最後の晩餐
夕食はいつもより遅い時間になった。荒木さんが亡くなったため、三日月さんの料理を補助する人がいないからだ。途中でそれに気づいてからは由美子さんが立候補して補佐役になった。
「夕食をお持ちしました」三日月さんが配膳ワゴンを押しながらやって来る。後ろには由美子さんがドリンクを持っている。
夕食の場には磯部さんの姿もあった。秋吉さんの一件以降、自室にこもるのは危険だと気づいたらしい。久しぶりに全員がそろった形だ。
「それにしても、今日の夕食は貧相じゃないか! とてもバカンスに来ているとは思えん。下手したら非常食の方が豪華じゃないか」磯部さんがナイフとフォークを持った手でテーブルを叩く。
「あら、それは聞き捨てならないわ。せっかく二人が作ってくれたのに。由美子ちゃん、磯部さんは夕食抜きでいいわよ」と冬美さん。
「おいおい、それはないだろ。……分かったよ、そうにらむなって。謝ればいいんだろ、謝れば。嬢ちゃん、すまなかったな」磯部さんが謝るとは思っていなかったので、意外だった。
僕は気づいた。冬美さんの言葉を受けて謝ったのではない。それもあるだろうが、磯部さんの向かいに座った草次さんがすごい形相をしていたのだ。これは磯部さんも謝らざるを得ない。
「さあ、今日が終われば明日の夕方には漁船が来る。そうすれば、好きなものを食べ放題だ」磯部さんは白々しく言う。
「これが最後の晩餐にならなければな」磯部さんのセリフに対して暁がポツリと言った。
「暁、いくらなんでもその言い方はないよ。今日はこのあと、各自の部屋に戻るんだよ? 事件が起こるわけないじゃん」と僕。
「まあ、周平の言うとおりになればいいけどな。さっき書庫で言ってただろ。『マスターキーはすべて手元にある』って。それが引っかかったんだ。今もまだ姿を見せない主催者がもしこの館の主だったら? もちろん、マスターキーを持っている。そして俺たちに隠れて犯行を重ねていたら? 俺たちは今夜も恐怖におびえなきゃいけないんだぜ」
暁の言うとおりだった。僕でさえその考えが頭をよぎったのだ、他の人がその可能性を考えないはずがない。広間に静寂が広がった。
「まあ、相棒の言うことも一理ある。今夜は扉の前に重たい家具を置いた方がよさそうだな。他にいい考えがある奴はいるか?」
草次さんの提案に対する答えは沈黙が示していた。
「じゃあ、それで決まりだな。せっかくの晩飯がさめちまう。早く食っちまおうぜ」
草次さんの言葉を合図にみんなが食べだす。もちろん、一日目のような盛り上がりはない。
「さて、三日月さん、由美子嬢、ごちそうさまじゃ。いやぁ、うまかったわい。冬美さんもそう思うじゃろ?」
「ええ、由美子ちゃんは将来いいお嫁さんになりそうね。誰かさんがうらやましいわ」
草次さんは恥ずかしさのあまり顔を赤くしていた。由美子さんも同じだった。
「ふむ、うらやましいわい。このような絶望の中にも希望があるということじゃ。まるで暗闇を照らす灯台の灯じゃ」
希望で思い出した。草次さんのタロット占いの結果は「星」すなわち希望だった。対する僕の未来は「悪魔」つまり絶望だ。でもこれ以上の絶望はありえない。そのときだった。
「ねえ、これ何かしら?」薫さんがテーブルの下からの何かのカードを拾い上げた。
「『夏歌う者は冬泣く』? 誰か落とし物よ」
薫さんの言葉を聞いた瞬間、その場に緊張が走る。
「あのぅ、それって犯人の犯行声明じゃありませんか? 季節の間にもそれぞれの間に合ったことわざ辞典が置いてありましたよね。春、夏、秋と季節順に犯行が行われています」天馬さんがおずおずと言う。
「でも、天馬さん、ここは『広間』よ。『冬の間』じゃないわ。だってあの部屋は封鎖済みよ?」
僕は喜八郎さんの方を見る。彼は首を振っていた。言うなの合図だ。
「だからといって安心もできないだろ。犯人が季節の間への固執を捨てれば、どこでだって事件は起こりうる」
草次さんの言葉は僕たち二人の発見に迫りつつある。この場で新たな共通点がばれれば、間違いなくパニックに陥る。
「なあ、さっきから気になってたんだが周平の様子がおかしくないか? さては何か隠し事をしているな?」草次さんが詰め寄る。
やはり僕は嘘がつけないらしい。顔に現れてしまったようだ。
「そこまでじゃよ。諫早殿を責めるのは筋違いじゃ。わしが悪いのじゃ。わしから秘密にするように頼んだのじゃから。さて、これ以上隠すとみながわしらを疑い、またしても結束が崩れてしまう。じゃから、わしから話そう」みんなが喜八郎さんの方を見る。その顔は恐怖で顔面蒼白だった。
「さあ、どこから話したものか……。そうじゃな、結論から言うかの。犯人はまだ事件を続けるつもりのようじゃ。それも今回のターゲットはずばり冬美さん、あなたじゃ」
冬美さんが悲鳴をあげる。
「ちょっと待った。なんでその婆さんが狙いだって言いきれる?」暁が疑問を呈する。
「それにはわしと諫早殿の発見がかかわっておる。端的に言おう。犯人がこだわっているのは事件を起こす場所のみではない。ことわざどおりに殺すのがもう一つの狙いじゃ」
「どういうことかしら。もっと具体的に言ってちょうだい」と薫さん。
「では、一例を挙げよう。さて、『春の間』での事件じゃが被害者は『暁春太郎』殿じゃ。そしてことわざは『春眠暁を覚えず』じゃったの? ここまではみなが知っているとおりじゃ。そしてわしらは気づいたのじゃ。暁殿は睡眠薬の過剰摂取で死ぬところじゃった。つまり、犯人はことわざの意味どおり暁殿を永遠の眠りすなわち死に追いやろうとしたわけじゃ。これで伝わったかの?」
「おいおい、ってことは今回のことわざのカードはその婆さんを『夏歌う者は冬泣く』のとおりに殺すっていう犯人からのメッセージってことか?」暁は信じられないという顔をしている。
「暁殿の言うとおりじゃ。さて、このことわざじゃが『夏に遊び暮らす者は、冬になって寒さと飢えに苦しむ』という意味じゃ。つまり犯人は冬美さんを寒さもしくは飢えで殺そうとしていることになるのう」
普段は上品な冬美さんもこのときばかりは取り乱していた。
「そんなの嘘よ。でたらめよ。誰かが犯人のふりをして、からかっているだわ。ねえ、そうでしょう、喜八郎さん?」
「こればかりはわしもなんとも言えん。犯人の犯行声明か誰かの質の悪いいたずらか。あえて選ぶなら前者になるかのう。今ここでわしが言うまで、ことわざどおりに事件が起きていることはみな知らなかったからのう。さて、これで説明は終わりじゃ。ここにきて守るべき対象が増えたわけじゃ。鍵を持っている諫早殿と次の犯行のターゲットとなった冬美さんじゃ。いずれにせよ、今晩は今まで以上に警戒せねばならん。みなは部屋に戻ったら、扉を何かで塞ぎ簡単に開かぬようにするのじゃ。よいな?」
最後の晩餐は僕たちに暗い影を落として終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。