第三話 骨董屋の休日の朝〜その一〜

 ふわふわした綿毛のようなものが頬をくすぐってきて、ふと目が覚めました。

 胸元に感じる温もりと重み。

 変わらない日常の、朝。

 そっと目を開けてみると、胸のあたりにぽっこりと小さな膨らみが出来ていました。眼鏡がないので視界が少しぼやけていますが、それは丸い形をしているのが分かります。


(もう朝ですか。早いですねぇ)


 そっと掛け布団をめくってみると、布団と私の身体の間に出来た陰の中で、黒っぽい何かが見えました。

 先が曲がっているあれは……しっぽでしょうね。

 彼女のしっぽ。

 こういうことをするのは、彼女しかいませんから。

 

「……ん? ……ディアナ?」


 彼女は私の胸の上で丸くなり、静かな寝息を立てていました。男だからさして柔らかくない筈ですが、そんなに寝心地が良いのでしょうか。


 彼女は普段大人しいのですが、家の中では良く付きまとって来て、私を離そうとしません。

 買い物から帰ってドアを開けると、飛びつかんばかりに急に駆け寄ってきて、身体を足に擦りつけてくるのは日常茶飯事です。

 恐らく、玄関で行儀良くお座りして待っていたのでしょう。

 廊下で腹を上にして寝転がり、私が来るのを待っている時もあります。揺り椅子で新聞を読んでいると、必ずと言って良いほど、私の膝の上に飛び乗ってきます。

 まるで片時も離れたくないと行動で示されているようで、少しくすぐったい気持ちがしますね。


 そして私の顔を愛おしげにじっと見上げてくるその瞳は、左眼が透き通るようなサンタマリア・アクアマリン、右眼が輝く黄金色のオッド・アイ。

 ゴロゴロと喉を鳴らしつつ、その瞳が「あたしをなでて」と訴えてくるのです。そして、それに抗えない自分がいます。今まで自分が動物好きだと思っていなかったのに……不思議なものです。


 艷やかな黒毛で、先が曲がっているしっぽ。出会ったばかりの頃は何故か片目しか開きませんでした。それが原因だったのか、捨てられていたところを偶然見付けたのがきっかけで、彼女を飼うことになったのです。かわいそうに、あの時は冷たい雨でずぶ濡れになって凍えていて、私がもし気づかなかったら……と思うと、今でも背筋が寒くなります。

 前の飼い主は何故彼女を捨てたのでしょうか?

 特に尖った性格でもなく、こんなに愛らしいのに……私には、彼女を捨てた者の気持ちが理解出来ません。

 失われそうになった小さな生命。そんな彼女も今はすっかり大きくなりました。月日が過ぎるのって、本当に早いものですねぇ。


 家は仕事場兼自宅で、表を前者、裏を後者として使っています。私は骨董屋を営んでおり、定休日は不定期にしているのです。仕事柄、商品を慎重に扱わねばなりません。仕事中の時は仕事場には来ないようにといつも言い聞かせていますので、彼女にさびしい思いをさせているのは分かっています。だから、家にいる時は彼女の好きにさせているのですが……少し、自由にさせすぎたのでしょうか。中々一人にさせてはくれません。彼女がいないと少し寂しい気もするし落ち着かないので、別に構わないのですけど。


 そんな彼女が今、私の平たい胸の上で丸くなっています。それはとても気持ち良さそうに。まるで今日は定休日だということをあらかじめ知っているかのようですね。


(空気が大分寒くなってきましたし、そろそろ寝室に暖房を入れても良い季節になりましたか)


 おや。どうやら彼女の重みと温もりが心地良くて、開いたばかりの私のまぶたが再び重くなってきたようです。彼女を起こさぬようにそっとその背をなでてみたのですが……ふわふわとした毛並みが大変素晴らしい。彼女の寝顔は、どこか幸せそうな顔をしていますねぇ。一体どんな夢を見ているのでしょうか?


(今日はお休みの日ですし、もう少しだけこのままでいましょうか)


「ディアナ。今日は特別ですよ。もう少しそのままお休み」


 久し振りの休日。

 せっかくだから、私も彼女と一緒にもう一眠りしようと思います。

 こういう朝も、たまには良いでしょう。

 

 

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