4 心惹かれていくもの

 陽菜はるなの悲し気な表情をみていたれんは彼女を笑顔にしてあげるためにも必ず彼女の兄の行方を突き止めようと決心した。

 それにはまだ情報が足りない。わかりやすくまとめておくためにもノートが欲しいなと思う。ポケットの中にはスマホがあるが、こういう時はやはりノートに手書きをする方が便利だ。

 図書館は珈琲店から徒歩20分の距離にはあるが、そこから駅へ向かうには来た時の道を辿る必要はなかった。位置関係に関して三角形のような感じである。同じようにタイル貼りの道があるが来た時と違って歩行専用。いや、正しくは50㏄までは可なのでスクーターや自転車が通ることもある。


 駅の近くまで行ってしまえばコンビニもあったが、思い立ったが吉日という性格も持ち合わせている戀は、近くに雑貨屋ないし100円ショップでもないかと辺りを見回す。

「どうかしたの? 戀くん」

「ノートを購入しようかとおも……あ、文具屋がある」

 まるでそこだけ時代から取り残されたかのような古めかしい個人商店が建っていた。恐らく自宅の一階を店舗用に改装したのだろう。

「ちょっと寄って良い?」

 その隣には衣料用品店。こちらは学生服や学校指定の運動着を扱っているようだ。つまりはこの近くには小学校か中学校があるに違いない。


「うわっ。可愛い!」

 文具屋の店内はさして広くはない。建物や看板は古めかしい造りだったが、最近改装したのだろう。中はワックスがかかった白木の床に、同じように白木の棚が輝いていた。そこに所狭しと並べられた文具はメジャーなメーカーの品ばかり。

 しかし商売相手が学生ということもあって、シンプルなものから児童が好みそうなキャラものまでさまざま。


 タブレットを使って授業を行う世の中ではあるものの、全ての家庭が裕福ではない。勉学にノートやペンを使うということもあるのだろう。

 全てをデジタルに変えることは資源の節約にはなるだろうが、手書きに勝る温かさなんてないと戀は思っていた。

 とは言えスマホは一人一台の時代。親とのやり取りもきっとメッセージアプリで行われるのだろう。誰かが作ったスタンプなどによって。

 それに慣れ親しんだ世代は、発想と言うものが豊かにはなり辛いと感じている。何故なら人は、不便だからこそ便利にしようと発想する生き物だから。


 日々進化していく技術は今やイラストという世界にも進出している。画家でも目指そうとしているのであればそういう発想にはならないかもしれないが、自分で上手くなろうとしなくていいという世の中なのだ。

 整った個性のないものばかりになっていくのだろうなと思いながら陽菜の手元に視線を移せば、彼女はちいさな猫のアクセサリーのついたシャープペンを眺めている。


「欲しいの? それ」

「このキャラね、無糖ちゃんっていうの」

「へ?」

「こんなところでお目にかかれるなんて」

 戀には、何故そんなにも彼女が興奮しているのかわからなかった。

「ブラック無糖ちゃん。シリーズで一番人気の黒猫なの」

 どうやら某珈琲メーカーが発祥の黒猫シリーズということのようだ。はじめは珈琲の缶を売るために、それぞれ猫をモチーフにしたキャラとして印刷されていたらしい。それが女子学生やOLの間で人気となり、商品化されたという。

 ただ、どの商品も数量限定で手に入れるのが非常に難しいと陽菜は言う。

「ねえ、お揃いで買わない?」

 この機を逃したら絶対手に入らないと、このシリーズの良さなどもプレゼンされ決して高くないそのシャープペンを某メーカのノートと共に購入した戀。


 店の外に出ると紙包みの中からペンを取り出してまじまじと商品を眺める。

「高いなって思ったでしょ? でもこれはキャラがついているからじゃないんだよ」

 彼女の言葉に”そうなの?”と不思議そうな表情をした戀。

「これはね、壊れたりしたら無償で直してもらえるものなの。この企画に携わった人はね、商品化する時に飾っておくためではなく使ってもらうためにちゃんとしたものにして、長く使って貰おうとそういうスタイルにしたんだって」

「へえ」

 こんな時代だからだろうか? 製作者の人たちは良いものを長く、そして若い世代にモノを大切にするということを伝えたかったのかもしれないと戀は思ったのだった。

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