第8話

「ただいま」

「おかえりニコちゃん!ヒカリちゃんもいらっしゃい。と、新メンバーは……」


 新メンバー、とな。

 やはりヒカリさんは来慣れているようだ。僕は部外者のような気がしてしまう。


「直人だよ、お母さん」

「直人くん!よろしくね〜!私は笠島暁音だよ」


 とても明るい。ニコさんとはまるでタイプが違う。まあ、親子とはそんなものか。


「オムライス作ったの!ニコちゃん、ここに来た時から好きだよね〜」

「うん」


 あれ。


 彼女の顔が一瞬かげり、そして笑顔に戻る。


 気のせいか……?


「ほら〜みんな早く手洗って〜」その声にはっとする。


 その場の雰囲気で、3人で洗面所へ移動した。

 もうその時には、ニコさんが一瞬見せた筈のあの顔は、面影すら無かった。


 暁音さんのオムライスはとてもおいしかった。ニコさんによると、昨日のシチューの具材の余りを使ったそうだった。


 ニコさんがお手洗いで席を外した時、暁音さんに尋ねてみた。


「この部屋って何ですか?」

「あ、私も気になってた」


 この家のリビングは、入ると正面に和室のような引き戸があった。ずっと気になっていたのだ。

 あまりこのようなことを聞くべきでは無いと分かりつつも、聞かずにはいられなかった。


「ここ?ここは和室だよ。仏壇が置かれてるの」


 その言葉に背中がひやりとする。


「ご、ごめんなさい。やはりあまり聞かない方が良かったですね」


 その時に初めて、自分が冷や汗をかいていることを理解した。

 こんなこと初めてだ。


「いいのよ。でもニコちゃんとの会話では触れないでおいてくれるかな……」

「分かりました」

「……」


 何故だろう、ヒカリさんが珍しく黙っている。


「ごめんお待たせ。お見送りするよ」

「お言葉に甘えてじゃあ途中まで〜。暁音さん、ご飯おいしかったです」

「いえいえ。また来てね」

「ありがとうございました、お邪魔しました」と僕もお礼を言う。とその時、暁音さんがこそっと耳打ちをする。

「直人くん。ニコちゃんとこれからも仲良くしてね」

「はい」


「じゃあ、ニコちゃんまた明日〜」

「誘ってくれてほんとにありがとう」

「いいよ。おかげで楽しかった」


 3人でそんなふうに言い合って別れて、ヒカリさんと2人になる。


「……ニコちゃんって、やっぱり辛いことあったんだろうな」

「え?」


 唐突だった。

 さっきまでの雰囲気を完全に断ち切るような重いトーンに、思わず息を飲む。


「友達だから話してほしいとは思わないけどさ、無理はしないでほしいよね」

「……そうだね」


 友達が何処まで“それ”に踏み込んでいいのかはともかく、という言葉は飲み込んだ。

 それは、酷く残酷なことな気がした。


「お、帰宅か?気をつけろよな、案外信号無視するやついるし」


 と、さんひょーが話しかけてきた。


「説得力ある〜。気をつけまーす」


 ニコさんの家に行くため、通ってきた道を戻る。僕の方がニコさんの家寄りで、彼女はもう少し学校に近い。

 送って行こうか、と言おうとも思ったが、彼女が先に断った。


「すぐそこだし。あたし、一応柔道、紅白帯だもん。大丈夫だよっ」


 紅白帯?初めて聞いたぞ。

 これは後から知ったが、紅白帯は黒帯の上だそうだ。それより上もあるだと言うのだから、恐ろしい。


「分かった。気をつけてね」


 あの時のニコさんの表情の違和感は、僕はもうその時には、すっかり忘れていた。

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