新たな共通点
「さて、何か新しい発見があればいいのじゃが……」
「ええ。必ず見つけてみせます。それが夏央への何よりの供養ですから」
「諫早殿、張り切るのは良いが、ほどほどにするのじゃ。『物事は冷静に考えねば判断を誤る』じゃよ。まあ、呑み込みの早い貴殿のことじゃ。いらん心配かもしれんの」
喜八郎さんの言うとおりだ。冷静さを忘れてはならない。
「ふむ、『春の間』は『春眠暁を覚えず』、『夏の間』が『飛んで火にいる夏の虫』、『秋の間』が『秋の日は釣瓶落とし』と『天高く馬肥ゆる秋』じゃな。それぞれの間に置かれたこと『ことわざ辞典』に季節の間に合わせたことわざがあることは、すでに暁殿が指摘しておる。問題はなぜ犯人がそこに固執しているかじゃ。メリットが見当たらん」
事実、僕たちはその法則性に気づき、犯人が「冬の間」で事件を起こせないように、先手を打って「冬の間」を閉鎖している。犯人の想定より僕たちが気づくのが早かったのか。それとも法則性に気づかれても問題のない事情があるのか。
「うーむ、うまくいかんのう。隠されたもう一つの共通点が――仮にあるとすればじゃが――見つかれば、今度こそ犯人の先をいけるはずじゃ」
僕たちは現場写真とにらめっこする。
「喜八郎さん、もしかしたら『ことわざ辞典』ではなく、他のものに共通点があるのではないでしょうか? 僕たちの方が『ことわざ辞典』に固執し過ぎているのかもしれません。犯人のように」
「ふむ、一理あるの。ことわざ以外で犯行に共通している点は『計画性』じゃったの。『春の間』では事前に睡眠薬を準備しておる。これは手に入れづらいものじゃ。警察が調べれば入手ルートから犯人を特定できるかもしれん。『夏の間』ではコートを羽織って返り血を防いでおる」
「そして、ワインセラーでの犯行にはレインコートを着て返り血を防いでいましたね。でも、気になるのが『秋の間』での犯行です。この事件では今までと違って計画性がないような気がするんです。確かにロープを事前に準備はしています。でも、暁や天馬さん、秋吉さんが一緒に行動しているのに、どうやって犯行を実行するつもりだったのでしょう? 秋吉さんが天馬さんと二人きりになったのは偶然です。これまでの事件と比べると運に頼りすぎていませんか?」
僕はこの点がずっと気になっていた。「秋の間」の事件だけ場当たり的なのだ。今までの犯人の行動から逸脱している。
「そこなのじゃ、問題は。それに『ことわざ辞典』が二冊あるのも気になるのう」喜八郎さんが指摘する。
喜八郎さんの言うとおりだ。「秋の間」の現場には二冊あった。これは犯人に何か意図があるに違いない。その時だった。喜八郎さんの目が鋭く光る。
「のう、諫早殿。一つ確認じゃ。わしの記憶どおりなら暁殿の名前は『春太郎』じゃったの」
「ええ、その通りです」
「ふむ、これで確信を持ったわい。新たな共通点を見つけたようじゃ」
喜八郎さんは僕が見落としていた何かに気づいたらしい。
「『春の間』のことわざは『春眠暁を覚えず』じゃったのは諫早殿も覚えておろう。さて、このことわざの意味は『夜の明けたのを知らずに眠りこみ、なかなか目が覚めない』じゃ。ここで諫早殿に質問じゃ。『春の間』で暁殿はどのような被害を受けたのかの?」
僕は喜八郎さんの言葉にむすっとした。それを忘れるほど僕は鳥頭ではない。
「馬鹿にしないでくださいよ。睡眠薬による殺人未遂です」
「そうじゃ、そこが問題なのじゃ。『春』の文字がつく人物をことわざどおりに殺すつもりだったのじ。それも『春の間』でじゃ」
いまいちピンとこない。
「もう少し分かりやすくお願いします。喜八郎さんの頭ほど僕のは出来がよくないので」僕は正直に言う。
「じゃあ、こう言えば良いかの? 『春の間で暁殿は睡眠薬の過剰摂取で永遠の眠りにつく』ところじゃった。つまり、犯人はことわざどおりの方法で暁殿を殺そうとしたのじゃ。さて、次は『夏の間』じゃ。ことわざは『飛んで火にいる夏の虫』じゃ。さて、『夏の間』での事件はどんな内容じゃったかの?」
喜八郎さんはすべて分かっているに違いない。
「夏央は鈍器による撲殺か焼死で殺されました……。もしかして喜八郎さんはこう言いたいのですか? 『夏の間での殺人もことわざどおりに行われている』と。」僕は興奮して言った。
そうかもう一つの共通点はこれだったのか!
