第16話 暗い闇の奥底で①
「ようやく、収まったな」
サォはぼそりとつぶやき、持ち上げていた岩石をそっと下ろす。
気が付けば、振動は収まっていた。
サォは座りこんでから大の字に寝転び、荒い呼吸を繰り返していた。
支柱が壊されたことにより、天井の岩盤が一部崩れたが、全て崩落はしなかった。
しかし、出口も落石でふさがれてしまっており、カリーナとサォは閉じ込められてしまった。
「———なんで。なんで、助けてくれたの」
お礼や、言いたいことはたくさんある。
なぜ私がここにいるかわかったことも聞きたい。
しかし、カリーナの口から出たのは疑問だった。
「そりゃ、こっちのセリフだ」
サォがゼぇ、ハァと荒い呼吸を繰り返しながら答える。
「なんで、おたくは、そんなに『マジ』になれンだ」
「私は、強くなりたくて…………」
「それはあのおっさんにタンカ切ったのを聞いてたよ。だから、何でたまたま数日前に会った子供なんかに、おたくはそんなにマジになれんだよ」
サォは起き上がって続ける。
「あの日、おっさんを捕まえて突き出せば任務は完了。そこまでは俺とちゃんと協力してたし、商会長のいいつけは守ってるから任務は達成。昇進が約束されて、おたくの野望に一歩前進するだろう。にもかかわらず、おたくはたまたまこの町で出会った子供を助ける選択肢を選んだ。俺にはワケがわからねえ。何故おたくは、自分の野望を投げ捨ててまで見ず知らずの子供を助ける決意ができたんだ?」
サォの赤い瞳はこちらをじっと覗き込んでくる。
なんでも見透かされたような気分になり、正直気持ちが悪い。
理由はある。説明ができないわけじゃない。
ただ、この男に、それを言うのは嫌だった。
どんな理由があろうと、正論を振りかざしてくるこの男が、私の気持ちなんてわかるはずがない。
「…………答えたくない」
「そうかい」
サォは煙草を取り出し、それに火をつけた。
「だが、俺は教えてもらわなくっちゃ困る。既にこの事件は、麻薬密輸犯を捕まえるどころじゃ済まない。放っておけば戦争の火種をさらに生む大事件の発端になるものだ。正直、俺一人で解決は無理。おたくの力を借りたい」
ぷはぁ、と煙を宙に向けて吐き出す。
「俺たちは即席のバディだった。互いのことを何も知らない……隠し事はナシだ。ハラ割って話そうぜ」
優しく、子供に言い聞かせるようにサォは語りかけてくる。
だが、それでも。
カリーナは言いたくなかった。
この男に、何がわかるものか。
ふたりの間に、沈黙が訪れる。
動くものは、サォが吐いた煙がただたゆたうのみ。
「…………わかった。俺から話す」
そんな沈黙に耐えかねて、先に口を開いたのはサォだった。
「おたくは昨日、毎日明日が来るのが怖くて泣いていたことがあるって、言ってたよな。誰も自分と同じ辛さを経験していない。それゆえに、受け継ぐべき意志も、何も持たず、ただその日の飯を考えていないように見える。他人がそう見えるから、誰も信じられない。そうだろ?」
自分の心の中に巣くっていた、日頃より感じていたものの正体をずばりと言い当てられたようで、カリーナは伏し目になる。
「その気持ちはわかるさ。生きてたら、なんで俺がこんな目に合わなきゃいけねえのかって、そういう気持ちになることが何度もある。そして、他人はそれを経験していないようにも、な」
サォはすっかり小さくなった煙草の火を、地面にグリグリと押し当てて消す。
「生きてりゃ、誰だってそれなりに辛い目に遭うもんさ。だけど、ずっと辛いことが続くと自分ばっかり。そう思っちまうよな」
火の消えた煙草をサォはぽいと投げ捨てる。
