証言

「さて、これで事件は四件目じゃが――」



「待て、どういうことだ? 四件目? 三件目の間違いだろ」草次さんが喜八郎さんの言葉を遮る。



「そうじゃ、情報共有がまだじゃった。端的に言う。荒木殿はワインセラーで殺されておった」



「そんな……」薫さんが小さな悲鳴をあげる。



「しかし、まずは『秋の間』で起きた事件の状況整理じゃ。その方が話が早かろう」

 喜八郎さんはコツコツと杖をつきながら現場を歩きまわる。



「まずは発見からの流れじゃな。悲鳴から察するに、天馬殿が発見者かの? 話せるのなら状況を説明してくれんかの」優しく言う。



「はい、大丈夫です……」

 天馬さんは恐怖の影響か体を震わせていた。



「待て、天馬はとても話せる状況に見えないぞ。仮にも親父が死んだんだ、話を聞くのは後にすべきじゃないか?」草次さんが心配そうに天馬さんを見る。



「確かに、わしの配慮不足じゃった。これはいかん。では、次に現場に踏み込んだ草次さんから話を聞くとするかのう」



「おう、かまわないぜ。まず、目に入ったのは腰を抜かした天馬だった。かなりショックを受けている感じだった。天馬の視線を追うと……爺さん――つまり天馬の親父――が吊るされていたんだ」一気に話すと草次さんは深呼吸して続ける。



「天井にむき出しの梁があるだろ? あれに吊るされていたんだ。それもただ吊るされていたわけじゃあない。こう、なんといえばいいんだ。うーん、梁を起点に逆V字状に吊るされていたんだ。伝わったか?」



「ふむ、もう少し状況を詳しく聞きたいの」



「難しいな……。部屋の入口側に吊らされた爺さん、そのロープは梁の上を通って反対側、つまり窓側にもう一方のロープの端が結わえられていたんだ。これならどうだ?」



「うむ、分かりやすい説明じゃった。つまり、梁に直接ロープを結えたのではなく、梁の上を通すことで脚立がなくても吊るすことが可能なわけじゃな。それにこの方法なら、釣部殿を持ち上げるのに力が少なくて済む。女性でも犯行可能じゃな。さあ、続けるのじゃ」



「それで、後から来た周平と爺さんを助けようとした。最初はロープの結び目をほどこうとしたんだ。だが、途中からやり方を変えた。爺さんの首が絞まらないように、体を浮かせることにしたんだ。で、俺が体を浮かせている間に、周平が首元の結び目を解いたんだ。その後――」



「小僧、貴様何をやっていたんだ。もっと早く体を浮かせていれば、社長は助かったんだぞ!」磯部さんが怒鳴り散らかす。



「お前らが殺したも同然だ」冷たく言い放った。

 その言葉は僕の胸に大きく突き刺さった。僕は殺人者になってしまった……。



「待って、素人が冷静に判断できるわけないじゃない。二人を責めるのはお門違いよ。あなたの言っていることは結果論よ。それに、あなたの言葉で傷ついた二人が責任感のあまり自殺でもしたら、あなたも殺人者になるのよ。言葉は選ぶべきよ」冬美さんが言い返す。

 僕は少しだけ救われた気がした。



「さて、二人が釣部殿をおろしたところじゃったな。それからどうしたのじゃ?」

 僕たちは脈を測って手遅れだと気づいたこと、由美子さんがやって来たことを簡潔に説明した。



「なるほど、よく分かった。さて次は暁殿じゃ。貴殿らは三人で行動しておったはずじゃが」



「そうだな、次は俺の番だ」暁は静かに言った。



「うむ、では話を聞こうかの」



「信じてもらえるかは自信がないぜ。ただ、本当の話だ。天馬の親父と天馬と一緒に『秋の間』周辺で執事を探していたんだ。すると親父の方が『天馬と二人で話がしたい』って言い出したんだ。今はそれどころじゃないって反論しても、聞き入れてもらえなかった……。あれは異常だった。一種の執念のようなものを感じた」暁は一息つく。



「しかたがなく、二人を『秋の間』に残して、近くで執事を探していたんだ。そしたら……その後の説明は不要だろ。相棒が言ったように俺が部屋に入ったら、すでに親父さんが床におろされていたんだ」



 暁の話を聞いてなるほどと思った。あんなに天馬さんのことを嫌っていたのに、おかしいと思っていたのだ。「秋の間」を探すときに秋吉さんが天馬さんをメンバーに選んだのは理由があったのだ。その理由についてはもう聞くことはできないが。



「おい、この小僧は信用ならんぞ。そんな都合のいい話があるわけない。この小僧が犯人に違いない。早く縛り上げてどこかに監禁すべきだ!」磯部さんが喚き散らす。



「おいおい、ちょっと待て。相棒の話だけじゃなくて、当事者の天馬の話も聞くべきだ。そうだよな?」草次さんが喜八郎さんに助けを求めて目をやる。



「そうじゃな。それから考えても遅くはなかろう。天馬殿、落ち着いたかの?」



「ええ、今なら大丈夫です」



「さて、天馬殿、自分の見聞きしたことをしゃべるのじゃ。暁殿の話と矛盾していても構わん。矛盾点の多くは何らかの誤解や勘違いによるものじゃ」



「はい。何があったのかお話します。最初は暁さんの言ったとおりです。なぜか――あんなに毛嫌いされていたのに――お父さんから話があるって呼び出されたんです。そして、暁さんには席を外してもらいました」



「ふむふむ。ここまでは一緒じゃな。続けるのじゃ」



「それで一瞬気を失って。気づいたら、僕は椅子に座っていて、吊られたお父さんが目の前にいたんです」



「はあ? どういうことだ?」と草次さん。



「ちょっと待って。どういうことかしら。いきなり話が飛んでいるわよ」冬美さんが続く。



「あなたたち、私の息子の言うことを信じてくれないんですか?」薫さんは怒気を含んだ声で言う。



「みなさん、落ち着きましょう。こんなことでは――」



「うるさい、若造は引っ込んどれ!」

 次の瞬間、磯部さんの右ストレートが勢いよく僕の顔に直撃する。目の前に星が飛び散る。



「落ち着くのじゃ。静まるのじゃ!」

 喜八郎さんが大声で制止する。小柄な喜八郎さんの体に、これほどのエネルギーがあるのかと驚いた。瞬く間にシーンと静かになる。息を吸うことさえ、はばかられた。



「落ち着くのじゃ。これでは話が進まん。さて、天馬殿の話をまとめるとこうじゃ。父親と二人きりになるために、暁殿が席を外した。二人きりになった瞬間に気を失い、目が覚めると父親が吊るされておったわけじゃな?」喜八郎さんがテキパキと進める。



「はい……。きっと、きっと僕がお父さんを殺したんだ。そうに違いない。僕をどこかに監禁してください。僕が病気で意識を失っているうちに殺してしまったんだ!」

 天馬さんがヒステリックに叫ぶ。



「天馬さん、落ち着きなさい。確かにあなたには、いつの間にか意識を失う持病があるわ。でも、意識がないときに人を殺すなんて無理があるわ。正気を保ちなさいな」



「薫さんの言うとおりじゃ。天馬殿、一回落ち着くのじゃ」

 そう言うと喜八郎さんは目をつむって考え込む。こういうときは人の思考を邪魔してはいけない。



「なにはともあれ、現場の検証じゃ。証拠物件を整理しなくてはならん」

 そのとおりだ。証言は出そろった。内容は置いておくとして。僕はポケットからするりとスマホを取り出す。証拠写真を撮らなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る