第6話 こぼれる初時雨
ふたりめは、ラリマーの子どもでした。
それはラピスラズリが別のなにかになってから、しばらくたったある日のことでした。その日もみんなで遊んでいて、かくれん坊や追いかけっこをしていました。ただひとり違うとしたら、ラピスラズリだけはにこにことほほえんで、みんなを見守っていたくらいです。ラピスラズリはもう、手足やお顔――そもそも手はありませんが――を外すことはできなくて、みんなのように無邪気に楽しむことはなくなってしまったようです。
他の宝石の子どもたちはみんなそんな彼を羨みました。早くラピスラズリのようにきれいで自由になりたい、と。けれどもアズライトだけは――どこかさみしさを感じていました。
「ラピスラズリ、遊ばないの?」
「僕は見ているだけでじゅうぶんだよ。アズライト、遊んでおいで」
「うん……」
アズライトはしぶしぶという様子で水をかき、木のうろへと隠れます。鬼はベニトアイトの子どもです。羽ごろも魚さんたちも、糸あめクラゲさんたちもきゃらきゃらと音を立てて、隠れ場所を探します。
「あっ」
その途中、ラリマーの子どもが大声を上げました。そのかたわらで一緒に泳いでいたフローライトの子どもが留まります。
「どうしたの?ラリマー」
ラリマーの子どもは体を丸めて、何も言いません。フローライトは不思議そうに小首をかしいで、ラリマーを覗き込みました。
「ラリマー……?」
その右手は、輪郭をなくしていました。人差し指と親指がひとつになり、薬指と中指、小指は腕に混ざっています。しだいに人差し指と親指だったものも腕に混ざり――どろり、と形を不定にしていきました。足元も少しずつ崩れ、もはや二本だったものは見分けがつかなくなっています。胴に空いた穴はより大きくなり、胴を飲み込んでいき、お顔に空いた穴もどんとん広がって、お顔は平たくなっていきます。
「い、ぎ」
お顔がお顔をつなぐ宝石を包むほどになると、
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!」
あまりの声に、アズライトは胴に空いた穴をおさえました。びりびりとふるえて、その震えが体中に広まるのです。けれども、他のこどもたちは大きなふたつ穴を見開いて、明るい声を上げました。
「わあ!ラリマーもきれいになるんだ!」
「いいなあ」
「はやく、「黒い土」を探しに行かなくっちゃ!」
「
タンザナイトとサファイアはのたうち回るのラリマーのペール・ブルーをおさえると、こねて小さくし始めます。そのたびにラリマーのペール・ブルーは大きく波打って、つんざく声をあげました。
「痛い痛い痛い痛い痛いいだいいだいいだいいだいいだい!やめて、やめでえええ!」
「だいじょうぶだよ、どうせ忘れるもん」
「ラリマー、早くきれいになろうね」
ベニトアイトとフローライトはお花畑へ行って、黒い土を探します。
「はあ……いいなあ、僕も早くきれいになりたい」
「きっと僕たちもすぐにきれいになれるよ」
「そうそう。それに、きれいになったあとは満ち足りた、いい気持ちになれるよ」
とラピスラズリ。きれいな尾っぽでお水をなでて、にっこりと笑いかけています。いっそううらやましそうにサファイアはラピスラズリを見つめます。ラリマーをこねる手がつい強くなり、ラリマーがいっそう大きな声を上げました。
「いやあああああああ!」
アズライトは動けないでいました。みんながきれいになることは、いやではありません。けれども、この声だけは耐えられませんでした。アズライトは胴に空いた穴をおさえていると、その穴やお顔に空いた穴から冷たい液体が流れてくるのを感じました。溶けているわけではありません。穴から液体がわきでてくるのです。
「なあに、これ……」
アズライトは小さく声をこぼします。そのかたわらで、一疋の糸あめクラゲさんが言いました。
「それはきっと涙だよ」
「涙?」
「そう。きっとアズライトは悲しくて辛くて、苦しいんだよ」
「僕は、悲しくて辛くて苦しいの?」
アズライトはそろそろと、ラリマーたちのほうへ大きなふたつ穴を向けます。溢れ出した冷たい液体――涙は止むことをしらず、ぽろぼろとこぼれ落ちます。揺らいだ視界の先で、ラリマーは小さなペール・ブルーの球になっていました。とうとう声を上げることもなくなり、うごめくこともなくなっています。
黒い土を見つけてきたのはフローライトの子供のようです。スコルピオイデスのお花を手に持って、ラリマーのペール・ブルーにふりかけています。みんなで黒い土をフローライトのペール・ブルーにこねて混ぜて――とうとうラリマーもラピスラズリのようにきれいな何かになって、知らない音を奏でるようになりました。
きっともう、あの痛さを忘れているのでしょう。満ち足りた微笑みを浮かべたラリマーのお顔を見て、ようやくアズライトの涙はおさまりました。
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