第7話

 放課後。

 例の道路標識の元へ、私たちは自転車を押して向かっていた。


「ねぇねぇニコちゃん。本当に、本っ当に標識が話すんならさ……聞いてみたいことがあるんだよねっ!」


 興味津々というような爛々とした目で、ヒカリが口を開いた。


「聞いてみたいこと?」

「そう!『性別あるのか雌雄同体なのか』!」

「いや本人……本標識は物だって言ってたしそういう概念ないんじゃ?」


 どう言う意図なんだ?


「ぁーもー。わんちゃん性格がイケメンだったら……」


 え、何。彼氏にしようとしてる?何なんだ?そんなわけない。

 ………………よね?


 そうやってしばらく無言で進み続けると、例の道路標識が視界に入った。


「あっ、もしかしてあれですか?」

「よくわかったね。おーい、返事しろこのクソ標識」

「なんだとっ!?どの口が俺をクソ標識と……あっ」


 よし、これでもう隠れられまい。


「うわ……かんっぜんに嵌められたわ。性格悪いなお前」

 「どうもありがとう」


 案の定、2人は驚いているようだ。それも仕方ない。道路標識が喋るんだからな。


「ニコさん……いきなり話しかけられてよく平静を保っていられたね」

「ニコちゃん、適応のーりょくえげつない……」


 嗚呼違う、驚いたと言うより引いてる。


「……とまぁ、此奴が標識。ガコガコ煩くて、何なんだ誰なんだと独り言を言ったらいきなり話しかけられた」

「そう言う言い方をすると俺がヤバい奴みたいになるからやめてくれよ……?」


 いや十分ヤバい奴だと思うが。まぁ何も言わないでおこう。


「うひょぉー……ほんとに喋ってる!」とヒカリ。信じてもらえたようだ。


 でも、この状況で信じない方がおかしい気もする。


「自己紹介した方がいい?僕は筒井直人」

「直人か。俺も自己紹介……てか、俺名乗る名は無いんだよ」


 当たり前だろ。


「あたし江川光〜。いごおみしりおきを〜」


「そういえばお前のフルネーム聞いてないな。さっき聞いてたがニコとか言ったか?」


 確かに、よく考えると自己紹介をしていなかった。こいつは、私の名前すら知らないんだっけ。


「そう。私は笠島ニコ」

「名は体を表すとか言ったけど、あんたはそんなことなさそうだな」

「失礼だな。あんたに言われたく無い。表情筋無い癖に」痛いところを突かれた。


「標識のひょーちゃん」

「いきなりどうしたの……??」


 直人がヒカリを見て困惑している。


「決めた!あんたは今日ならさんひょーちゃんだ!」

「さん……どういうことだ?」


 と、標識改めさんひょーちゃん。


「ほら、時速30キロまでの標識だから、略してさんひょー」


 これまた、すごいネーミングの仕方だな。


「すごいネーミングだね……」


 どうやら、直人も同じことを思っていたようだ。


 と、そこで。

 私のスマホが着信音を鳴らし始めた。発信元は母。


「あ、ちょっと電話……もしもし?」言いながら一度ニ人と一本から遠ざかる。

『ニコちゃーん。もうちょっとでオムライスできるけど、まだ帰ってこない?』


 オムライスか。久しぶり、かもしれない。


「あ、ごめんね。もうちょっとで着く。ホームルームが長引いたの」


 決して嘘では無い。


『おっけーわかった!切るねっ!』


ぶつっ。


「なんだった?」とヒカリ。

「もうちょっとで夜ご飯できるって。だからもう家行こう」

「分かった。話してくれてありがとう、さんひょー」と直人。


 早速、さんひょー呼びが定着しているようだ。


「あーちょっと待て。ニコにちょっと話があるからヒカリと直人は先に行っててもらえるか?」

「おー?何かなー……」


 ヒカリは何故かニヤニヤしている。どう言う思考をすればその顔になるのだろう。


「分かった。ヒカリさん行こう」


 直人。その判断、すごく助かる。


「で、話って?」

「特別ゲストをお呼びしてるんだ。遠いところからこっちに向かってるらしい」

「それは……例の煩い移動の仕方で?」


 あれは目立つ。どうやってここまで来るというのか?

 道路標識が移動するなんてあり得ない。見つからないように移動などできないと思うのだが……。


「否、それは近距離移動用。遠距離なら地面に潜る」


 それもあり得ない。いや、道路標識が動けること自体、あり得ないことだった。


「見事に予想の左斜め下行ったわ」

「ま、そーゆーことで。明日の朝には着くらしいぞ」

「……分かった。早くいかせろ」


 特に理由があるわけでもなく、ただ単に、お腹が空いた。


「相変わらず冷たいなニコ……」

「はいさよなら」無視無視。

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