6 図書館と君
気まずい思いをしながら、街路樹が色づくタイル貼りの歩道を行く。
明るい話題でも振れればよかったが、あんな話題の後なのだ。なかなか思考が回らない。
友達の定義は人それぞれだと思う。それは心を許せる相手かもしれないし、自分を常に肯定してくれる相手かも知れない。何でも相談に乗ってくれる相手かも知れないし、いつも一緒にいてくれる相手かも知れない。
だがどれにも当てはまるような相手がいない自分には、やはり友人と呼べる相手はいなかったのだろうと思う。
叔母がマスターをしている珈琲店は、元は祖父がマスターをしていた。彼女は幼いころから彼に店に連れられていたそうだ。遅くにできた末の娘が可愛くてたまらないというよりは、待機児童だったことが大きな原因らしい。
祖母はパートに出ており叔母の面倒が見られなかったが、常連客が相手をしてくれていたため明るく人見知りをしない子に育ったという話も聞いた。
戀もまた子供のころからあの珈琲店にはよく行っていたものだ。それでも今向かっている図書館に行ったことがないのは、ここ数年の間に開館したからである。
図書館の白い近代的な建物が見えてきた頃、ふと陽菜が立ち止まった。どうしたのだろうと戀も慌てて立ち止まる。
「ネコがいるわ」
アトリエなのだろうか。赤い首輪をつけた黒猫がちょこんと座り、ガラス張りの向こうからじっとこちらを見つめていた。
「好きなの?」
聞いてしまってから寂し気な彼女の瞳に気づく。その表情に戀はドキリとした。
「実家で飼っているのだけれど、兄によく懐いていたなと思って」
過去形なことと寂し気な表情が気になった戀はおずおずと問う。
「もしかして」
その猫は夜空の星になってしまったのだろうか。言葉の先をどう繋ごうか迷っていると、彼女はバッグを探りスマホを取り出す。
「見て、可愛いでしょ。これはまだ子猫の時だけれど」
彼女の待機画面は子猫の写真。眠る姿が可愛らしい。彼女の様子を見ている限りではその猫に何かがあったようには感じなかった。
とするとあれは、兄を思い出しての表情だったのか。
陽菜はそのままショーウインドウの猫を数枚の写真に収めると、こちらに向き直りスマホをバッグにしまう。
「想像よりも立派な建物ね」
目的の図書館は目と鼻の先にある。
「アートな建物だな」
陽菜がどんな想像をしたのか分からないが一階部分が駐車場となっており、中二階のデッキのようなところから中に入る仕組みのようだ。図書館の周りには木々が生い茂っており、さながら森の中の図書館と言ったところか。
先ほどは白い壁の部分しか見えなかったが、全体的にマジックミラーの割合が占めておりそこには雲一つない秋空が映し出されている。
建物に圧倒され立ち尽くしていた二人だったが、ここへ来た目的を思い出し顔を見合わせた。
「いつまでもこうしていては埒が明かないし、入ってみようか」
「そ、そうね」
メッシュの仕切りに銀の丸い手すり。滑り止めの施された薄いオレンジ色のタイルに黒のアクセントの入った階段。幅は標準体型の大人四人が通れるくらいだろうか。利用客が多い建物なのに階段が狭まく作られているのは落下または転倒防止のためなのかもしれない。狭ければ自然と手すりに手は触れるものだから。
中二階のデッキで一呼吸置き入り口に目を向ける。ちょうど人が中から出てくるところだった。開かれた自動ドアの向こうには白木色丈夫そうなの本棚が立ち並び、ウッドデッキがチラリと見える。外観を見た時、全体を占めているのがマジックミラーだったことを思い出す。
「まるで空中図書館のようね」
「そうだね。なんだか少し怖いな」
うきうきと図書館の中へ向かう陽菜とは反対に、高所恐怖症の戀は暗い面持ちで彼女の後に続いたのだった。
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