第24話 全ての真実

 迷いは無い。


 豪華絢爛な高級ホテルの大ホール。

 俺はそこに堂々と立っている。


 この日こそがこれから先の未来を決める分水嶺。

 ちょうど、俺の正面に見えるのはハリス家の面々とクラーラ家の面々。

 ロジャーは俺を忌々しく見つめ、クレアは嬉しそうに目を輝かせている。


 ああ、そうだ。その目を、眼差しを見ているだけで。


 俺に力をくれる。どんな不可能な事だって君と一緒なら乗り越えられそうな気がする。

 俺は一つ深呼吸をした。


 沢山の視線が俺に突き刺さる。

 リアさんやワイズマンさんの協力で今、この場は大混乱だ。

 

「き、君!! すぐに説明したまえ!! これら資料は一体何なんだ!! そして、君は一体誰なんだ!!」


 俺の近くにいた来賓者の声が鼓膜を震わせる。

 その声は焦燥感を孕んでいて、冷や汗を流しているようだ。

 よっぽど、知られたくない事らしい。

 

 俺はその人に身体を向けてから、口を開いた。


「説明は今からします。とはいっても……まずはロジャー。てめぇだ」


 心の奥底から燃え上がる激情に身を任せ、叫ぶ。


「この声はどういう事だ?」


『私は君を売ろうと考えている。ああ、もう既に多くの客が決まっていてね。君はそいつ等の相手をしてもらおうと思っている』


 俺の声と同時に部屋中に響き渡るロジャーの声。

 これはクレアが渡してくれたあの『柴犬のキーホルダー』に録音されていたモノだ。

 

 俺はこれを始めて聞いた時、今までに感じた事もない怒りに打ち震えた。


 クレアを人間どころか、道具、それ以下のように扱おうとするその所業。

 到底、許されるものではない。


 ロジャーを俺を鋭く睨み返す。


「そういう貴様こそ!! ここがどういう場か分かっているのかッ!!」

『質問してんのはこっちなんだよッ!! クズ野郎ッ!!』

「っ!?」


 ダン、と俺は思わず近くにある机を力いっぱい叩く。

 バン、と心臓を振るわせるほどの轟音が鳴り響き、俺はロジャーを睨みつける。


「今更、言い逃れしようだなんてそうはいかねぇぞ!? てめぇの言った記録は全部残ってんだよ!! それで場を弁えろ? ふざけた事ぬかしてんじゃねぇぞ!! あぁ!? これはどういう事かって聞いてんだよ!! 質問に答えろ!! 質問に質問で返すんじゃねぇ!!」

「うっわ……とてつもないブチギレ……」

「か、かなり堪えたようですので、そっとしておきましょう……」


 ヒソヒソ、とリアさんとワイズマンさんが話しているが、俺はそんな事どうでも良い。

 俺の眼差しに若干の怯みを見せたロジャーは一つ咳払いをする。


「それは私ではない。声紋認証はしたのかな?」

「…………」


 俺はゆっくりと歩き出し、ポケットに入れていた封筒から1枚の紙を取り出し、机の上に置く。


「ほら。見ろ。声紋認証もしっかりやってる。全部、てめぇの声だよ。おい、てめぇ。何、クレア、脅してんだ? 道具にする? 男に売り捌く? おいおい、超えちゃいけないラインってのを知ってんのか?」

「……それがどうしたと言うんだ? 何か問題が? 後々、私の花嫁になる女をどうしようと私の自由じゃないか」


 開き直ったかのように声高々に言うロジャー。

 それに隣に居るクレアが嫌悪感を露にする。当たり前だろ。

 

 ていうか、今更そんな事言ってんのか?


