秘密
「ちぇ、あんなに二人で話し込んでいたのに収穫なしかよ」暁が口をとがらせる。
「相棒、そう責めるなって。あの爺さんだって神様じゃあないんだ。すべてお見通しとはいかないだろ」草次さんがなだめる。
「草次さんの言うとおりだよ。僕も喜八郎さんのことを買いかぶっていたみたい。ちょっとがっかりしたよ」
嘘だ。僕たちは新たな発見をしたし、かなり犯人像に近づいた。それに喜八郎さんは僕が思っていたとおり賢い人だった。新たな発見を隠すことを含めて。とても僕一人では共通点に気づかなかっただろうし、冷静さを欠いてみんなを恐怖の底に陥れていただろう。ここが喜八郎さんと僕の差だ。彼は僕よりも人生経験が豊富だ。やはり年長者の言うことにも耳を傾けるべきだ。
「それで、これからどうする? 季節の間は封鎖されているし、行ける場所といえば自分たちの部屋か書庫くらいだぜ?」と暁。
「一人で部屋にこもるのは危ないよ。それなら書庫に行こうよ。犯人がわざわざ荒らしたんだ、何か新しい発見があるかもしれないし」
「周平の言うとおりだな。相棒、行き先は書庫に決定だ」と暁。
書庫に着くと相変わらず、本が無残にも床に散らばっていた。読書好きの僕としては胸が痛い。
「しかし、分からねえなぁ。荒木っていう爺さんの事件、あそこだけ『ことわざ辞典』がなかったんだろ?」暁が確認してくる。
「そうだよ」
現場を見たのは僕に喜八郎さん、磯部さんに冬美さん、それに三日月さんだけだ。あとの人たちは伝聞でしか内容を知らない。
そして、暁の発言で気がついた。さっき、喜八郎さんとことわざの謎を解いたはずだが、荒木さんの事件に関しては例外だ。確かに犯行現場はワインセラーで季節の間ではない。それが理由なのだろうか。それとも荒木さんの名前――荒木敬二――に関係しているのだろうか。彼の名前には春夏秋冬の文字が入っていない。彼の事件だけ犯人の意図が分からない。
「せっかく俺が『季節の間に合致したことわざが置いてある』って気づいたのに、進展なしか……」と暁。
「まあ、一歩前進だぜ、相棒。それに相棒の方があの爺さんより先に気づいたんだ。あれは大手柄だったぜ。なあ、由美子?」草次さんが暁を褒めそやす。
「ええ、そのとおりよ。私たちは今まで以上に犯人に迫っている。でもね、それって危険でもあるわ。考えてみてよ。もし私が犯人の立場だったら、かなり焦るわ。焦った人がどういう行動をとるか想像できる? 私だったら、この館にいる人を無事には帰さないわ。草次、私だって自分で物騒な発言をしているのは自覚があるわ。でも、ものごとは最悪を想定すべきよ。私としてはこれ以上犯人を刺激せずに、警察に任せるべきだと思うわ」由美子さんの考えは冷静だった。
僕は夏央の仇を取りたい余りに大局観を失っていた。由美子さんの言うとおりだ。
「でもよ、それって相棒や周平に我慢しろっていうことか? 俺が二人の立場なら、何がなんでも犯人を自分で捕まえなきゃ気がすまねえ」
草次さんが拳を握る。強く握るあまり、血管が浮き出る。
「おとなしくするのも一つの選択肢ってこと。私たちは大人よ? 一直線に進むことだけじゃなくて、時には遠回りすることを覚えるべきよ」
「確かに由美子さんの言うとおりだけど、それってなかなか難しいよね。僕には出来そうもないや」天馬さんが由美子さんを尊敬のまなざしで見る。
由美子さんの言葉を聞いて耳が痛い。僕は来年には社会人だ。それは一つの節目だ。由美子さんの言うとおり、時には回り道をすることも覚えなければ。
それにしても喜八郎さんは、例の新発見を僕との秘密と言っていた。彼はどうするつもりなのだろうか。由美子さんのさっきの発言のとおり、警察に情報を伝えて任せるのか、それとも僕たちの手で捕まえるのか。きっと前者だろう。危険を冒してまで犯人を捕まえることは考えていないだろう。だからこそ、二人の秘密にしたのだろう。
みんなの混乱を招きかねないというのは、一つの建前に過ぎないと思う。僕や暁が夏央の仇をとろうと無茶をするのを恐れたに違いない。事実を知れば、暁は確実にどんな手を使ってでも犯人を捕らえようとするだろう。喜八郎さんは犯人だけではなく、僕たち二人が暴走する可能性を考慮しているのだ。
「おい周平、心ここにあらずだぞ。俺の話聞いてたか?」
どうやら僕が考え込んでいる間に暁に話しかけられたらしい。
「ううん、ごめん。考え事してた」
「お前、あの爺さんと広間で話してから少しおかしいぞ? 本当に大丈夫か?」暁が念を押す。
危うく暁に真実を悟られるところだった。いくら喜八郎さんとの約束とはいえ、友人に知らせることが出来ないのは胸が痛む。嘘がつくのが苦手な僕は正直、早く真実を伝えて楽になりたい。でも、そうはいかないのだ。
「で、何の話だったっけ?」
「今日、明日とどうするかって話。もちろん日中は周平のそばにいて、警護するぜ。でも、夜はそうもいかないからな。相棒どう思う?」
「そうだな、それは考えてなかった。夜中をどうするかだな。誰か妙案はないか?」と草次さん。
「それは心配しすぎだよ。ほら、この鍵の束を見てよ。季節の間の鍵はもちろん、すべての部屋の鍵があるんだ。マスターキーがない以上、僕が部屋の鍵を開けない限り犯人は僕を襲えない。もちろん、スマホから証拠写真を消すこともできない。どう?」
「確かにそれなら安心だな。鍵の束を犯人が持ってっていたらと思うとぞくってするぜ。まあ、誰かさんが犯人じゃあない前提だが」暁が茶化す。
「おお、もしそうだったら俺たち全員あの世行きだぜ」草次さんが続く。
「もう二人とも場を明るくしたいのは分かるけれど、冗談もほどほどにね。天馬さんなんか間に受けて震えているじゃない」
そんな風にふざけあっているうちに夜の帳が下りた。
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