始まりは一つの騒動から

第3話 出会い


「いらっしゃい! いらっしゃい!」


「さあ、さあ、手に取ってみてくれ。こんな品、めったにお目にかかれないよ!」


 ここは、華霞ファーシャ国の都。

 半年に一度、数日間だけ開かれる大市場には、大勢の買物客が訪れていた。

 国内外の品々が購入できることもあり、珍しい商品を求めて都中から人々が集まっている。

 そんな中を、一人の少年が歩いていた。

 手には、竹の皮に包まれた胡麻団子。口は絶えずもぐもぐと動いている。

 

「よっ! 兄ちゃん。そんな団子だけじゃ、腹も膨れないだろう? この串焼きも、一つどうだい?」


 串焼き店の店主に呼び止められた少年は、男装した凜月リンエだ。

 女の一人歩きと覚られぬよう、商会の主人に勧められるまま男物の服を着用していた。

 変装している自分はちゃんと男に見えている。凜月は嬉しくなった。

 

「おじさん、串焼きを一つください」


「へい、まいど!」


 威勢のよい掛け声と共に、串焼きが目の前に差し出された。タレの香ばしい匂いに、思わずよだれが垂れそうになる。

 巫女見習いのときには決して許されなかった買い食い。今は誰に咎められることもない。

 凛月はフーフーと息を吹きかけ、火傷をしないよう慎重にかぶりつく。

 

(美味しい!!)


 黒曜石のような瞳が、きらりと輝く。串焼きは、あっという間にお腹の中に消えた。

 


 ◆◆◆



「う~む」


 大市場の中にある鉢植え店の前。

 二つの鉢を見比べながら、フー峰風フォンファンはどちらの鉢を買うべきか頭を悩ませている……フリをしていた。

 彼の目の前にあるのは牡丹ボタンの鉢植え。

 一つはつぼみが大きく、開花すれば見事な姿を見せてくれそうなもの。

 もう一つは蕾はやや小さめだが、こちらは花軸かじくが太くしっかりしており、長く花を楽しませてくれそうなものだった。


「ご主人様、そろそろお時間です」


 峰風の後ろに控えるようにして立つ使用人に扮した護衛官から、やんわりと急かされる形での暗号が届く。

 買物客に扮した衛兵が、配置についたとの知らせだ。

 

「わかった」


 今から、この店の摘発が始まる。

 表向きの容疑は、各地で牡丹と偽り異国の安価な花を高額な値段で売りさばいていること。

 本命は、禁輸植物である毒草を国内に持ち込んだ容疑である。

 峰風は主から無理やり仕事を押し付けられ、金持ちの子息になりすましていた。


「まあ、これ以上悩んだところで同じことだな。ところで、店主殿。こちらの牡丹は──」


 蕾の大きい鉢を手に取る。

 峰風の見立てですでに偽物と確認済みで、今から店主に証拠を突きつけ追及しようとしたときだった。


「それは、買わないほうがいいですよ」


 横からの声に峰風が顔を向けると、一人の少年がにこやかな顔で立っていた。

 無造作に一つにまとめられた肩先よりやや長い射干玉ぬばたま色の髪に、大きめの漆黒の瞳。少年というよりも、少女のような愛らしい雰囲気を纏っている。

 

「どうして、君はそう思った?」


 突然話しかけてきた少年に、峰風は警戒よりも先に興味を覚えた。

 相手が無手の少年ということもあり、護衛官も後ろで静観の構えのようだ。

 これで少年が殺気を纏うものならば即座に切り捨てられるところだが、不穏な気配もまったく感じられない。

 大勢の客がいる中での作戦のため、あらゆる事態を想定していた。峰風は落ち着いて対処する。

 

 峰風の問いかけに、少年はクスッと笑った。


「それは、これが牡丹ではないからです!」


 自分の言うことは間違いないと言わんばかりの顔で言い切った少年に、店主だけでなく峰風の顔色も変わる。

 まさか自分以外に偽物と見破れる客が居るとは。峰風も、これは想定外だった。

 

 事実を指摘された店主だったが、すぐに表情を取り繕う。


「いやいや、すまねえ。よく見ると、これは牡丹じゃなく芍薬シャクヤクだな」


 さも今気付いたかのような店主の態度に、峰風は思わず舌打ちをしそうになる。

 芍薬は、牡丹に並ぶ高級花だ。

 この二つの花の蕾はよく似ており、開花するまで気付かない者も多い。

 客から指摘されたとき用の言い訳なのだろう。本物の芍薬も、客の手の届かない店の奥に数鉢だけ並べられている。

 このまま摘発しても、肝心の毒草が見つからなければ言い逃れられて大した罪には問えない。

 峰風は、作戦開始の合図を出すことを躊躇した。


「これは芍薬でもありません。葉の形が全然違いますから、まったく別の植物です。おそらく……異国の花?」


「へ、へえ~、そうなのか。坊主は、いろいろと物知りだな」


 感心したような口調とは裏腹に、店主の目つきが鋭くなった。

 少年を警戒しているのが、峰風には手に取るようにわかる。

 幸いこの少年の仲間とは思われていないようだが、このままだと大事な証拠品(毒草)が隠滅されてしまうかもしれない。

 表情には出さないが焦りを感じ始めた峰風を余所に、店主と少年の会話は続いている。


「見たところ、店頭に牡丹は一つもないようですが?」


「面目ねえが、俺も仕入れ先に騙されたのさ。客に偽物を売るわけにもいかねえから、今日はこのまま店じまいさせてもらう。そちらのお客さんも申し訳ないが、他の店を当たってくれ」


 店主はあっさりと、牡丹が偽物であると認めた。

 ここで揉め事を起こせば人目を引く。店主は引き際を見極めた。

 撤収のため鉢植えを荷台に積み始めた若い店員の一人に、「水を汲んでこい」と店主は指示を出す。

 このまま何食わぬ顔で商品を片付け、雲隠れをするつもりなのだろう。峰風にとっては非常に不味い事態となった。

 若い店員は、奥から数本の竹筒が入ったトウ製の買い物籠を取り出し、店を出て行く。

 それを横目に見やりながら、峰風はやむなく作戦の中止を決断した……ときだった。


「すみませんが、その籠の中に入っている物を見せてもらえませんか?」


 何気ない少年の声に店主は明らかに狼狽し、若い店員は弾かれたように走り出す。

 峰風は、迷うことなく声を上げた。


「作戦決行! その店員を逃がすな! 店の商品も差し押さえろ!!」


 峰風にとって、これは一種の賭けだ。

 籠の中身が何も問題がなかった場合、牡丹の偽物を売った軽微の罪にしか問えない。


 店の周囲に待機していた衛兵たちによって、容疑者たちは全員捕縛された。

 竹筒を除けて押収した籠の中を調べるが、何も見つからない。


「怪しい物は、ありませんね。籠も二重底になってはいないようですし……」


「いや、奴らの慌てぶりから見ても、この中に何かを隠しているのは間違いない」


 峰風は一本の竹筒を手に取った。


「そういえば、この竹筒には水が入っていないはずなのに重さがあるな」


 筒につるを巻き付けごまかしてあるが、よく見ると割れ目がある。

 蔓を切り中身を確認した峰風は、ようやく肩の力を抜く。

 そこには、探し求めていた毒草が隠されていた。



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