2話 過去の綻び

1 図書館での痕跡

 図書館の中に入るとそこはまるでファンタジーの世界であった。

 三階建ての建物で吹き抜けになっており、天井は所々が丸いガラスとなっていて、そこにはUVカットの加工がなされているようだ。扱っているモノが書籍なので、明かりをたくさん取り入れる工夫と、本が日焼けしないような造りになっているのだと思った。そこに三階付近まである高い本棚が背中合わせになって、中央にずらりと並んでいる。

 入り口付近にはエレベーターも設置されており、案内板をを確認すればどうやら地下にも書庫があるらしい。その地下書庫は貸出不可の書籍がおいてあるようだ。

 吹き抜け部分から三階を見上げるとエントランスの手すりは実にお洒落で、アンティークな造形が施されている。

 外からチラリと見ただけでは分からなかったが、丸太の椅子やアンティークなソファーがそこかしこに置かれていた。


「なんだか居心地の良さそうなところだね」

 三階を見上げる陽菜はるなに言葉をかけると、彼女は素直に頷く。

「今はスマホ1つでなんでも検索できるし電子書籍もあるから、図書館を利用する人は減っているでしょうし、そうなると来たいという気持ちを起こさせる工夫が必要なのかもしれないわね」

 れんもその意見には同意しかない。

「ここへは本を借りに来たのではなく、お兄さんの痕跡を探しに来たんだよね?」

「うん」

 頷く陽菜から視線を移し貸出カウンターの方を見やる戀。

 確か彼女の兄は頻繁にここへ来ていたとのこと。となれば、職員の誰かが覚えていても不思議はない。

「お兄さんの写真は持ってる?」

「あるわ」

 彼女はバッグを探る。そのかん戀は何を聞くべきか思案していた。


 図書館にも守秘義務というものがあるだろうから、何を借りていたかは教えては貰えないだろう。ただ、頻繁に来ていたということから一度では目的のものが探せなかった可能性はある。

 陽菜の兄はフリーのライター。彼がどんな記事を作成していたのか分からないが、失踪したことを考えると何らかの事件に巻き込まれた可能性は否定できない。

 

 戀は図書カードを作るためのカウンターに近づく。

 館内での閲覧はだれでも可だが、貸出の場合は市内在住者に限られカードを作る時に住所や氏名が確認できるものが必要なようだ。

「お兄さんは市内在住?」

「えっと、そうよ」

 貸出期間は最長二週間。延滞料はかからないようだが。

「お兄さんが失踪してから、その家には行ったことある?」

 先ほどは急に声をかけたから反応が遅れたのだろうか。彼女は戀の言葉にすぐさま頷いた。

「その時、ポストは確認した?」

 戀の質問の意図がわからないのだろうか、彼女は不思議そうな表情をしながらもコクリと頷く。


 失踪したと断定づけるためには何か基準があるのだと思う。頻繁に連絡を取っていたなら数日で気づくだろうが、普段からあまり連絡を取っていない相手の安否というのは、何処かからの何らかの連絡にて気づくのではないだろうか。

 事故や火災などなら警察や病院。他には連絡を取りたくても取れない友人。会社勤めなら会社から。そして賃貸料金などを延滞してしまったなら店や大家、管理会社などから。

 ここへ通っていたことを知ったのは彼の手記によるもの。

 失踪に気づいたそのきっかけは聞いておくべきだろう。


「じゃあ、ダメ元でお兄さんを見かけたことがある人はいるのか、最近も本を借りに来ているのか聞いてみよう」

 彼女の話を聞いている限りでは、これに関して有力な手掛かりを得られるとは思っていなかった。

「この方は図書カードを作ってはおられないようですね」

 頻繁に来ていたにも関わらず、覚えている人はいないようだ。覚える可能性があるとすれば、しょっちゅう貸出カウンターを利用するか毎日朝一に入館、もしくは閉館までいるか。印象的であれば人の記憶に残るものだ。

 落胆する陽菜の横で、もう一つの可能性について戀は職員に質問してみた。

「地下書庫を利用する場合は?」

 持ち出し不可の書籍を拝読するために通っていたという可能性である。

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