 俺は一つ舌打ちをし、口を開く。


「まだ、お前、自分の状況が分かってないようだな」

「分かっていないのは君の方ではないのかな? 私は簡単に君を消す事が出来る。何、ここにいる奴等も金でも握らせておけばそれで良いだろう?」

「それが何も通用しないって状況なんだけどな」


 俺は呆れてしまい、心のボルテージが下がっていく。

 こんなバカを相手にしなくちゃいけないのか。


 俺はワイズマンさんに声を掛ける。


「ワイズマンさん、この映像って全部『国際警察』に通ってますよね?」

「ええ。無論でございます」


 俺の言葉を聞いて、その場で『やましい感情』のある人間達が顔を青ざめさせていく。

 それはロジャーも同じで、みるみる内に顔が青く染まっていく。


 ようやく、事の重大さを理解したか。


 俺はクレアのお母さんを見た。そう、彼女が全て繋げてくれたのだ。


 クラーラ家の悪事、ハリス家の悪事、そして、欲望と闇に塗れたこの場所を浄化する為に。


「今、この場で起きている事は全て『世界中の警察』に共有されています。不信な行動を取れば全て、お上の目に止まっちゃうので、変な事はしない方が良いですよ」

「……こんな事をして何が目的だ、佐藤ハルト!!」


 クレアの隣にいる精悍な男性が声を上げる。

 この人がクレアのお父さんか。確かに厳格そうな人だ。


 俺はクレアのお父さんを真っ直ぐみて、口を開いた。


「クレアを救う為」

「何?」

「この婚約は最初から意味なんて無いんですよ。分かりますか? ロジャーは最初からクラーラ家を崩壊させるつもりだ。それは全部、音声で残ってる。そして、クラーラ家もそうだ。

 クラーラ家は新エネルギー開発を打ち上げてるが、その実態を隠している。しかも? それで利益になりそうな相手を選んで、大きな儲け話にしようとした……アレですよね? ここに居る人達ってみ~んな、インサイダー取引でもしようと画策してたんですよね?

 だって、皆、綺麗に同じだけ株、買ってますもんね」


 これはクレアのお母さんがくれた情報だ。

 新エネルギー開発はまだ公にはしていない情報。しかし、この新エネルギー開発の話が出れば間違いなく、企業としての注目度も集め、多くの人が未来への投資として株を買う。

 その動きを最初に見計らい、贔屓にしている名家に売りつけていた。


 新エネルギー開発の致命的ともいうべきデメリットを隠して。


「新エネルギーは一歩間違えば、世界が崩壊する危険性を孕んでる。それは恐らく開発者が技術者達が必死に止めていたんじゃないんですか? そうじゃなくちゃ、莫大な財産を持つクラーラ家と協力しようという研究者が現れないなんてありえない」

「…………」

「でも、ここにいる連中は違う。その可能性が孕んでいるのを知った上で、それらによって犠牲が出る事を知った上で、金を手に入れるために利用した。違うか? まぁ、違うって言っても、証拠は挙がってるんだけどね」


 俺は床に散らばる紙を拾い、机の上に置く。

 これは不当に買われた株の決済記録であると同時に、その当時、他の企業や名家とのやり取りについて書かれているモノ。

 つまり、彼等の『汚い金儲け』における下らない情報の束だ。


 それを見つめ、クレアのお父さんは歯噛みする。


「こ、これを……どうして、貴様のような一般人が……」

「簡単ですよ。クレアの幸せを願ってくれる人が貴方の側にも居たんです。貴方のようにお金儲けだけに全力を注ぐ前に……たった一人の愛娘の幸せを願う、優しいお母さんが」

「え? ママ……」

「……あなた。もう、やめましょう。こんな事」


 クレアのお母さんはゆっくりと立ち上がり、クレアのお父さんを見つめる。

 その目は何処か哀れみが込められていた。


「あなたはいつから変わってしまったの? 昔は純粋に世の中の為に、って頑張っていたのに……新しいエネルギーを作り、それで人々に貢献したいという気持ちは純粋なモノだったのに、どうして……どうして、こんなにも歪んでしまったの?」

「……歪んでなどいない。これはこれから先、生きていく人類には必要な事だ。そして、人類の歴史は犠牲の上に成り立つ……貴様だって知らないはずが無い。

 この世にあるエネルギーの全てだって何かを犠牲に成り立っている。これら、新たなるエネルギーと何が違う!? 私は何かを犠牲にしたとしても、それによって、世界へと貢献する事こそが富める者の義務なのだ!!」


 悪い事をして、汚い金を使って、それで金儲けをして。

 そうして生み出された新しいエネルギー。それによって莫大な被害が出ても、それに関係ない人間はエネルギーの恩恵を受けて、生き続ける。


 俺はそれを考え、口を開いた。


「だからって、貴方のした事が正当化される訳ではない。どれだけ未来を慮り、考え、心を痛めたとしても!! 貴方のやろうとした事は間違ってる」

「……間違ってなどいない!! クラーラ家は世界の中心となるべき存在なのだ!! 世界の中心となり、多くの人を導き、幸福を約束する!! そうする事で世界はより豊かに、安心した世界となるのだ」

「……だったら、どうして。どうして、その安心した、幸福ある未来に自分の娘を入れて無いんだよ!!」


 俺の言葉にクレアのお父さんは目を見開く。


「貴方はクレアと真っ直ぐ話した事があるか? クレアの好きな事は? クレアの愛しているものは? クレアにとって何が幸福なのか、知っていますか?」

「…………」

「貴方の考えはとても素晴らしいと思います。理想も高くて、到底、俺には出来ない事だ。でも……目の前に居るたった一人、大事な人に幸せであって欲しいって気持ちは同じはずだ!! 俺も、貴方も。俺は……ただ、クレアに幸せで居て欲しい。笑っていて欲しいだけなんだ」


