第23話 婚約パーティ
私は自分の姿を全身を映し出す鏡越しに見つめる。
あの時、着ていたドレスと全く同じ物。煌びやかで宝石も散りばめられている。
見る人によれば、美しいと思わず見蕩れてしまうようなドレス。
でも、私の心はこの美しさを放つドレスなんかとは比べ物にならないくらい、陰鬱だ。
「……ハルトなら、大丈夫」
これから私は婚約パーティに参加する。
既に手順は教えられている。
最初に婚約を発表し、その流れで『新エネルギー開発事業』をハリス家と合同で行う事の発表。
これら二つを大々的に発表する。
来賓者の方々も皆、世界中から集まった財閥や大企業の人達。
まさしく、栄華の中心ともいうべき晴れ舞台。
「……あれからハルトから連絡の一つもない」
一応、私のスマホからハルトには連絡を試みてみた。
声を聞きたかったから。声を聞いたら、安心出来るから。でも、声を聞く事は出来なかった。
きっと、何か準備をしている。そう言い聞かせて、私は立っている。
「ふぅ、良し。信じるんだ」
私は一つ気合を入れてから、部屋の扉を開ける。
すると、部屋の外には既に黒いタキシード姿のロジャーが立っていた。
「準備は終わったかい?」
「……ええ」
「そうか。しかし、これでようやく国へ帰れるな」
私が歩き出すと同時にロジャーが私の後ろから付いてくる。
決して振り向く事なく歩みを進めていると、ロジャーが口を開いた。
「君も諦めが付いたかな?」
「……諦める? どうかな? 貴方にいう事じゃないわ」
「そうか。まぁ、君の未来は既に決まっている。君はこれから先、男に扱われる道具として生きていくんだ。せめて、最期の時を楽しむといいさ」
そんな事を言っていたが、私は無視をする。
そんな未来は絶対に来ない。来るはずが無い。
だって、私の未来はハルトと一緒に過ごす未来しか無いんだから。
私達は婚約パーティが行われる巨大ホールの入口前に到着する。
豪奢で重々しく感じる扉の両脇にはワイズマンとリアが立っていた。
二人はこの婚約パーティでも仕事があるらしい。
ワイズマンが一つ頭を下げた。
「お二人共、お待ちしていました。既に来賓の方は中にいらっしゃいます」
「いつもご苦労だね。準備は滞りなく済んでいるかな?」
「ええ、勿論にございます」
「そうか。では、クレア。中に入ろう」
私はロジャーに促されるがままにリアが開けた扉の中へと足を進める。
扉の中には、煌びやかで清潔感の溢れる衣装に身を包んだ人々が沢山居た。
各々が椅子に座りこみ、私達を見ては声を上げている。
『まぁ、美しい事!! 色々ありましたけれど、クレア様のあのような姿がみれて嬉しい限りです』
『ロジャー様もお似合いだ。これは……良き日に立ち会えましたな』
『クラーラ家とハリス家はこれからも安泰ですね!!』
聞こえてくるのは、私とロジャーを賛辞する言葉ばかりだ。
でも、何故だろう。
前まではそんな事無かったのに。
ここは――見た目だけを小奇麗にした、汚い場所のように感じてしまう。
人々の言葉の全てに裏があり、その奥にある感情を決して表には出さない。
ただ、彼等――クラーラ家とハリス家に取り入ろうとする邪な感情。
それを強く感じてしまってならない。
――気持ち悪い。
そんな不快感を感じながらも、私は予め指定された場所に向かう。
それはこの部屋全体を一望する事が出来る場所。ちょうど、皆の様子が良く見える。
いくつもの机と椅子が並び、そこには思わず美味しそうと思ってしまう料理や飲み物が並んでいる。本当に純粋なパーティだったら、どれだけ良かったか。
「あ……」
私が視線を向けた先。私が座るちょうど真横にパパとママが居た。
パパは厳格な顔つきで私を見た。
「クレア……ようやく戻ってきたか」
「パパ……」
「今更、何も言うまい。さっさと座れ」
「……はい」
私がパパの横に腰を落ち着かせると、私の左隣にロジャーも座る。
「ロジャー、ようやく貴方にも花嫁が出来るのね」
「そうですね、母上」
「ハッハッハ。これから先の新事業もありますし、これからの未来も安泰ですな」
ロジャーの右隣に居るのがロジャーの母親と父親か。
数回しか会った事が無いから、あまり印象ないけれど、やっぱり、良い印象は持てないな。
何処か胡散臭い。何よりも指や首元、衣服。どれも金持ちのようにギラギラ着飾っている。
私が一つ息を吐くと、隣に居たパパが立ち上がる。
「皆さん!! 大変お待たせして申し訳ありません!!」
そんなパパの良く通る声音に来賓の方々が皆、注目する。
もう、始まるのか。私が覚悟を決めると、パパは言葉を続ける。
「そして、良く来て下さいました!! 本日は我がクラーラ家と盟友ハリス家との婚姻を祝うパーティであります!!」
そんな声と同時にパパの挨拶は進んで行く。
聞こえの良い言葉ばかりを並べていて、聞くに堪えない。
「……盟友か」
ニタリ、と隣にいるロジャーはあくどい笑顔を浮かべる。
……パパは知らないんだ。こいつが何を考えているかなんて。
「では、新郎のハリス家当主 ロジャー。挨拶をお願いします」
やってきたメイドさんからマイクを受け取り、ロジャーはゆっくりと立ち上がる。
挨拶か。私、何も考えてないや。
何を言えばいいのかな? 全部、ぶちまける?
