第11話

 何故、あんな事になってしまったのか。

 あの時、なぜ、


 私が死ななかったのか。


 

 次の日、学校へ行くと寺仲さんが私の席の前で張って待っていた。


「おはよう笠島さん。昨日は逃げられちゃったけど、何度でも言うからね!お願い!ピアノか指揮かやって!」


 まるで波のように言葉が流れ込んでくる。少し光と似ている……気がする。


「……あの、1つ質問が」言いながら椅子に座る。

「はいはい。何でしょう。何でも聞きますよ」


 食い気味だな。

 

「何でそこまで私にこだわるの?」

「……えっ」

「ピアノを弾ける人なら他にもいる。指揮だって、私にこだわる必要ないじゃない」

「それは、やむにやまれぬ事情が……」

 

 長くかったので要約すると、『他クラスの弖城裕海って言う人がピアノうまいから勝ちたい!貴方のピアノを一度聞いてびびっときたから、お願いピアノやって!指揮でもいいから!』ということのようだ。

 それでも、私はやるわけにはいかない。

 

「はぁ……それでも私」

「……嫌ならやらなくてもいいの」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら、いきなり声が弱々しくなった。

 

「さっきまでどうしてもって言ってたのに?」

「……私の自己満足だから」

「そっか」

 

 できない。きっと出来やしない。


 あの頃みたいに純粋ではなくなってしまってから、ずっと真面目に弾いていない。


「私はできるけど断ってるんじゃなくて、本当にできないから断ってるんだ。そこまで言うなら自分でやってよ、寺仲さんも弾けるでしょう」

 

 早口で捲し立てる。寺仲さんの表情が曇ったように見えた。

 

「……でも私は……」

「椎奈は手が前ほど動かないんだよ」

 

 喜多山が割り込んできた。

 

「レイ」

「知らないのか?椎奈は今年の夏休み、事故に遭って。手が麻痺したんだよ」

 

 その声が少し怒っている。


「……そんなの知らないよ」

 

 だって私と関係ないことだし、興味もないから。何でそんなことを言われなければならないのか、理解できない。


「知らなくたって関係ないだろう!?自分で弾けばいいなんて言える状態じゃ――」

「煩い。勝手にして」

 

 騒ぐ喜多山の声を遮って立ち上がる。

 「レイ」寺仲さんが呼び止める。


「あんなのに頼るのが間違ってた」

 人の心も事情も考えない奴に。


「でも私はあの人に」

 弾いてもらいたかったんだよ。


 会話が遠ざかって行く。今日はもう帰ろう。きっとおかあさんも分かってくれる。


 こうなったらもう終わりなのだろう。

 一度嫌われて、そうしたら私の事で噂が流れる。

 そうしてまた私は此処からいなくならなければいけなくなる。


 そうしたら、きっと――。


「ニコさん?どうしたの?」


 顔を上げると、直人が立っていた。

 

「……直人」


 思わず返事をしてしまう。

 

「どうしたの?顔色悪い、けど……」

「……ごめん、ちょっと……今日、私欠席って伝えといてくれると、助かる」

 

 どうにか声を絞り出して、早足で直人から遠ざかる。

 今日はダメだ。

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