第20話 罪

 俺とリアさんは二人でワイズマンさんに会う為に喫茶店へと向かっていたのだが。

 俺とリアさんは路地裏で表通りを見つめる。

 そこには怪しげな黒服たちがキョロキョロと辺りを見渡している。

 明らかな非日常の光景に道行く人達も困惑気味だ。


「……あれ、俺を探してるんだよな?」

「そうですね。全く、ここまでしますかね?」


 はぁ、と一つ溜息を吐くリアさん。

 たった一人の男の命を奪う為だけにどれだけの事にしているのか。


 お金持ちの考える事が本当に良く分からない。


 しかし、リアさんは言う。


「けど、こうしてハルト様が狙われてるって事は、それだけ重要って事なんです。まぁ、私達からしても、ハルト様の存在は大きなイレギュラーだったんですが……」

「どういう事だ?」

「詳しい説明は後です。ワイズマンの所にでも行けば分かると思いますので。ほら、こちらへ」


 俺はリアさんに促され、出来るだけ足音を立てず、気配を感じ取らせないように、という心持ちで歩き出す。

 

 イレギュラー。


 それは想定していた内容とは全く異なる事や存在の事。

 俺がその存在だとして、彼等は一体何を考えているのか。

 良く分からないが、とりあえず、今はワイズマンさんと出会わないと。


 身を隠しながら、器用に進んでいき、俺達はようやく喫茶店に到着する。


「……お店の中に黒服はいませんね。流石に店の中にまで迷惑は掛けられませんか」

「だよね。あ、ワイズマンさんもいる」

「良し。じゃあ、中に入りましょう」


 誰も居ないのを確認してから、お店の中へと足を進める。

 それから従業員の方に待ち合わせをしていると伝え、ワイズマンさんの所に移動した。


 ワイズマンさんは優雅に紅茶を飲み、俺を見た瞬間に目を丸くする。


「ハルト様!? 随分と遅かったですね。……何故、リアが?」

「何でって、クレアお嬢様から頼まれたから? それより、ハルト様が追われてる。だから、こんだけ遅れたのよ」


 先ほどまでの丁寧な様子は鳴りを潜め、ドカリ、と椅子に座るリア。

 それからふぅ、っと一つ息を吐き、口を開いた。


「はぁ……疲れた。ん? ハルト様、座らないの?」

「……ああ、座るよ」


 何となくリアの雰囲気がヤンキーっぽいのは気のせいだろうか。

 それからワイズマンさんが俺を心配そうに見つめる。


「色々と向こうの手が早かったようですね」

「……想定してたって事?」

「ええ。想定では、私と出会った後に動くと思っていましたが……目論見が外れてしまったようです。申し訳ありません」

「いや、良いですよ。それより、クレアの事なんですが……」


 俺がクレアの事について尋ねると、ワイズマンさんは隣にある椅子の上に置いていたカバンの中から1枚のA4茶封筒を取り出す。

 それを机の上に置き、真剣な眼差しで俺を見た。


「ハルト様、一つ、確認したい事がございます」

「何ですか?」

「……クレア様の件について、これ以上、貴方が介入する事になればもう二度と、退く事は出来なくなります。それと同時に……貴方には大きな責任が付き纏う事になる」

「責任?」


 俺が目を細めると、隣に座っているリアが口を開いた。


「……クレアお嬢様をこれから一生守っていくって事。つまる所、『婚約者』になるって事かな?」

「ああ、そんな事。別に良いですよ」


 俺は当たり前のように答えると、ワイズマンさんはふふ、と小さく笑い、リアは口元を歪ませる。


