弥勒義兄の力はスゴイという話

「な、何でそうなるの?」

『うん?』

「うん? じゃなくてさ…」


 やっと状況が呑み込めた俺は、体勢を整える。早く成仏してもらわなければ、話がややこしくなるだけだ。

 何て言えば成仏してくれるんだ?


「可愛く『うん?』って言ってもダメだ。そこ、座って!」


 何かこの世に未練があるなら、彼女の願いを叶えてあげよう。そうしない限り、一生このままになってしまう。それは非常に困る!


 俺は腹をくくるしかなかった。深入りするな、は通用しない。なんてこったい。


 その時だった。御堂の外から声が聞こえてきた。


碧海あくあ~」


 扉が開いたと思ったら、布団と枕を抱えた斗真がべろんべろん状態で入ってきたのだ。しかも後ろには心配顔の弥勒義兄までいる。


「えっ? どうした?」

碧海あくあ~」


 斗真がもたつく足でヨロヨロと倒れ込んできた。


「おい、どうしたんだ? うへっ、酒臭い…」

碧海あくあ~、ごめんよぉぉぉ」

「な、何謝ってんだよ? 訳わかんねぇよ。斗真! しっかりしろ!」


 俺は何とか斗真を座らせ、弥勒義兄に説明を求めた。どいつもこいつも、面倒くさいぞ。


「斗真くんがね、どうしても碧海あくあくんに謝りたいと」

「なぜ?」

「うーん、おそらくここがお寺だっていうことを改めて認識したみたいだよ」

碧海あくあ~、俺と円香ちゃんのために、おぃおぃ…ぐすん。あじがとーぉぃぉぃ…」


 斗真はそう言うと泣きながら、鼻を垂らして眠り込んでしまった。あぁ、もうなんて奴だ。

 叩いても、鼻をつまんでも起きる気配がしない。

 諦めよう。このまま動かせる自信もないし、幸いにも布団を持ってきているから、眠ってしまっても大丈夫だろう。


「すみません。斗真の奴、大人しく俺の部屋で寝てくれて良かったのに」

碧海あくあくん、良いお友達と出会ったね。私も碧海あくあくんに斗真くんのような純粋な心を持った友ができて、本当に嬉しいよ」

「弥勒義兄まで、何を」


 アホ面した斗真がう~んと寝返りをうつ。


碧海あくあくんもそう思っているから、幽玄さんの数珠を彼に渡したんだよね? そしてここに来た」


 弥勒義兄は何でもお見通しだった。


「それと、ずっと気になっていたんだけど、碧海あくあくん自身も面白いモノをつれてるね」

「あ…いや…、えっと…」


 そう、さっきからあの子が俺に抱きついているのだ。離れろって心の中で叫んでもびくともしない。


 それにしても「面白いモノ」って。弥勒義兄にはどんな風に見えてるんだろう。


「ま、夜は長い。私でよければ話を聞くよ」

「弥勒義兄…」


 俺は何から話せばいいのかわからず、火箸を器用に扱う弥勒義兄の手を見つめていた。


「まずは…そうだな、斗真くんの事、それから碧海あくあくんのことを聞かせてもらおうか」


 弥勒義兄が深く穏やかな声で俺を誘う。


 俺は弥勒義兄の力を頼ってここに来た。斗真と円香ちゃんを助けて欲しくて。だから、ここ何日間かで起きた出来事を時系列でポツリポツリと話し始めた。

 ちゃんと伝わるか不安に思いながらも、円香ちゃんに見えた靄のこと、斗真に起こったこと、公園の子どもの鳴き声のこと、円香ちゃんが行方不明になっていることを全て話した。


 もちろん、公園で後ろにいる彼女と出会ったことについては、うまく端折って話を進めた。


 途中弥勒義兄は、なにも言わずじっと俺の話を聞いていてくれた。穏やかな瞳で、時々顎に手を添えながら何かを考えている仕草を見せる。


「それで、私に斗真くんに憑いているものが、彼に悪さをするモノかどうかを視て欲しいんだね?」


 パチッっと火鉢の炭が音を立てた。


「はい。恐らく斗真に憑いているのは円香ちゃんの霊じゃないかと思ってはいるんです。でも俺にはどうしてやることも出来なくて。円香ちゃんが生きているかも分からなくて。すみません」


 弥勒義兄は、「私を頼ってくれてありがとう」と言い、俺の肩をポンポンと叩いた。

 いつもと同じ、暖かく優しい温もりを感じる手だった。


「ちょっと、幽玄さんの数珠を外してもらえるかな?」

「あ、はい」

「守りが解ければ、私にも何かわかるかもしれない」


 俺達は斗真に何かが起きるのを待った。


 当の斗真はスヤスヤ眠っている。ここ最近円香ちゃんのことで眠れていなかったから、アルコールの力を借りたとしても、眠れてよかったのかもしれない。


「そう言えば、碧海あくあくんの後ろにいるのは?」

「あ…」


 俺はなんと説明しようか迷っていた。だってここは不動明王の前だ。なぜ不動明王の力が発動されないのか、不思議だった。ここに集う霊達は不動明王の側には寄り付かないのに。


『へー、この人にも私って、見えてるってこと?』


 彼女は楽しそうに、弥勒義兄の回りをくるっと一回りして、俺の隣に行儀よく座った。あれ? ブーツはどうしたんだ? 彼女はいつの間にか裸足で座っていた。

 霊が亡くなった時の姿以外に、服装などを変えられるなんて初めて見た。


「弥勒義兄…?」

「女性だね。碧海あくあくんが連れてるのは」

「そ、そうです」


 弥勒義兄は手にした数珠を指でなぞりながら、目を閉じる。俺は弥勒義兄の次の言葉を待った。


「君は碧海あくあくんを助けてくれたのだね。それは感謝しなければ」

「えっ?」

「う~ん。そうか…」


 隣で彼女が、うんうんと頷いている。


「どういうこと?」

「それは、今夜の碧海あくあくん、君の行動を省みればわかるだろ?」

「あ…」


 俺は学くんの想いに触れた時のことを思い出していた。あの闇の中、半ば諦めていた俺を助けてくれたのが彼女だったということ?

 

「私には彼女を導くことも、祓うことも出来そうにないな。碧海あくあくんに任せよう」

「それって、どういう意味?」

「彼女は何か…」


 弥勒義兄が何か言いかけたその時だった。


「う…っ、ぐ……」


 斗真からイビキとは違う、呻き声が聞こえて来た。


「斗真?」

碧海あくあくん、何か来るぞ」


 弥勒義兄が数珠を構え、厳しい顔を斗真に向ける。やっぱり斗真には悪いモノが憑いてる。


 俺は確信した。


 ズーーーッ、ズーーーズリッ…。

 御堂に不気味な音が響いた。

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