秋の間
広間に着くと、先に薫さんたちのグループが戻っていた。「冬の間」を探していたはずだ。
「それで、そっちは荒木さんを見つけたか?」草次さんが問いかける。
「それが、荒木さんは――」
僕は言葉を続けることができなかった。
「うわあああぁぁあ」
再び悲鳴が館の中を響き渡った。
「なあ、今のって天馬の悲鳴じゃないか? 『春の間』の事件のときに聞いたのと似ているぞ! 悲鳴はどこから聞こえる?」草次さんが怒鳴る。
「草次さん、『秋の間』の方だと思う!」
春の間、夏の間は封鎖されている。他の部屋は僕たちが見てまわっている。そして、天馬さんは暁、秋吉さんと「秋の間」へ荒木さんを探しに行っていた。「秋の間」と考えるのが妥当だ。
「急ぐのじゃ! みな先に行っておくれ。わしを置いて行くのじゃ。後ほど合流じゃ」
「でも、それだと犯人に襲われるかもしれません」
確かに喜八郎さんは足が不自由だ。そうは言っても、僕たち全員が先に行っては、今度は喜八郎さんの身に何があってもおかしくない。
「天馬殿がなぜ悲鳴をあげたのか不明じゃが、新たに事件が起きたと考えるべきじゃ。『春の間』の事件では、由美子嬢のおかげで暁殿は死なずに済んだ。今回も間に合うかもしれん。さあ、行くのじゃ!」
「爺さんの言うとおりだ。おい、由美子も急げ」
「うん、分かったわ。間に合えばいいのだけれど」由美子さんは不安げだ。
「分かりました。先に行ってきます!」
「三人とも、気をつけるのじゃぞ」
僕は「秋の間」に向かって走り出す。当然、草次さんの方が足が速い。
「周平、無理して急ぐな。この緊迫した状況で無茶すると、フィジカル的にも参っちまう。ここは俺に任せろ!」
そう言うが早いか、草次さんはビュッと風のように僕の横を駆け抜ける。こういう場面では草次さんが頼りになる。暁も速いが、今は「秋の間」にいるはずだ。「春の間」に続き、暁が被害者の可能性もある。夏央に続いて暁まで失うわけにはいかない。そのとき、タロット占いの未来が頭をよぎる。僕の未来は「悪魔」のカード。希望がないらしい。そのような未来はごめんだ。
「秋の間」までの道のりは永遠のように感じた。走っても、走っても、前に進んでいる気がしない。恐らく自分の中の本能が危険を知らせているのだろう。もどかしい。
なんとか「秋の間」に着くと、天馬さんが口をパクパクさせて、何かを指している。声を出したくても出せないようだ。天馬さんをそれほどまでにするのは、よほどショッキングな状況に違いない。
「おいおい。マジかよ……」
先に着いた草次さんが呆然と立ち尽くしている。
目の前に広がっていたのは――首にロープがかけられ、吊り下げられた秋吉さんだった。
僕は眼前の光景に絶句した。秋吉さんは梁からロープで吊られてぐったりしており、気を失っているだけなのか、遠くからはでは判断が出来ない。僕の足は棒のようで、うまく動かない。その場に足が根をはってしまったような感覚だ。
「周平、手伝ってくれ。おい、しっかりしろ」
草次さんが僕を揺さぶる。ぐわんぐわんと景色がぶれる。
「ご、ごめん。何を手伝えばいい?」
「ひとまず、爺さんの状況確認だ。まだ間に合うかもしれない」
僕たちは急いで秋吉さんに駆け寄る。彼の首からロープを外そうとしても、うまくいかない。手汗ですべる。落ち着け。こういうときは冷静さが重要だ。
「そうだ、無理にロープをほどく必要はないんだ。要は秋吉さんが吊るされているのを防げばいいんだ」
「なるほどな。俺が爺さんの体を浮かせておくから、ゆっくりでもいい、ロープをほどいてくれ」草次さんが叫ぶ。
力仕事に自信がない僕は、おとなしく草次さんの言うとおりにする。急がず焦らず冷静に。自分に言い聞かせる。徐々に結び目がほどけてくる。
ロープをほどけきると、草次さんはゆっくりと秋吉さんの体を床におろす。首には深々としたロープの跡がついている。僕は脈を測る。ダメだ、遅かった。僕の反応から草次さんも状況を察したようだった。またしても、やられた。殺人事件が起きてしまった。
そして、今回もタロット占いのとおりになってしまった。被害者は秋吉さんだったが、天馬さんの未来のカードは「吊るされた男」だった。僕は自分の未来が「悪魔」のカードだったことを思いだした。もしかして、これも当たってしまうのだろうか。それだけはごめんだ。
しばらくすると、由美子さんが部屋に飛び込んできた。
「ど、どうなの? 間に合った?」息をきらしながら聞く。
僕は首を横に振る。由美子さんはショックのあまり、口をポカーンと開けている。
今回はロープによる絞殺だった。犯人は身近なものを凶器に使うように行動パターンが変わっている。事前に準備していたのは「春の間」で使用した睡眠薬くらいだ。手荷物検査をしても無駄だったのだ。これで凶器の面から犯人を絞り込むことは、さらに難しくなった。
「で、状況はどうじゃ? 何があったのじゃ?」喜八郎さんはズルズルと片足を引きずりながらやって来る。視線は床の上の秋吉さんに向いている。すでにある程度は見当がついているのだろう。僕たちは手短に状況を説明した。部屋に着いたら天馬さんがいたこと、秋吉さんが吊るされていたこと、ロープを外しても手遅れだったこと。
徐々に「秋の間」に人が集まってきた。まずは暁。そして冬美さん。それ以降は誰がどの順番で来たのかは記憶にない。
僕たちは意気消沈していた。
「そんな、社長、嘘だろ? 嘘だと言えよ……」磯部さんが秋吉さんの前で突っ立っていた。
「磯部殿、悲しいがこれが現実じゃ。受け入れるのじゃ。すぐには難しかろう。ゆっくりでもいいのじゃ。時間が解決してくれるじゃろう」磯部さんの肩に手を置きながら、喜八郎さんは慰める。
無理もない。磯部さんが意気投合していたのが秋吉さんだった。僕は秋吉さんが苦手だったが、このような結末は望んではいなかった。
薫さんも磯部さんと同じ反応だった。夫が殺されたのだ。当たり前だ。天馬さんにいたっては父親が殺され、自らが第一発見者になってしまった。察するに余りあった。
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