「はぁ~……そういう事をひょいひょいって言えるから、クレアお嬢様はホレたのかな~」

「ふふ、互いに愛をぶつけ合うお二人ですから。愚問、でしたね」


 ワイズマンさんは何処か満足げに頷いてから、言葉を続ける。


「では、ハルト様には全てお話します。この『仕組まれた婚約パーティ』について」

「……え? 仕組まれた?」


 どういう事だ? 仕組まれたって。

 俺が目を丸くすると、ワイズマンさんが封筒を開け、中身を見せてくれた。

 俺はそれを受け取り、確認する。


 それは帳簿、のようなものか。


 何やらお金の流れが事細かに書かれている。その名前を見て、俺は驚愕する。


「え!? こ、これって……い、良いんですか? 俺がこれを見て……」

「本来は社外秘ですが、ハルト様はクレアお嬢様の婚約者となる方、見ても構いませんでしょう」

「そう。もう身内みたいなものだしね。つまり、そこに載ってる名前こそが、私達の『真の敵』」

「……どういう事だ? え? 全然分からない!!」


 俺は思わず頭を抱えてしまう。

 この人が『真の敵』ってどういう事だ? 俺が疑問に思っていると、ワイズマンさんが口を開いた。


「クラーク家、というのは元々、二つの派閥に別れています。それは『クラーク家こそがこれから先の未来を担って行き、いずれは国を買い、世界の統治者になろう』とまで考え、莫大な野心を持つ『野心派』。

 そして、『私達は一人の人間。人間の営む名家として多くの人を守り、育み、共に、世界へと貢献していこう』と考える『保守派』。この二つに別れます」

「……やっぱり、組織ってデカくなるとそういう感じで別れるもんなのか?」

「そうかもね。まぁ、そういう面倒事が多いのが、大きな組織ってものかも」


 リアさんはそう言ってから、店員が持って来てくれたコーヒーに口を付け、言葉を続ける。


「それで、野心派のトップってのが貴方の見ている書類の人。つまり――クレアお嬢様の御父様。保守派のトップがクレアお嬢様の御母様ね。まぁ、家族のトップで考え方が違うのよ」

「……そういや、喧嘩してたとか言ってたっけ?」


 軽くだが、クレアが最近は両親の喧嘩が絶えない、という話をしていたのを思い出す。

 

「ええ。それは間違いなく、この考えの相違が大きな要因となっています。元々、お二人は仲が良かったのですが……とある出来事から致命的な仲違いを起こした。それが『新エネルギー』の発見です」

「……確か、御父様の悲願だっけ?」

「はい。それは何も無から有を生み出すのではなく、新たなるエネルギー源となり得るものをクラーラ家が発見したのです」


 それは素直に滅茶苦茶すごい事なんじゃないのか。

 それが上手く活用されるのなら、人々の生活が豊かになるし、良い事がたくさんあるだろう。

 

 しかし、リアさんが一つ息を吐く。


「でもね~、そういう美味しい話って必ず裏があるでしょ?」

「裏があるのか?」

「うん。そのエネルギーね、とてつもなく人体に悪影響を及ぼすのよ。最悪、死んじゃうんだっけ?」

「はい。扱うには細心の注意を払う必要がありますが、それを行ったとしても、些細な事で猛毒と化し、人間に被害を与え、環境すらも一変してしまいます」


 ワイズマンさんが神妙な面持ちで言う。

 なるほど。

 新エネルギーは見つけたけれど、それはとても人類の科学力を持ってしても、まだ実用化する事は出来ない、という話か。

 だとすると、俺は想像する。もしも、エネルギー問題を解決したいと願っている男が、次に行う方法とは?


