2 事実と自覚

 結論から言えば、可能性の一つが消えた。

 地下書庫を利用するのには図書カードが必要だからである。抜け道があるのではないかと思ったれんは、地下書庫の造りについて尋ねた。

 地下書庫の入り口は1か所のみであり、鉄の扉でカギがかけられる仕様。誰かが利用するときは職員が一緒に中へ入り、利用者からカードを預かって退出まで管理するとのこと。普段は鍵がかかっていることもあり、容易に入ることは不可能だ。


「どうやら地下書庫の線は消えたようだな」

「そうね」

 戀の言葉に肩を落とす陽菜はるな。手がかりが途絶えてしまったため元気を出せとも言えず、出入り口に向かいながらふとエレベーターのある側とは反対側に視線を向ける。

 そこは本棚の陰になっていて、貸し出しカウンターからも死角にはなっているが新聞コーナーと絵本コーナーがあった。さらにその近くには児童図書のコーナーが。三階を見上げれば、学習室もあるらしい。

 なるほど、こちら側は図書館の中でも実用的な配置になっているようだ。

 兄弟で来るにしても、親子で来るにしても。


「陽菜さん、この後どうする?」

 近くの時計台を見やればお昼にはまだ2時間ほどある。陽菜に一緒に駅へ行くと約束していることもあり、このまま駅へ向かわないかと提案しようと思っていた。

「ねえ、さっきのアトリエのようなところが開いてる」

「ほんとだね」

 来るときは見かけなかったが、縦看板が図書館のデッキ部分からもよく見える。

 どうやら何かを販売しているらしい。手作りと書かれていた。

「ちょっと寄ってみたいな」

「いいね」

 兄のことで落胆していた彼女の笑顔を見て、戀も思わず笑顔になった。


 中に入るとこじんまりとした店内。壁際にアクセサリーをひっかけられるようになっており、その下にはガラスケースの台。中央にも同じような台があった。

「綺麗。ガラスなのかな?」

 どうやら手作りのアクセサリーのようだ。

 入り口に視線を移せば入る時には気づかなかったチラシの棚がある。

「わあ、このネコのアクセサリー可愛い」

「そうだね」

 戀は陽菜の手元を確認するとチラシの棚の前に行き、一枚とって眺めた。

「手作りの一点ものらしいよ。教室も開いていて、生徒さんが作ったものも販売しているんだって」

「そうなんだ」

 横で唸る陽菜を尻目に戀はチラシを戻すと、別なチラシを手に取る。そこには子供食堂の案内が書かれていた。何かの役に立つかもしれないと思い、畳んでポケットにしまう。


「で、買うことにしたの?」

 店を出ると陽菜に問いかけるが彼女は力なく首を横に振った。

「ちょっと高いなと思って」

「ハンドメイドだもんね」

 確かに量産品ならあの値段の10分の1で買えたかもしれない。だがあれは一点もの。機を逃したら買えない可能性もある。戀はおもむろにジャケットのポケットに手を差し入れると小さな包みを取り出す。

「そんな陽菜さんにプレゼント」

「え?!」

 彼女が驚くのを見て戀は微笑んだ。出会ってまだ間もない相手にするようなプレゼントではなかったが、落胆する彼女を見てそうしたいと思ったのだ。

「開けていい?」

「もちろん。でも落とさないようにね」

 コクコクと頷く彼女が可愛い。そんな彼女を見ながら、たった二日なのになと戀は思っていた。


『新しい恋も悪くないものよ』

 ふと叔母の言葉を思い出し、そうだなと思う。表情のくるくる変わる陽菜に、いつの間にか自分は恋に落ちていたのだろう。穏やかな気持ちで彼女を見つめていた戀は、不意に瞳がかち合いドキリとする。

「ホントに貰っていいの?」

「うん」

「嬉しい。大切にするね」

 嬉しそうに手の中のネコアクセサリーを見つめる陽菜。可愛いなと思い、戀は思わずその髪に伸ばした指先をひっこめる。同意なく触れるのはどこであってもセクハラだ。自身にそう言い聞かせ、手を軽く握って下ろす。

「このまま、駅に用事を済ませに行かない?」

 好きだと意識してしまうと人は少しぎこちなくなってしまうものだ。この気持ちが気づかれなければいいと思いながら、戀は目的を果たすべくそう提案するのだった。

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