遠くに投げようとしたらしいが、その辺の岩にあたりこちらに戻ってきてしまう。
カリーナの足者に、ほとんど火が消えてしまい、くすぶる煙草が転がってきた。
「実は、俺もアンタと同じように、個人的な理由があってこの町に来た。そしてその尻尾をようやく掴んだ…………昔話をしよう。二年前の、皇帝暗殺事件が起きた日の、本当の話を」
皇帝暗殺事件。
それはカリーナも知る、二年前の世紀の大事件。
帝国尖兵団のとある部隊長、謀反人・セレーネが主犯となったこの事件は、帝国中を震撼させた。
同日、王都城下町は大火災に見舞われ、その混乱に乗じてセレーネは皇帝暗殺を企てた。
帝国暗殺事件により当時の帝国皇帝は暗殺、陽動のため、セレーネの指示により起こった大火災での死者は数千人にも及んだという。
「表向きは、セレーネ隊長が犯人となっているが、本当は違うんだ。あの人ほど、王国との終戦に尽力し、帝国の平和な未来を願っていた人はいない。停戦協定が結ばれて、セレーネ隊長を含めた俺らの部隊は凱旋し、王都に戻っていた。そして、皇帝暗殺事件が起きた。あの夜、皇帝暗殺が目的とすぐ見抜き、皇帝を守りに行ったのは隊長だったんだよ」
「それって、どういう…………?」
自分の知っている話と違う。
動揺のあまり、口を聞きたくないと張っていた意地も、どこかに吹き飛んだ。
「本当に皇帝を暗殺した犯人と、隊長は戦っていたんだよ。俺は応援に駆けつけた。そこでは、皇帝を暗殺した真犯人のレガシリアと、隊長が戦っている真っ最中だった」
謀反人が皇帝を守っていた。
それどころか、犯人と戦っていた。
サォの口から飛び出す言葉に、カリーナは混乱していく。
「じゃ、じゃあ、何でセレーネさんは謀反人として…………」
「帝国政府の情報操作だ。俺らは、負けたんだよ。犯人を取り逃がした」
サォは、少し言葉に詰まる。
「俺が駆けつけた時、すでに皇帝は暗殺された後。隊長と俺は協力して、犯人のレガシリアをあと一歩のところまで追い込んだ。だが、勝負を焦った俺のせいで、逆に追い詰められちまった。そして、俺を庇って、隊長は死んだ」
自分を庇って、誰かが死んだ。
自分とグレンを重ねてしまい、カリーナは息をのむ。
「そんで、大事件の犯人を逃した噂が帝国に広まったら、民衆にとんでもない不安を与えることになる。そこで殉職したセレーネ隊長は、皇帝暗殺を企てた大犯罪者ってことに。その場所にいた俺は、犯人を捕まえられなかったから左遷。地方にとばされて憲兵として働いている。ンで、その部隊の副隊長だったからって理由で、ボンクラのシエンは英雄として担がれた。そんな下らねえ、カスみたいな話さ」
「そんなことが…………」
「国を回すために、小を切り捨て大を生かす。戦争で国力がすっかり落ちた帝国がするには、当然の采配だ。俺だってそうしただろう。だが、俺はこの結果に納得していない。俺がもっと強ければ、何とかなったかもしれない。犯人を捕まえて隊長は死なずに済んだかもしれない。二年経った今でも、毎晩夢に出る。顔に赤いバケモノの刺青のある、真犯人のレガシリアの顔が」
そう語るサォの横顔を、カリーナはじっと見つめていた。
詐欺師のように回る口と、へらへら笑う人をなめ腐った態度の彼はどこにもいない。
今、自分の隣に座るこの男。
いや、この人も、自分と同じなんだ。
自分の弱さで、人を殺した。殺してしまった。
私は、まだ子供だったから、言い訳はつくだろう。
だが、彼は違う。
軍の一員として、実力を磨き、積み重ねたうえで、それをへし折られた。
私が辛くなかったとは言わない。
