第4話 少年と高官


「驚かせてすまなかった」


 突然始まった捕り物に目を丸くしている少年へ、峰風は声をかけた。

 

「君のおかげで、容疑者を捕まえることができた。礼を言う」


「お役に立てたのであれば、良かったです」


 無邪気に微笑む少年を、峰風はさりげなく観察する。

 少年は驚いてはいたが、怯えたり逃げ出すこともなくその場に留まっていた。

 十五,六歳くらいに見える彼の終始落ち着いた態度に、二十歳の峰風は感心しきりだ。


「一つ、お尋ねしたいことがあるのですが?」


「なんだ?」


「先ほど回収されたは、これからどうなるのでしょうか?」


「子たち? ああ、鉢植えのことか。証拠品としての調査が終わったあとは、すべて国の所有物となる。牡丹の偽物と言ってもあの花自体は綺麗なものだから、おそらく宮殿に飾られるのではないか」


 峰風は口には出さなかったが、おそらく後宮の庭園に置かれると考えている。


「では、その籠の中の子たちは?」


「これは、処分される。禁輸品だからな」


 他の鉢植えは衛兵たちに任せた峰風だったが、さすがに毒草をそのままにはしておけない。

 万が一にも紛失しないよう、これだけは自ら責任を持って持ち帰ることにした。

 毒草とはいえ大変珍しい植物であるだけに、仕事柄峰風としても詳しく観察をしたい気持ちはある。しかし、こればかりは許可が下りないだろう。


「その子たちは、強力な『毒消し薬』として利用できます。ですから、信用のおける医官様の下で管理されれば、悪用はされないかと。その子たちも、それを望んでいます」


 『変毒為薬へんどくいやく(毒薬変じて薬となる)』という言葉があるように、毒と薬は背中あわせのものだ。

 実際に、毒性を弱めて薬としている『鳥兜トリカブト』のような例もある。

 しかし、峰風が気になったのは別のことだった。


「君は、籠のがどういうものか知っているのか? 中を見たわけでもないのに」


 思わず声が低くなる。

 峰風は、周りから見えないようにして竹筒の中を確認した。

 たとえチラッと見えていたとしても、知らぬ者にはただの雑草にしか見えない。


「その子の名はわかりませんが、用途は知っています」


 話の流れからみても、少年がこれを毒草と認識していることは明らかだった。

 一瞬、鉢植え売りの仲間かとも思ったが、峰風はすぐにその考えを捨て去る。彼らの仲間であるならば、容疑者たちが黙っているはずがない。


「俺は、峰風フォンファンという。君の名を教えてくれ」


 峰風は、姓は名乗らず名だけを告げる。


「僕は……子墨ズーモといいます」


「子墨か。『泰然自若たいぜんじじゃく(どんな事態にも、慌てず落ち着いた様子)な男の子』。君に似合いの名だな」


「…………」


 褒めたはずが、子墨はなぜかばつが悪そうに目を伏せ黙り込んでしまった。

 峰風は気にせず言葉を続ける。


「君の植物に関する目利きと知識は、どこで培ったものだ? 書物か? それとも、師事する者がいるのか?」


「えっと……どちらでもありません」


 言い淀む子墨は、この件に関してはあまり話したくなさそうな雰囲気を漂わせている。

 察した峰風は、これ以上の追及を止めた。


「引き留めて悪かったな。では、俺はこれで失礼する」


 少し離れた場所で、証拠品をすべて回収した衛兵たちが峰風を待っている。

 これから宮殿へ戻り、主へ報告をしなければならない。本来の仕事もまだ残っている。

 くるりと向きをかえ歩き出した峰風の背中に「あの!」と声がかかった。


「峰風様は、宮廷の官吏様ですか?」


「そうだが」


「宮廷にいらっしゃるこの方と面会するには、どうすればいいでしょうか?」


 振り返った峰風の前に差し出されたのは、一通の書簡。

 宛名と差出人のものと思われる花押かおう、使用されている紙の質を確認した峰風の表情が一変する。


「君は、これをどこで手に入れた?」


「僕の母国月鈴ユーリン国で、紹介状として頂きました」


「紹介状? 宛名と差出人がどういう人物かは、知っているのか?」


「差出人の名は、口にするのがはばかられる御方です。お相手の方は、まったく存じません」


「そうか」


 峰風が真っ先に確認をしたのは、この書簡の持ち主が間違いなくこの少年かどうかだった。


「実は、昨日と今朝も宮殿まで行ったのですが、門番に門前払いをされてしまいました」


 それはそうだろうなと、峰風は思う。この人物への面会など、宮廷に出仕する官吏でも簡単ではない。

 峰風の記憶が確かなら、差出人である花押の人物はやんごとない身分の御方。上質の紙に書かれていること、少年の言葉からも、それは間違いないようだった。

 しかし、見るからに平民である少年が持っていることに多少の疑問が残る。

 この書簡が本物だと、ここで断定することはできなかった。

 

「事情は理解した。であれば、俺が取り継ごう。今から宮殿へ行くぞ」


 峰風は、宛名の人物に判断を仰ぐことを決めた。


「えっ、今からですか!?」


「何か、不都合なことでもあるのか?」


「ここまで同行させてもらった商会のご主人へ、挨拶をしたいです。荷物もありますし」


「では、俺も一緒に行こう」


 宛名の人物へ取り継ぐ前に、峰風は念には念を入れて子墨ズーモの身元を確認することにした。

 出向いた店は規模が大きく、月鈴国の宮廷出入りの大店とのこと。

 峰風は店の主人へ自身の身元を明かし、自分が責任を持って子墨を預かると約束をする。


 こうして、子墨こと凜月は宮殿へ向かうことになったのだった。



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