3 陽菜の兄

「お兄さんは卒業後すぐに一人暮らしを?」

「ううん。しばらくは実家にいたのだけれど、父と折り合いが悪くて」

 素人捜査には限界がある。しかも親族が思い当たるところに当たった後なのだ。それでも陽菜はるなの力になりたかったれんは当時の状況について聞くことにした。

 失踪とは言うが自らなのかそれとも誰かに連れ去られたのか、予測を立てるところから始めなければならない。


「交際相手はいなかったんだよね?」

「わたしの知る限りでは」

「フリーライターということだけれど、借金なんかは?」

 家賃滞納や借金などによる夜逃げという線を怪しんでみたが。

「それはないみたい。兄が居なくなってからも、たまにポストの様子を見に行ったり部屋の掃除に行っているけれど、督促状などをみたことがないし」

 ”それに”と彼女は続ける。

「預金は十分あるみたいなの」

「なるほど。じゃあ、怪しい入金とかは?」

「一応通帳の記帳もしてみたけれど、特には。兄が株と投資で儲けていたことは知っているわ」

 だがそれも日付を確認する限りでは、兄が実家を出るあたりまでの話。

 それ以降は期日に賃貸料金や伝光熱費が引き落とされていたらしい。


 そこで戀は”伝光熱費?”と彼女の言葉を頭の中で反芻する。

 ネタを追っていてあまり家には帰らなかったらしいが、失踪したなら明らかに金額が変わる月が発生すると思った。

 日付は分からないにしても、大まかな月はそれで判明されたはずだ。そのことから失踪に気づいたのだろうか。


「他に話しておいた方が良いことは?」

 駅に向かいながら話す二人。はたから見たら恋人同士に見えるだろうか。

「そうだな、お兄さんは何について調べていたの?」

 次は連れ去られた可能性や事件性について検証しようと思った。

「それがよく分からないの」

 スクープ狙いなら他言無用なのは頷ける。しかし方向性くらいは知りたいと思った。でなければこの件は暗礁に乗り上げてしまうだろう。

 そう思った戀は少し考えるように顎に手をやりながら、ヒントを探る。何か手がかりはないものか。


「『スクープ』と言えば芸能関係のイメージが強いな」

 某SNSのニュース、トレンド一覧を思い出しながら戀はそう口にする。

 すると陽菜は何かを思い出したように戀の後に続いた。

「そう言えば、以前。父と兄が揉めていたことがあったの」

「揉めていた。それは、その……仕事のことで?」

「今思えば、そうだと思う」

 当時の彼女には分からなかったようだが二人は怒鳴り合いの喧嘩をしていたらしく、その内容が記事に関することなのではないかと言う。


「父が『お前はコソコソ他人ひとの粗探しのようなことをして何が楽しいんだ!』と兄に言っていたのよね」

「粗探し?」

 粗探しとは他人の欠点をさがし出すことや探し出して悪口を言うことの意。

 つまり芸能関係ならスキャンダルを指すのだろうが、粗探しなどという言い方をするだろうか?

 芸能関係のスキャンダルと言えば性的暴行や不倫、そして麻薬などが思い浮かぶ。それを粗探しと言うにはイメージが合致しない。


「陽菜さんのお父さんは、お兄さんがどんなことを調べているのか知っていたのでは?」

「わたしもそう思って聞いてみたのだけれど、父は知らないの一点張りで」

 せめて『粗探し』と表現した理由だけでも知りたいと思ったが、そう上手くはいきそうにない。

「そうだわ。今、思い出した」

「うん?」

「兄は失踪前に『もうすぐ夢が叶う』って言っていたの」

 ”独り言で”と彼女は続けて。

「夢? お兄さんの夢って?」

 いよいよ失踪事件に関わることかと思った戀は話に食いつく。


「それは、『スクープを取って父に自分の仕事を認めてもらう』ことなの」

 戀にはその意味がいまいちピンとこなかった。定収入の仕事ではないから認めてもらえないのか、それとも他に何か理由があるのか。だが契約をしているライターならば高収入とは言えずとも暮らしていけるほどの収入はあるはずだ。

「フリーライターは定職でないから認めて貰えないということ?」

 疑問を口にする戀に彼女は左右に首を数度振る。

「父は兄に自分の仕事を継いで欲しかったみたいなの」

 少し視線を落とした彼女の瞳は、悲し気に見えたのだった。

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