天浜線の夕暮れ

増田朋美

天浜線の夕暮れ

朝は雨が降って寒い日であったが、それでも日中は晴れて穏やかな日になった。ちょっと肌寒いなと思われたが、杉ちゃんとジョチさんは、浜松市内にある、福祉団体が行っていた、イベントに参加するため、浜松駅から新浜松駅へ行って、遠州鉄道に乗り、そこの終点駅である、西鹿島駅で電車をおりた。このときは、何もなく、電車は動いていたのであるが。普通に杉ちゃんだけではなくて、他のお客も乗り降りしていた。

イベントは無事に終了し、太陽が少し西に傾きかけたかなと思われるくらいの時間だった。イベント会場は、歩いて五分くらいで行けるところであるので、杉ちゃんとジョチさんは、普通に車椅子で西鹿島駅へ行くことができた。のだが、

「えーただいま、遠州小林駅で線路に立ち入った人がおりましたので、遠州鉄道は上下線で運転を見合わせております。運転再開の目処はまだ立っておりません、、、。」

と、間延びした駅員の声が聞こえてきた。何人かの人が、電車に早く乗りたいと駅員に文句を言っているが、駅員は、すみませんすみませんと申し訳無さそうに言っている。

「はあ、また自殺かな?」

杉ちゃんがそう言うと、

「最近多いですね。電車に飛び込んで自殺するって言うんですか。それだけ心が病気の人が、増えてるってことですかね。なんとかしなければなりませんね。僕たちも。」

とジョチさんは、大きなため息を付いた。

「それでは、僕たちどうやって帰ったらいいんだろう。」

杉ちゃんが言うと、

「そうですね。運転再開したとしても、かなり大人数が乗ることになると思いますから、車椅子で乗り込むのは難しいんじゃないですか。それなら、仕方ありませんね。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、介護タクシーを呼び出しましょうか。」

ジョチさんがそう言って、スマートフォンを出そうとすると、

「そうだ!あの電車に乗ろう!」

杉ちゃんがいきなりでかい声で言った。

「あの電車って、、、。」

ジョチさんが急いでいうと、この駅にはもう一つホームがあった。そこには、天竜浜名湖線のりばと書かれている看板があった。

「そうか、この駅には天竜浜名湖鉄道が乗り入れてましたね。」

ジョチさんはそう言って、周りにある時刻表を確認した。

「しかし、あの電車が発車するのには、45分も待たなければなりません。確かに、その電車に乗れば掛川駅に行くことはできますけど。」

そう言いながら、ジョチさんは、天竜浜名湖鉄道に乗り換える方法を確認した。

「ああ、だめですね。天竜浜名湖鉄道に乗るには、階段を経た地下道を移動しなければなりません。エレベーターもなさそうですし、仕方ありません。やっぱり介護タクシーを探しましょう。」

「でも、介護タクシーですと、すごいお金がかかるよ。」

確かに杉ちゃんの言う通りでもあった。予約料とか、基本介助料とか、なんとか色々かかる。

「よし!じゃあ人がいっぱいいるんだし、それでは誰かに頼もうか。おい!誰かさ!僕らを天竜浜名湖鉄道まで背負って行ってくれないかな!」

杉ちゃんがいきなりでかい声で言ったためジョチさんはびっくりしてしまった。みんな杉ちゃんのでかい声を聞いて、びっくりした顔をするが、同時に見て見ぬふりをしているような人ばかりで、誰も杉ちゃんたちの方を見てくれる人はいなかった。

「無理ですよ。誰でもこういう人の相手をするなんて、嫌でしょうからね。」

と、ジョチさんはそういった。確かに、ふたりとも着物を着ていたし、杉ちゃんは、車椅子だし、ジョチさんも足が悪く、足を引きずって行かなければならない。

「ねえ、お願いだよ。誰でもいいよ。どうせ、電車が止まって暇なんだろう?だったら、僕らを天竜浜名湖鉄道のホームまで連れてってくれ。電車が止まってイライラしてるんだったらさ。人助けも悪くないんじゃないの?」

杉ちゃんは漫才師のように、そういったのであるが、誰も反応しなかった。駅員は、いつになったら動くんだよという怒鳴り込みへの応答で、杉ちゃんたちの言うことなんて、聞いている暇もないらしい。