こいつ、クラーラ家を滅ぼそうとしてまーすって!! いっその事、そうしたら面白いんじゃないかな。私がそんな事を考えていると、ロジャーが喋りだそうとしたその時――。
『私は君を売ろうと考えている。ああ、もう既に多くの客が決まっていてね。君はそいつ等の相手をしてもらおうと思っている』
部屋中にロジャーの声が響き渡る。これは――放送?
『知らないわけが無いだろう? 君は男の慰み物になってもらうんだよ』
「な、何だ!? 何の声だ!! これは!!」
ロジャーは目を丸くし、バン、と思い切り目の前にある机を叩いた。
しかし、既に声は流れてしまっている。
全員が目を丸くし、ざわつき始める。
『な、何だ? ロジャー様の声?』
『慰み物って何?』
『……どういう事?』
それだけでは止まらない。声は続く。
『ああ、クラーラ家とは懇意にさせてもらうが……どうだろうね? それも長く続くか、否か……』
『あ、貴方……クラーラ家を消すつもり!?』
『さあ? そこまでは言及していない。ただ、不幸な事故が起きてしまうかもしれない、という話さ』
『私はね、最初から新エネルギーなんてものはどうでも良いんだよ。私が欲しいのは『金』さ。良いか? この世の中、金さえあれば何でも出来るのさ。
金があれば人を動かし、世論を変え、事実を捻じ曲げられる。それは君も良く知っているだろう?』
その声を聞き、パパの目の色が変わった。
すぐさま、ロジャーを睨みつける。
「き、貴様!!! 今の発言は何だ!!」
「なっ!? ち、違う!!! これは、何かの間違いだ!!」
そんな叫びと同時にロジャーが私を睨みつける。
私は思わず口を覆ってしまった。
これ、私が渡したモノ。あれはちゃんと届いてる……。
じゃあ、もしかして――。
「さあさあ、皆さん!! こちらの資料を手に取りましょう!! さあ、バラまきましょう!!」
リアが唐突に紙を部屋中にバラ撒きはじめると、同時に部屋の中で鎮座していたメイドたちが一斉に動き出す。
それは何やらプリントを盛大に部屋中に撒き散らしているようだ。
何をしているのか。
ヒラリ、と私の机の上にもその紙が落ちてくる。
私は思わず手に取り、内容を見て、それに目を疑った。
「え? これって……」
『な、何で、これがここに!?』
『ど、ドドド、どういう事だ!?』
落ちてくる紙を見て、次に慌てだしたのは――来賓者たちだ。
私は紙を見て理解する。これは――『裏金』の流れが事細かに記された帳簿……。
新エネルギー開発の危険性を理解していながら、金を払う事で黙らせてきたその金の流れ。
しかも、きちんと、新エネルギー開発の危険性まできっちりと書かれている徹底ぶり。
これは私も知らない真実。
それだけじゃなくて、ここに居る人たちがクラーラ家の株を買ってる?
これって、アレかな? 新エネルギー開発によって株価が上昇するから、それで甘い蜜を啜ろうとしてたって事?
インサイダー取引って奴? じゃあ、ここにいる人たちは全員、最初からハリス家とクラーラ家にあやかろうとして、金儲けを企ててたって、事?
これ、超内部資料じゃ……私はふとママを見た。
ママは混乱渦巻く場所にも関わらず、まるで何が起きるのか全て分かっていたかのようにすまし顔だ。
「き、貴様か!! この情報を流したのは!!」
「あら? 御父様、人聞きの悪い……私はただ、お金の流れを調べたら不都合があったので、それが真実かどうか、探ったまで……まぁ、皆様の反応を見る限り、クロでしょうか?」
「何がどうなっている!! クレア!! 説明しろ!!」
ロジャーが私に迫った時。
ガコン、とホールの巨大な入口が開く。
混乱と混沌渦巻くこの場所に一人の少年が姿を現した。
「あぁ……」
良かった。大丈夫って、心の中で思っていても、やっぱり、自分の目で見なくちゃ安心出来ない。
扉の向こうから姿を見せた少年は全身、完璧な防寒をしている。
首には寂れ、ボロボロな黒のマフラー。
みすぼらしい黒のジャンパーに身を包み、薄く汚れた黒い手袋をしている。
とてもこんな栄華の放つ場所とは雲泥の、月とミジンコともいうべき程の差を与える格好。
けれど、彼は――ハルトは堂々と立ち、口を開いた。
「説明なら、俺がしますよ。その方が良いですよね? だって、全部、俺がやった事ですから」
「……佐藤、ハルト!!」
「奴がッ!! 何故、部外者を入れている!! さっさと追い出せ!!」
と、パパが言うけれど。誰一人として動こうとしない。
どういう事だろう。と私が疑問に抱くと、ワイズマンとリアもハルトの側に立つ。
「無理な相談ですね、当主様。私たちは自身の欲望の為に悪い事をする人の下には付けません」
「ええ、そうですね。それに……正式にハルト様はクレアお嬢様の『婚約者』になりましたから」
「さ、ハルト。全部、ぶちまけちゃいましょう。クラーラ家もハリス家も、ぜ~んぶ、ぶっ壊すのよ」
リアの言葉にハルトは大きく頷いた。
「ああ。分かった。全部、言うよ。この場でな」
そして、ハルトが語り始めるのは、ハリス家とクラーラ家の『闇』だ――。
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