「……それを利用しようとしてる? クレアのお父さんが?」

「ビンゴ。そういう事。それで御母様と大喧嘩。当たり前だよね、そんな事を強行すれば、最悪とてつもない人が死に……日本すら終わり兼ねない」

「…………」


 俺は思わず生唾を飲み込んでしまった。

 そ、それほどなのか。しかし、それでも強行しようとするなんて。

 俺が考えていると、仕組まれたの意味が分かってきた。


「え? じゃあ、婚約したいって考えているのは御父様? そうか。この婚約が果たされると、大々的に新エネルギーの開発が始まる?」

「ええ、そうなのです。その為に御父様はクレア様すらも利用した……いえ、最初からそのつもりで御父様と御母様は教育をしていた」

「……自分が都合の良いように利用しようって事か?」


 …………。

 俺は思わず天を仰ぐ。

 そうか。結局、最初からクレアは『名家の道具』でしか無かったわけか。

 それを利用されそうになって、クレアは自らの意志で脱走した、という事か。


 俺の言葉にリアさんとワイズマンさんは小さく頷く。


「……ええ、そうですね」

「クレアは元々、一人娘。クラーラ家を継ぐ者でしょ? だからこそ、クレアに意志なんて必要無かった。クレアはいずれ、自分たちの考えを理解してくれるって」

「…………クレアの意志なんて何も考えてないんだな、本当に」


 俺は心の底から怒りに打ち震える。

 最初から、生まれた時から定められた運命を無理矢理歩かされて、最終的にはクラーラ家の道具として、その生を終える。

 

「だから、逃がしたんだよ。婚約パーティの時に」

「……どういう事だ?」

「結局、結婚さえしなければ物事は発展しない……御母様は私に指示して、逃げるように仕向けたの。私もそれを唆してね……。それで後は行方不明だの、死亡していただの、適当な事をでっち上げらればいい。そんな事、クラーラ家はいくらでもしてきたからね」

「……もぅ、良い」


 俺は背もたれに背中を預け、口を開く。


「もう聞きたくない」


 それはただ、捨てられた事と全く同じ事じゃないか。

 どれだけ無責任なんだ。どれだけ、クレアの事を道具としか見ていないんだ。

 俺は唇を噛み締める。そんな事、クレアが知ったら、どれだけ悲しむ?


 いや、もしかして、あの子はもう気付いていたのか?


 だから、あの時。あの公園で、あんなにも――悲しそうだったのか。


 俺に拾われて、嬉しかったのか。



『ふふ……すごく、あったかい』


 

 あの時、見たクレアの暖かそうに顔を綻ばせる笑顔が脳裏に蘇る。


 本当に――嬉しかったんだな。あの時。



「……分かった。リアさんが俺をイレギュラーって言った意味。あの時、俺が彼女を拾うだなんて思わなかった。それどころか、好きになるだなんて思ってなかったんだろ?」

「うん」

「それで……クレアを俺に任せようとしてる? それは……リアさん、ワイズマンさん、それと……クレアのお母さんもそうなんだな?」

「ええ、そうですね」


 つまり、『俺』が現れた事でクレアを俺に預けようとしている。

 そして、その為にはこの婚約パーティそのものを破壊する必要があって、それを糾弾しなくてはならない。だからこそのこの書類たち。


 考えたら分かる。


 俺のやるべき事は何一つとして変わってない。でも。


「……だったら、クレアのお母さんに会わせて下さい」

「え?」

「こんな事を任せるんなら、俺と面と向かって、ちゃんと娘をお願いしますって言いに来なくちゃいけないだろ? それが筋ってもんじゃないのか?」


 俺もクレアとは一緒に居たい。

 クレアとずっと人生という長い道を歩いて行きたい。


 それは変わらない。変わるはずもない。


 でも、俺の怒りが決して収まらない。ここまでクレアを見てこなかった奴等がクレアに何の説明もなしに放り出した事が。

 俺はそれが気に入らない。



 クレアという可愛い女の子の人生を滅茶苦茶にしようとした事が、許せない。


 俺の問い掛けにワイズマンさん、リアさんがしばしの間考え、口を開く。


「ええ、分かりました。それが筋、ってものですね」

「良いの?」

「良いも何もきっと、そうしなければならないんだと思います。本当にクラーラ家を救うのなら……この歪みきってしまった家を根本から変えるには……リアもそれを望んでいるんでしょう?

 だから、私達は彼に希望を見た、違いますか?」


 ワイズマンさんの問いにリアさんは一つ息を吐く。


「まぁ、そうだね。でも、私達も同罪だよ。使用人って立場で見て見ぬ振りをしてきたんだから。でも、うん、そうだね。分かったよ。じゃあ、私は一度、クレアお嬢様の所に戻るよ」

「そうして下さい。ハルト様は私がご案内致します」

「ああ、宜しく頼む」


 そうして、俺はワイズマンさんに連れられ向かった場所。


 それは『婚約パーティ』が行われる超高級ホテルだった――。

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