第20話

 冬休みに入ってすぐの水曜日、私はヒカリと私の家で遊ぶことになっていた。

 何故買い物などに行くのでなく、私の家なのか。


 理由は二つ。一つ目、近いから。

 二つ目。丁度いい目印があるから。


 ……まあその目印と言うのはさんひょーなのだが。


「というか、何で俺との約束がある日に、な ん で、友達との遊びの約束をブッキングさせるんだよ」

 ヒカリと遊ぶというのを話して言われたその日の第一声だった。


 面白かったので少しからかってみることにした。


「仕方ないじゃない。だってここしか空いていなかったし」

「そんなわけないだろ……部活に入ってない癖に」

「妙に記憶力がいいな。どこかにメモリーが搭載してあるのかな」

「そうそう、この薄い隙間に最新型の薄いメモリーが……ってねぇよ。何言わせてんだ」

 お前が勝手に言った。私はボケただけ。


「くそ、またはめられた……最初の頃より丸くなったと思ったが何にも変わっちゃいねぇな……」


 こいつは本当に面白いな。気が合う。


「……光、遅いな……」

 スマホで確認すると、もう集合時間から10分遅れている。

 今までこんなことは全くない人なのだ、ヒカリは。


「なら丁度いいから俺が話したいことをまず言っていいか?」

「え?ん、別にいいよ」

 何も考えずにヒカリにメッセージを打ちながら答えた。

「軽いなぁ。結構ショック受けると思うぜ? ……まあいいや。じゃあ、聞いてくれよ、ニコーー」


「さんひょーの中身は、まあ、俺はーー俺の名前は成田衛って言うんだけど」

「な」


 成田衛はーー私の父の名前だ。


 ちなみに私の生みの親は、館下ナミという人だ。

 暁音さんじゃない。


 何が言いたいのか、自分でもわからなくなった。

 思い出さないようにしていたせいで、何故私がこんなことを考えているのかわからない。

 後から順を追って、複雑なこの関係を、考え直さなくてはいけないと思った。


「何で会いに」

 来たのか、と聞きたかったのか、来なかったのか、と聞きたかったのか、分からないままさんひょーに問いかけようとした。

 それを遮るようにして"彼"は言う。


 「俺、死んだんだよ」


 死んだ? 死んだ、って……。


 その瞬間、比喩でなく私は地面に頭を打ちつけた。


「…………痛」


「…………!!」

 さんひょー……もとい、私の父はーー驚いているように見えた。

 最も、最初からなんにもやっぱり表情なんてありやしないが。


 車が突っ込んできていたのだ。

 全く気が付かなかった。

 突っ立っていた私は、もろに衝撃を喰らって吹っ飛んで、コンクリートの上に倒れ込んだ。


 「誰」


 私を轢いたのは、誰。


 やばい。誰もいない。倒れていても大量に血が流れているのが分かる。

 視界の縁に赤い何かが見える。


 さんひょーが何かしている。見た目は何も変わっていないのに分かる。


 誰かが走ってくる、足音が聞こえる。


 「ニコちゃん!」


 誰?ヒカリ?来たのか。やばいな。ブッキングどころかドタキャンしてんじゃないか。

 申し訳ないなぁ。


 走ってきたその人が、息を呑む音がした。すぐに電話してーー私に向き合った。


「ニコちゃん、ニコちゃん……私、ずっと言おうと思ってたの」

 何、と言っているつもりなのに、口が回らなかった。


「二人の分も、生きなきゃだめなんだよ」


 暁音さんだった。


「……あかね、さん?」

「大丈夫だよ。さっき救急車呼んだから……!」


 暁音さんが私の手を握る。暖かい。


 違うか。私が冷たいのか。


「暁音さん、そこの……父さんだよ、信じて」

 「え……?」

「成田衛だよ。忘れたの。夫でしょ。話すなり引っ叩くなりなんなりしなよ」


 さんひょーを指さして、気づいたら言っていた。縋り付くように、彼女の服を掴んだ。

 まるで、小さな子どものように。


 暁音さんは目を見開いていたがーー"彼"に向き合った。

 暁音さんは言った。


「…………ないでよ」


 何で私は死ななかったんだろうか、とよく考えていた。

 本当は、本来は、私がいるべき存在ではなかった。


 暁音さんは、本当に優しい。


 許さなくていいのに。私のことも、父のことも。


 私は意識を失った。


 遠くから光の声が聞こえた。

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