を見て、そしてだんだんと目がキラキラとさせていった。
「海...海だよ海...」
と僕にしか聞こえないような声で、だが、テンションの上がった声で僕に報告をしてくる。
そしてそれから十分ほどすると目的の駅に到着する旨のアナウンスが流れてくる。
そして少しするとアナウンスと共にドアが開いた。
「よし、行くか」
「うん」
僕たちは座席から立ち上がり、目的の海にへと歩き出した。
===
「あれ?思った以上に混んでないな」
今は夏休みなので滅茶苦茶人が混んでいる様子をイメージしていたが、結構空いている。
そう呟いた僕の隣では、アリスが頑張って買ってきた浮き輪を膨らませていた。
頬を膨らませてからフーッと息を吹き込む度に浮き輪が膨らんでいく。
そしてドサッと砂に倒れこんだ。
「疲れたぁ」
見てみると、浮き輪はまだ半分ぐらいしか膨らんでいなかった。
だが、すぐにアリスは起き上がって浮き輪に自分の身体を入れた。
「それって浮くの?」
「嘘、浮かないの?」
「だってそれ半分しか入ってないじゃん」
僕がそう言うと、アリスは浮き輪を掴んだ。
浮き輪は滅茶苦茶凹んだ。
「でももう待ちきれないや」
「え?」
アリスはそう言うと、僕の手を引っ張って海にへと走り出した。そして波に向かってジャンプし、波の中に入っていく。それに続いて僕も波の中に入る。
そして海の中で立ち上がる。
「フフハハハッッッ」
アリスは楽しそうな声を上げる。それと対照的に僕は海に倒れこむ。
「グハ」
「大丈夫?」
アリスが心配そうに聞いてくる。
「鼻の中に...水入った...なんか喉の奥の感じが...変な気がする」
鼻から水が出てくる最悪な気分を味わう。
アリスは最高な、そして僕は最悪な海デビューを果たした。
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