第2話

「呼んだか?」


 答えたのは道路標識だった。

 信じられない。嘘だろう。

 誰かが悪戯をしているのか?何のために。


「……」

「おい、そんな怪訝そうな顔で見るなよ」


 相変わらずザラザラとした声で返事を返してくる、此奴こいつは何なんだ。


「こんなほっそいのに、一体何処に臓器があるっていうのよ」


「常識的に考えろよ、俺は道路標識。ただの人間に作られたモノだ。この体のどこに臓器があるっていうんだ?」


 誰が見ても異常なこの状況に、いったいどうやって常識を適用しろというのだろう。


「しがない……"死が無い"ってことか?」

「まあ、モノにも寿命はあるけどな」


 この標識、やけに達観しているな。果たして何年ものだろうか?ところどころメッキが剥がれてさびていて、新しいものではないことはわかる。


「ただのモノの割には、随分ファンタジックだ」

「お前のことは見えるし聞こえるからな。もう1回言うけど、ただのモノだし、ただの金属だよ」


 じっと観察するが、スピーカーや機械らしきものは何処にもついていない。


「知ってるか?人に向かってお前とか言うと、最近はパワハラになるんだよ」

「世知辛い世の中になったな……」

「それは何処から目線なんだよ」

「道路標識目線ってところか」

「……至極当たり前だな」

「そりゃそうだろう。実際、道路標識だ」


 立て続けに話して、口が渇いた。下げていた水筒を開けて、一口飲む。

 お茶は少しぬるい。


「ところでこれ、ホントにどうなってるんだ?私にとってはいきなり……そう、道路標識が喋り始めたわけだけど」


 少し不安になり、辺りを少し見回した。

 見た限りでは、特に人の気配はないが……。


「このままだと人に見られたら私ただの変質者になっちゃうから、さ」


 そう言いながら、その声のする方向をさまざま考えてみる。

 どうやら声は完全に標識の中からしているようだ。

 金属で塞がれたような、くぐもった声が聞こえる。


「重々承知の上だ。安心しな、俺の声はお前にしか聞こえない"ようになってる"から」

「もっと困るんだけど?」


 ふと手首の腕時計を見て、そこそこの時間が経過していることを理解した。

 もう帰らないと。おかあさん1人の家では不安だ。


「もう私、家帰らないといけないからさ。後の話はまた明日の朝に——」

「マジかよ。最近の高校生は門限がシビアだな~」

「自主的に帰ってるだけだが?いちいち突っかかってくるなよ、道路標識のくせに。道にはみ出てたら困るだろう?」

「つれないなぁ。もうちょっと現実から離れろよ。道路標識が喋ってるんだぜ?」


 無視して、自転車を漕ぎ直そうとする。


「うぉおい。ちょっと」


 がこん、がこん、とうるさい音がして振り向くと、その標識――『時速30キロまで』の古びた道路標識――が、


 跳ねながら移動していた。此方こっちに。


「は?え、ん……?」


 あまりのシュールな光景に驚きが隠せず、間抜けな声が出る。


「驚いたか?へへん、俺らはこんな風にして移動できるんだぜ?」

「俺らってことは全員そうなのね。ますます意味わかんない」

「察しがいいな。気に入った」


 呆れた。


「帰るからね」


 振り返らずに漕ぎ続ける。数秒後、

 あー、いっちまった。と、其奴そいつが言った。

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