 俺の原点はずっと変わらない。


 ただ、ただ、クレアに笑っていて欲しいだけ。それ以外はいらない。


「……クレアの幸福。君はクレアの為だけにこんな事をしでかしたのか? これでどれだけの被害が出ると思っている!? ハリス家も、クラーラ家も、そして、ここにいる者たちも皆が一律に苦労をする事になる!! その責任はどうなる!!」

「悪い事をしていたのに責任転嫁しないでくれ。悪い事をしてたら、罰を受ける。それは格差があろうとも、全人類が持っている『真に平等』なモノだ」


 俺は一つ息を吐き、言葉を続ける。


「でも、それは幸せになる権利もまた同じなんだよ。貧富、格差、色んな要素が世界を構築していて、人と比べる。俺がここに居るのだってきっと盛大な場違いなんだよ。

 けれど、そんな俺でも幸せになる権利は同じだ。クレアも、貴方も、クレアのお母さんも。皆、皆、そうなんだよ。……だから、クレアの幸せを本気で願うのなら……クレアの望む道を歩かせてやって欲しい。お願いします」


 俺は真っ直ぐクレアのお父さんに向けて頭を下げる。

 これだけの事をした。俺だって、権力を使われれば、罪に問われるだろう。

 クレアのお母さんが警察と繋がりがあるように。クレアのお父さんだってきっとある、だろう。


 だからこそ、俺は……。


 自分のした事に責任を持って、生きていくと決めたんだ。


「……クレア。君はどうしたい?」

「え?」

「君が決めなさい。クレアのしたい道を、君自身で選びなさい」

「なっ!! ま、待て!! ふざけるな!! 彼女は私の――」


 ロジャーが口を挟むが、すぐにクレアが立ち上がる。

 それから真っ直ぐ俺を見据え、口を開いた。


「私はハルトと一緒に生きたい……これから先の長い人生をずっとずっと……きっと、私はそれが一番幸せだから……」

「……そうか。では、行きなさい」

「パパ……」

「……ハルト、だったね」

「はい」


 がっくり、と項垂れるようにクレアのお父さんは椅子に座り、顔を上げた。

 その顔は先ほどまでも厳格な顔つきなんて何処にもなく、優しい父親の顔をしていた。


「クレアを宜しく頼むよ」

「……はい!!」

「パパ……」

「ハハ……ハハハハハハハッ!! ふざけるなぁ!!!!!!」


 怒号にも近しい声音がロジャーから飛ぶ。

 ロジャーは俺に向けて殺意のこもった鋭い眼差しを向ける。


「何だこの茶番は!! ハハハハッ!! そうか!! 分かりやすい!! 後に退く事が出来ないのなら、突き進むだけ!! ここで全員、ぶち殺せばそれで良いんだろう!!

 まずは――」


 その声と同時にロジャーは机の上に置かれていた食事用のナイフを思い切り握る。

 それを俺目掛けて、突き刺してきた。


「貴様だ!! 佐藤ハルトォッ!!」


 半ば錯乱状態の絶叫と共に伸ばした腕を寸でのところで掴み、俺は左脇腹に抱え込む。


 ああ、これで良い!! これで立派な理由が出来る!!



「なっ!!」

「これは一発、正当防衛って奴、だよなぁ!!」


 俺はそのまま右手をぎゅっと力強く握りこむ。

 

 こいつだけは一発殴らなくちゃ気がすまない。


 クレアを道具のように扱いやがって。


 クレアを傷つけるような真似しやがって!!


 こいつだけは本気で許せない!!


 

 俺、渾身の右ストレートがその端正な顔立ちの頬を抉り、力いっぱい振り抜く。

 

「ぐがっ!!」

「そこでッ!! 寝てろッ!!」


 力いっぱい振り抜かれた拳の勢いそのままにロジャーは後方へと吹き飛んで行く。

 そのまま壁に後頭部を打ち付け、気絶してしまったようだ。


「フン!! クレアを悲しませた報いだ!!」

「ハルト……」


 俺は立ち尽くすクレアの手を掴み、声を掛ける。


「ほら、行くぞ。後始末、任せてもいいですか?」

「……ええ。クレアを宜しくね」

「はい」


 俺はクレアの手を引いたまま、その場を後にする。


 後の事は手筈どおり、クレアのお母さんが何とかしてくれる。


 俺はただ、ぎゅっと確かにクレアの手を握り、向かうべき場所へと向かった――。

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