しかし、私が感じている何十倍も、無力感と絶望に彼は打ちのめされてしまったのだろう。
彼がやたら回りくどい作戦を建てたがるのは、自らの力に絶望し、二度と過信をしないよう、万全の状態で臨みたいからだ。
それは、私が剣をがむしゃらに振るい、強くなろうとしたことに似ている。
こんな人が近くにいた。
商会長は、それを見越して、真反対のこの人を、私の相棒にしたんだ。
同じ痛みを味わい、今もなおその後悔と自責の念という炎に、身を焼かれ続ける、私と同じ人を。
「俺は、セレーネ隊長が無罪であったことを証明したい。そのためには、皇帝暗殺事件の犯人を監獄島にぶち込んでキッチリ反省させる必要がある。だから、今も犯人を追い続けているんだ」
「…………なるほど。でも、それが今回の事件に何か関係があるの?」
「ある。皇帝暗殺事件のどさくさで帝国王都にいたレガシリアが殺害されて神器を奪われている事件が実はあの日に起こっていた。皇帝暗殺とこの事件。一般的には、陽動のため火災を起こし、皇帝を暗殺したと言われている。だけど、もしもだ。皇帝暗殺はあくまで陽動で、凱旋したレガシリアたちを殺害、神器を奪うことが真の目的だったとしたら?」
皇帝を暗殺して起こるメリット。
それはせいぜい後釜となる皇太子を傀儡にして政治を実施する程度。
それに対して、大量のレガシリアの暗殺により、神器を奪うメリット。
神器は力だ。巨万の富と引き換えにもできるし、新たな国の建国だって夢じゃない。
傀儡など、ぬるいものではない。国家転覆すらもあり得る。
「俺はこの事件の解決をあきらめきれず、秘密裏に捜査を続けた。そして奪われた神器を辿れば」
「――――奪われた神器を探せば、辿れば犯人に辿り着く可能性がある。皇帝暗殺の陽動の犯人と、神器を奪った集団が同じ組織の可能性は、非常に高い」
「ンだよ。脳みそちゃんと使えるじゃねえか」
サォはクク、と笑って二本目の煙草を取り出して咥える。
「そンで、俺はこういう推論にたどり着いた。神器は力だ。ありとあらゆる組織がそれを欲する。そんでもし奪われた神器が売られていたら。買えるのは金持ちだけ。このご時世、神器を欲しがる奴はごまんといるだろう。その神器を買った輩をとっちめて、売ったやつを聞き出せば犯人へと続く道になる可能性は十分にある」
火をつけようと魔導石のライターを取り出すが、カリーナはそれをサォの手からひったくる。
驚くサォをよそに、カリーナはライターに魔力を流して、スイッチを押し込む。
ぽっ、と小さく炎がともった。
「……どうぞ」
灯った炎をカリーナはサォにそっと近づける。
「お、悪いね。ありがとう」
火をもらい、サォは煙草を吸いこんでから、ぷかぁ、と煙を大きく吐いた。
「まあ、そんな絵に描いた餅を追いかけるために、裏社会で多くの利益を生む麻薬の密輸犯を追いかける任務への協力に至るわけだがな」
この人は、二年も、ずっとあの事件の犯人を追い続けていた。
彼が昨夜、烈火の如く怒ったのも頷ける。
ようやく掴んだ二年前から続く地獄の決着へ繋がる道を、私が潰してしまったからだ。
理由はあれど、私も彼の立場なら、きっと憤慨していただろう。
「さ。俺の長話は終わりだよ。今度はそっちの話を聞かせてほしい」
げ。覚えていたか。
カリーナは思わず眉をひそめ、嫌そうと思われる顔をしてしまう。
「…………頼むよ。言いたくないのはわかるけどさ。俺一人じゃダメなんだ」
サォの言葉に、心が揺らぐ。
重い口を、カリーナはついに開いた。
「私は…………」
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