第12話
帰り道では、特に何もなかった。
途中でさんひょーが話しかけてきたが、何もなかった。
「あれ?ニコちゃんおかえり。帰ってきたの?何かあった?」
私・笠島暁音はニコちゃんがいきなり帰ってきて驚いたが、顔色がとても悪いことに気づく。
「……うん、ちょっと気分が悪くて」
そう言うと、奥に入っていってしまう。ただいまも言わないのはとても珍しい。
「もし食べられそうだったらゼリー、あるからね」
「ありが、とう」
そのまま自分の部屋へ上がっていってしまった。
私・笠島ニコは二階に行って泣きそうな気持ちでベッドに座りこんでいた。
偶に母が気遣うように二階に上がっては一階へ下ることを繰り返している。
そうしてぼーっとしていたらいつのまにか夕方になっていた。
ぴんぽーん。
「……はーい」
母のスリッパの音がぱたぱたと聞こえてくる。
「……ニコちゃーん!ヒカリちゃんたち来たよ〜」
今、ヒカリ"たち"と言った?
「分かったー」
そうして玄関に行くとヒカリと直人が立っていた。
「……」
なんか二人ともそわそわしてるな。ということは。
「おはようニコちゃん!元気?てかまだ制服だけど着替えてなかったの?」
相変わらずの勢いだ。だけどなぜか、笑う気にはほんの少しもなれない。
「……うん、忘れてた」
本当に忘れていた。ずっと座っていたせいでスカートがぐしゃぐしゃだ。
「体調は大丈夫?」
今朝のことなど何もなかったかのようだ。
「ある程度、は」
「そっか!それならよかったよ!これお便り。あとこれ提出しないといけないやつ。その他諸々をニコチャンに授けましょう」
……うわ、全部面倒くさそう。
「……で、多分まだ何かあるよね?」
二人がうっと顔を引き攣らせる。
「そ、そうなんだよね〜……」
「こちらのお二人で〜す」
直人とヒカリが順に答える。
予想通りだ。
「……寺仲さんに喜多山」
「何で俺いきなり呼び捨て!?」
煩いな、
「印象が今朝で最悪になったから」
「それはこっちの――」
「レイっ!もうそーゆーのいいから!」
「笠島さんが顔色悪いの分からないの!?1回あんたは黙っとけっ!」
寺仲さんが喜多山に負けない位の声を出してこめかみをぐりぐりして黙らせた。
上には上がいるんだね。軽く耳を塞ぎながら思う。
「はぁ、ごめん笠島さん。レイがご迷惑を」
「……いや、別に寺仲さんが謝ることじゃないし……まぁ私も知らなかったから」
「それみろ!」と喜多山が口を挟む。
「黙れっ!」
寺仲さん、声の破壊力、半端ない。耳ぶっ壊れるよ。
ヒカリは耳を塞ぎ、直人は引き気味だけども苦笑いで済んでいる。
「……寺仲さん、私考えたんだ」
その一言で、パッと寺仲さんが顔を上げる。
「やるよ、伴奏」
「ほんとにっ!?ほんと!?やってくれるっ!?」
い、勢いが…………勢いがすごいって。肩が外れるよ。1回、一旦……止まって。
「や、やるよ。あんまり、自信、ないけど……」
「ありがとおおぉぉっ!」
感謝感激雨霰!と言いそうな勢いで私の手を取りぐるぐる回る。
「うぇ……」
思わずえずいてしまう。誰か止めて。本当に。こういうの苦手だ。
「……椎奈、俺に『笠島さんは顔色悪いんだよ!?』みたいなこと言っといてそれは……」
寺仲さんがはっとする。
「ごっごめんね笠島さん……お願い聞いてもらっといて、ちょっと……失礼だった、よね……」
「……大丈夫。というか、伴奏って、もう曲は……」
やるからにはやる。早めに楽譜が欲しいところだ。
「今日決めた」と直人。
「あぁ……」
ふふーん、と寺仲さんが言う。
「そう言うだろうと思って、はい!楽譜っ!」
「おおー!椎奈ちゃん気が利く〜!」
ヒカリはいつの間に仲良くなったんだ?
……元々、仲良かったっけ?と、楽譜を開くとそこには……。
「……大地讃頌……」
難しい奴だよね、と言って四人を見渡す。分かっていて決めるということは。
ヒカリと目を合わせる。思いっきり目が泳いでいる。
「ヒカリ〜?」
「ううっ、ニコちゃんごめん!」
私がこの学校でピアノを披露したことがあるのはヒカリだけだ。ヒカリしかいない。
どうやら口止めは無駄だったようだ。
やはり、ヒカリが寺仲さんに私がピアノを弾けることを言ったようだ。
「……まあやってみるよ。合唱コンクールっていつ?」
「12月だよ」と寺仲さん。
「あと2ヶ月くらいかぁ」
…………。
「……きつい?」
「きつくないわけないよ。でも……まぁ、テスト終わったばかりだからね」
少し考えて言ってみる。
「明日には楽譜見ながらある程度は弾けるようにするから」
「「「「へ?」」」」
と、四人の声が揃う。
じゃあね。こうとなったら時間が惜しい。
「じゃ、また明日、学校で」
「ええっ、ニコさん――」
返事を待たずに、玄関のドアを閉めた。
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