第2話 壊れやすい生物


 コバルト・ブルーのアクアリウムに朝がやってきました。いいえ、このアクアリウムはいつも明るいので、朝という言葉はにあわないかもしれません。あの蛍クジラさんがまた、近くにやってきたのです。

 アズライトの子どもはすいすいとお水をかいていた短いふたつの棒――仮に腕としましょう――を止めました。急いでお花につかまろうとしたのですが、うっかり宝石から腕を外してしまい、アズライトの子どもは流されてしまいます。片方の棒だけが花びらを掴んでひらひらとしています。蛍クジラさんは流されたアズライトの子どもを光かがやく胴で受け止めました。

 

「ごきげんよう、アズライト」

「やあ、蛍クジラさん。ありがとう」

「いいえ。泳ぐのがうんと上手になりましたね」

「羽ごろもうおさんたちがとても丁寧に教えてくれるからだよ」

 

 アズライトの子どもをは大きなふたつ穴をにんまりと緩ませて、下で木の枝に捕まる子どもたちを見ます。同じようにうっかりさんをしてしまった、ラリマーの子どもがお顔と胴を宙に漂わせています。二本の腕だけが枝にしっかり捕まっていて、まるで折れた木の枝のようです。ラリマーの子どもは胴だけで泳ごうと、残された長い二本の棒――こちらは脚としましょうか――で水をかきますが、今度はその二本までも外れてしまいました。

「まあまあ、たいへん」

 と蛍クジラさんが声をこぼします。かたわらにいた糸あめクラゲさんたちが急いで泳ぎ、ふわふわと浮くラリマーの二本の足やお顔を胴のもとへ運びました。近くで見ていたタンザナイトの子どもも近寄って糸あめクラゲさんをお手伝いします。宝石の子どもたちはすぐに宝石と繋がれたをはずしてしまうのです。とてももろいので、気をつけないと、泳ぐだけで取れてしまいます。タンザナイトの子どもが足をかちり、とくっつけました。ラリマーの子どもはお顔と胴でお話します。

「ありがとう、みんな!」

「君たちはすぐ、ばらばらになっちゃうんだねえ」

 一疋の糸あめクラゲさんが答えます。糸あめクラゲさんからお顔を受け取って、かちりと胴にくっつけると、ラリマーの子どもは今度は続けます。

「他のみんなはどうして、ばらばらにならないの?」

「えー、ふつうならないよう。君たちがおかしいんだよ」

「僕たちもみんなみたいに、すいすい自由に泳げたらいいのにね」

 タンザナイトの子どもがひとり言ちます。その手にはアズライトの右腕。まぶしそうに大きなふたつ穴を歪ませながら蛍クジラさんの元へ近寄り、むき出しになったアズライトの宝石に右腕をくっつけました。アズライトの子どもは歌うように他の子どもたちと同じ音を鳴らします。

「ありがとう、タンザナイト。でも僕、この体はきらいじゃないよ?」

「ええ、どうして?」

 すっとんきょうな音を鳴らしたのはフローライトの子ども。その自分の音でお顔をずらしてしまっています。そのお顔を羽ごろも魚さんたちがつついて元に戻すのを見て、アズライトの子どもは言います。

「だって、みんながこうやって優しくしてくれるんだもの。それに、いろいろと教えてくれるから楽しいよ」

 アズライトの子どもの言葉に気恥ずかしくなったのでしょうか。羽ごろも魚さんたちはもじもじと尾っぽを丸めてしまいました。糸あめクラゲさんたちは胴を大きく膨らませて、アズライトのお顔や胴を撫でるよう包みます。小さく「どういたしまして」「どういたしまして」とひとりひとりが音を立てています。

 アズライトの子どもは蛍クジラさんのおなかを撫でると、蛍クジラさんは気持ちよさそうにきゅーいきゅーいと歌います。アズライトの子どもは泳いでフローライトの子どものもとへ寄りました。

「ぼくはみんなが好きだし、こんなぼくも好き。だから、みんなも好きになってほしいな」

「ぼくは好きよ、アズライト」

「ぼくも好きよ、アズライト」

 つぎつぎと糸あめクラゲさんたちが応えます。羽ごろも魚さんたちも大きなお魚を描きながら子どもたちの元へ寄ると、糸あめクラゲさんに続きます。

「ぼくもだよ、宝石の子どもたち」

「ぼくたちも大好きだよ、糸あめクラゲさん」

「いつもありがとう、羽ごろも魚さん」

 フローライトの子どもとラリマーの子どもが大きな声で答えます。アズライトの子どもは蛍クジラさんを見上げて言いました。

「蛍クジラさんもありがとう。蛍クジラさんのおかげでここは明るくて、あたたかくて、おだやかなんだね」

 アズライトの子どもは舞うようにひらりひらりとお水の中を泳ぎます。なびいたペール・ブルーの長い布が蛍クジラさんの光を受けてきらきらと瞬く粒子をこぼします。一緒になって羽ごろも魚さんたちは渦をまき、糸あめクラゲさんたちはヴェールを被せると、粒子は線になって、いっそう世界をまばゆくなります。蛍クジラさんはきゅーいきゅーいと、高らかに歌いました。そして子どもたちには聞こえない小さい囁き声で言葉を落としました。

 

「愛しい子どもたち。どうか、春を無事に迎えてくれることを祈ります」

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