「頼むから僕らを天竜浜名湖鉄道のホームまで連れて行ってくれよ。そんな悪いやつじゃないし、ただ掛川駅まで帰りたいだけなんだよう。」

と、杉ちゃんが言うと、右手に競輪の勝敗表を持ち、左手に缶ビールを持った、ガタイの大きな、ちょっと暴力団かと思われる体育会系のおじさんがやってきて、

「45分の電車に乗りたいの、兄ちゃんたち。」

と、杉ちゃんに言った。

「お前さん、僕らを天竜浜名湖鉄道に乗せてくれるか?」

と、杉ちゃんが言うと、

「ああ、どうせ俺も、掛川駅へ帰ろうと思ってたから、連れて行ってあげるよ。この電車は、一時間に一本しかないし、ちょうど走っていたのは幸運だったねえ。」

とおじさんは言った。

「大丈夫だよ。今日は競輪で負けてどうせ何もなく帰るんだから、人助けしたら、嬉しいってもんよ。」

「じゃあ、お願いします。杉ちゃん、いや、影山杉三さんを背負って、天竜浜名湖線のホームへ連れて行ってください。」

ジョチさんが頭を下げてそう言うと、

「はいわかりました。じゃあ、背中に乗って。ちょっとビール臭いけど、我慢してね。」

おじさんは杉ちゃんを背負った。ビール臭いと言うけれど、そんなことないじゃないかと杉ちゃんは言った。杉ちゃんの車椅子はジョチさんが折りたたんで持っていくことにした。

三人は、階段をおりて地下通路に向かった。確かに狭い地下通路だった。それに壁には人気のあるTVアニメのポスターがでかでかと貼られている。全く、こんなに流行りのアニメよりも他のもので経済対策すればいいのにとジョチさんは呟いていた。三人は、階段を登って、天竜浜名湖鉄道のホームに着いた。

なんだか先程の遠州鉄道のホームとは偉い違いのホームであった。ホームには、何もポスターも貼られていないし、イベントを紹介する掲示板もない。点字ブロックはあることはあるが、なんだかホームも狭くて、本当に閑散とした駅だなと思われる駅だった。

「どうもありがとうございます。本当にありがとうございました。」

と、ジョチさんは頭を下げて、折りたたんでいた車椅子を開くと、おじさんは杉ちゃんを座らせた。

「まあ、電車に乗るのも苦労するだろうから、一緒に乗せてやるよ。」

おじさんは、にこやかに言った。そして、

「事故か?」

と、杉ちゃんに聞いた。

「いやあ、事故じゃない。生まれつきなんだ。」

杉ちゃんはそう返した。

「そうか。それじゃあ、子供時代とか、すごく苦労したんじゃないのか?今日はなぜ、浜松へ?」

おじさんが聞くと、

「はい。今日は、福祉施設であります、平山ランドというところで、着物の展示販売会がありましたので、それで、こさせてもらいました。」

ジョチさんは答えた。

「着物だって!それでは、ものすごい高いんだろうね。俺には、手の届かない世界かな?」

おじさんがそうきくと、

「いえ、そんな事はありません。幸い、リサイクル着物というもので、不要になったきものを買い取って、安く売る商売です。本当に安いもので、300円程度で着物が買えます。でも、着物は腐っても鯛ですね。本当に古臭い柄でも、素敵な魅力を持っている感じがします。」

ジョチさんが静かに答えた。

「そうなの!じゃあ俺でも買えるかなあ?」

おじさんはとても驚いたようだ。

「ええ。簡単に買えます。今は、いい時代になったよ。着物を買うには、通販サイトでも買えるし、店で買うこともできるし、信じられなかったら、ぜひ、店に行ってみてよ。ほんとうに、300円から、500円程度で買えるんだよ。」

と杉ちゃんが言った。

「そうか、それで着物が着れるのか。それじゃあ、着物にまつわる仕事をしているの?例えば茶道とかそういうの習っているとか?」

おじさんがそうきくと、

「いや、単に好きだから着ているだけだよ。僕はただの和裁屋だけどね。」

と、杉ちゃんは答えた。

「和裁。着物を仕立てることだね。ふたりとも和裁の関係者さん?なんか違うように見えるけど?」

おじさんはジョチさんに言った。

「いえ、そういうことではありません。僕たちは、福祉事業をしています。孤独な人だったり、居場所がなかったりする人たちに、部屋を貸している施設をやっているだけです。その中には、心が病気だったり、事情があって自宅にいられない人たちがいます。そういう人たちは、自分に対して、酷く自信をなくしていることが多いのです。ですが、着物を着ると、自分じゃないみたいで、なんだか自分に自信が持てるんじゃないかって気がすると言う人が多いんです。だから、僕たちもできるだけ気軽に着物が買える、イベントや店などを探してあげるんですよ。そうすることで、彼女たちは、自分に自信が持てるようになって、また次のステップへ行くことになる。そういう橋渡しをして、彼女たちを、援助してあげることなんだと思います。」

ジョチさんがそう説明すると、おじさんは小さくなった。

「そうなんだねえ。そんなふうに、弱い心を持った人たちに力を貸してくれる人間が現れるようになってくれたのか。それでは、俺も、なんのためにいきていたのかわからなくなるな。」