「それに夏央の名前は『蝶野夏央』です! 『夏』の文字が入っているだけでなく、蝶つまり『虫』の字も入っています。夏央は夏の間で焼殺された。これは『飛んで火にいる夏の虫』を意味していたんですね!」
「そうじゃ、犯人が焼殺にこだわった理由はそこにあるとみて間違いなかろう。確実に殺すために何度も殴打しなかったのは、そこに理由があったのじゃ。かなり回りくどい方法じゃが、犯人はことわざにかなりの執着を持っておるのじゃから納得がいくのう」
なるほど、犯人はことわざに則って事件を起こすことで、僕たちに恐怖心を抱かせようとしていたのだ。そうとなれば「秋の間」での犯行にも説明がつく。
「ここまで言えば賢い諫早殿のことじゃ。『秋の間』についても分かったじゃろう?」喜八郎さんの目がキラリと光る。
「『秋の間』にあったことわざは『秋の日は釣瓶落とし』でした……。つまり犯人は秋吉さん――釣部さんをことわざどおりの方法で殺したんですね。このことわざの意味は『井戸の釣瓶が落ちるように早く暮れてしまうこと』です。釣部さんをわざわざ梁を使って吊るしたのにも意味があったんだ」
そこまで言って僕はあることに気がついた。
「諫早殿も気づいたかの? そう『秋の間』には『ことわざ辞典』が二冊あった。もう一つのことわざは『天高く馬肥ゆる秋』じゃ。ここだけはどうしてもうまく説明できぬ。ここに事件の鍵が隠されているはずじゃが……」喜八郎さんは続ける。
「犯人はただ犯行を重ねているだけではないのじゃ。わざわざ、ことわざどおりに殺しているのじゃ。残忍と言うほかあるまいて」
「でも、この共通点は大きな発見です! 早くみんなに伝えましょう」
僕が離れた場所にいるみんなのところに行こうとした時だった。喜八郎さんがいきなり僕の服のすそを掴んだので、あやうく転ぶところだった。
「諫早殿、それは待つのじゃ。春、夏、秋と殺人は季節順に行われておる。秋の次は冬じゃ。さて、この場に『冬』の字が入った人物が一人だけおるの? そう『酒井冬美』さんじゃ。もし貴殿が冬美さんの立場じゃったらどうなるかの? 『次は自分の番で、しかもことわざどおりに殺される』と知れば、彼女は大いに取り乱すに違いない。まあ、幸いにも犯人の先手をとって『冬の間』は閉鎖済みじゃ。彼女が『冬の間』で殺される心配はない。しかしじゃ、犯人が『ことわざどおりに殺す』ことのみを目的としておるのなら話は別じゃ。彼女はいつどこで殺されるか分からない恐怖におびえることになる。その恐怖は他の者にも伝わり、間違いなく混乱に陥る」
喜八郎さんは冷静だった。僕はそこまで頭がまわっていなかった。新たな共通点の発見に酔いしれ、あやうくみんなを恐怖の底に落とすところだった。これでは犯人の思う壺だ。
「さて、ここでの発見は当面わしたち二人の間の秘密じゃ。くれぐれも他言無用じゃ」喜八郎さんが念を押す。
「もちろんです」と僕。
「おーい、周平。爺さんと長いこと話し込んでいたけど、何か新しい発見はなかったか?」暁が遠くから聞く。
「ううん。さっぱりだよ。どうやら犯人の方が一枚上手みたい」
僕は暁や草次さんたちに近づきながら思った。噓が下手な僕がいつまでこの発見を胸に秘めていられるだろうかと。
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