「へえ、なにかあったんですか?」

杉ちゃんがすぐ言った。

「僕たちをあんなふうに親切にしてくれたんだから、なんかあったとしか思えないけど。単に競輪で負けたからではないでしょう?」

おじさんは大きなため息を付いた。

「そうですねえ。そういう事言われちゃ、言わざるを得ないなあ。俺は、前科者でさ。前に、違法薬物売りさばいてたりしてたんだ。俺、どうしても、学校ってものに馴染めなくてさあ。俺は、成績も悪かったし、学校の先生も嫌いだった。だからさ、結局卒業できなかったので、それで、俺は工事現場とかで働くしかなかったんだよ。まあ偶にこうして競輪やってるけど、恋愛も結婚もできなかったしねえ。それでは、もう生きてて失格かな。まあ、工事現場で働くしか、なかったからなあ、、、。」

「まあいいじゃないか。そういうことなら、急がなくてもいいからさ。もう一回、やり直して見る気はない?きっと、僕みたいな人間を助けてくれるんだから、前科者と言っても、悪いやつじゃないと思うんだよ。本当に悪いやつは、人助けなんかするかよ。だから、お前さんは、絶対悪いやつじゃない。生きてて失格なんて、そんなこと、言うもんじゃないよ。」

と、杉ちゃんはおじさんに言った。

「そんな事言って、俺はもうダメだよ。一度、前科があれば、もうやり直しなんかできないじゃないですか。まあ、せいぜい、ビールが飲めて、競輪を見れると言うだけでも幸せだったのかな?」

おじさんは、小さな声で杉ちゃんたちに言った。

「そうですね。確かにそれだけかもしれないけど、やり直すことはできる時代になってきていると思います。だって、80歳のおじいさんが、通信制の高校に行った例もあります。だから、やり直すことはできるのではないかと思いますよ。」

とジョチさんは言った。そうこうしているうちに、ガタンゴトンという音がして、電車がやってきた。一両しかない、本当に小さな電車だった。なんだか、昔の電車という感じの電車ではあって、車椅子スペースはあるのかなと思われるくらい古いタイプの電車だった。

「兄ちゃん今から電車に乗せてやるからな。」

と、おじさんは杉ちゃんの車椅子を持ち上げて、杉ちゃんを電車の中に乗せてくれた。車椅子スペースはあるのかなと思ったが、ちゃんとスペースが設けられている。電車に乗っている乗客は5人もいなくて、みんな本を読んだり、スマートフォンで動画を見たりしている。電車はガタンと音を立てて走り始めた。

「みんな田舎者ばっかりの電車だけどさ。兄ちゃんたち、どこから来たの?」

杉ちゃんを車椅子スペースにつけると、おじさんはそういった。おじさんはジョチさんにも、椅子に座るように言った。ジョチさんはありがとうございますと言って、椅子に座った。

「僕たちは、富士からです。」

ジョチさんが答えると、

「そうか。じゃあ、掛川から、新富士へ帰るのかな?」

と、おじさんは聞いた。そうですとジョチさんが答えると、

「俺、今は掛川に住んでるんだけど、昔富士で働いていたことあるよ。なんか、御縁があるね。不思議なものだな。」

とおじさんは小さな目でにこやかに笑ってくれた。

電車は、たしかに掛川駅に向かって走っていた。もう日は沈む寸前で、空が真っ赤になっている。

「美しい景色ですね。」

ジョチさんがそう言うと、

「こんな景色が見られるのは、田舎電車ならではだな。」

と杉ちゃんが言った。

それからしばらくして、

「まもなく、終点掛川駅に到着いたします。本日も天竜浜名湖鉄道をご利用くださいましてありがとうございました。」

と、車内アナウンスが流れ、数分後に電車は掛川駅に到着した。またおじさんが杉ちゃんの車椅子を持ち上げて駅のホームに降ろしてくれた。

「どうもありがとうございます。あの、これ少しですけど、持っていってください。」

ホームに出たジョチさんは、急いでお金を渡そうとしたが、

「前科者に金なんかいらないよ。」

おじさんは受け取らなかった。

「そうなんだね。じゃあ、もう生きることは否定しないで、これからはやり直すことをかんがえてくれ。それがきっと、お前さんの使命のような気がする。」

と杉ちゃんが言うと、

「そうだな、ははは、、、。」

おじさんは、苦笑いした。

改めて、杉ちゃんとジョチさんは、おじさんにお礼を言って、人がたくさんいてくれて、なおかつ手助けをする駅員もいてくれる、新幹線のホームへ向かったのであった。


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天浜線の夕暮れ 増田朋美 @masubuchi4996

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